2021/12/21

【3人に1人】病気を抱えながら、自分らしく働き続けるには

NewsPicks / Brand Design 編集者
 今、注目される「ワークシックバランス」。病を抱えながら働く人が、周囲の理解を促しながら仕事と病とのバランスをとり、病があっても自分らしい働き方を選択できることを目指す考え方である。仕事と生活の両立を目指すワークライフバランスになぞらえて、近年提唱されている。
 とはいえ、「自分は病気ではないし、ワークシックバランスと言われてもピンとこない……」と思う方も多いかもしれない。しかし実際は、病を抱えながら働く人は多くいる。
 例えば、厚生労働省の調査(平成25年度国民生活基礎調査)では働く人の3人に1人が病を抱えている(※)という調査結果がある。
 これを渋谷区に当てはめてみよう。2015年(平成27年度)の国勢調査によれば区民就労者は9万2000人ほどで、3万社が事業所を構え、区内の就業者は37万人前後となる。つまり、渋谷区で働く人の12万人は実は病を抱えている可能性があるのだ(※)
※疾患の重症度などにより、日常生活や就労に与える影響は異なります。
 ワークシックバランスを実現するためには何が必要なのか。
 2021年11月12日に渋谷区で開催されたイベント「SOCIAL INNOVATION WEEK SHIBUYA 2021」において行われたトークセッション『すべての人が自分らしく働く社会へ 〜「ワークシックバランス」を考える〜』の模様をレポートしつつ、ヤンセンファーマ株式会社の代表取締役社長である關口修平氏のワークシックバランスにかける想いについて聞く。

IBD患者は何を思いながら働くのか

 トークセッション『すべての人が自分らしく働く社会へ 〜「ワークシックバランス」を考える〜』では、ヤンセンファーマ株式会社の代表取締役社長である關口修平氏渋谷区長である長谷部健氏Plus W株式会社の代表取締役社長である櫻井稚子氏、「チームワークシックバランス」のメンバーであり難病であるクローン病を抱えながら働く会社員の奥野真由氏が登壇。SIWエグゼクティブプロデューサーであり、一般財団法人渋谷区観光協会の代表理事である金山淳吾氏がモデレーターとなり、「『ワークシックバランス』の課題」や「病を抱えながら『自分らしく働く』には」について議論が及んだ。
 冒頭、難病と共に生きる奥野氏が、働き方や抱える問題について言及した。
 奥野氏は「10歳でクローン病を発症して、腹痛や38℃以上の不明熱が出るなど生活に支障が出ていたけれど、寛解と呼ぶ症状が安定している状態を10年以上続け生活できている」と話しながらも、「就職活動時に、『難病を抱えている』と話すと、採用担当者の眉間にシワが寄ったこともあった」という実体験を語った。
 奥野氏が参加するIBD(※)の患者団体でも、自身の体調に左右され、シフト制や休みが不定期な接客業では「働くことを躊躇してしまう」と答える方が一定数いるそう。
※IBD=Inflammatory Bowel Disease。免疫異常によって腸に炎症を起こす病気。主に潰瘍性大腸炎とクローン病の2種類がある。寛解期(症状のない時期)と再燃期(症状が出ている時期)を繰り返すのが特徴。
 それに対して、ヤンセンファーマ代表取締役社長の關口修平氏は「IBDは、10代~20代の若年層に発症することが多く(*1、2)、病を抱えながら働くという人も多い。製薬会社であるヤンセンファーマは、お薬をお届けするだけでなく、IBD患者さんにおける就労の問題のように、患者さんの日常生活におけるアンメットニーズ解決にも貢献できればと思っている」と話した。
 モデレーターの金山氏は「病気に罹ってしまった人に対し、薬や治療を提供するのが20世紀型のモデル。21世紀型は生活者が未病という形で注意をして病気にならないように気をつけつつ、病気に罹ってしまっても直面した困難を社会全体が受け止めるモデル。この流れは新しい」と評した。

病を抱えながら「自分らしく働く」には

 病と共に働くことに対して、Plus W株式会社の櫻井稚子氏は「そもそも少子高齢化のなかで、疾患を持ちながらも『働きたい』と言う方は貴重な存在。企業が考えなければいけないのは、人件費をコストととらえて“できない人”を切り捨てないこと。能力のある方を、通常とは叶わない働き方でもどう活躍させるかを考えることが鍵です。働く時間だけで判断するのではなく、短時間であっても働く意欲を尊重し、社会に貢献できる仕組みを作ることが大切」とコメントした。
 さらに關口氏は、社内調査から浮かび上がってきた、企業に求められる取り組みについて言及。
 「職場の制度のさらなる充実と整備。体調不良時に柔軟に働けるようにすること。そして、病気になった際のサポートや、周囲からの理解と心理的安全性が必要。皆が自分らしく働ける環境づくりの流れを渋谷区から発信し、全国に広げて行きたい」と話した。
 奥野氏は職場での取り組みについて、「上司や同僚の方から、病気への理解とサポートを頂けると嬉しいですね。幸い、私は病気を周囲にもオープンにしてサポートを得られながら無理なく働けているので有り難い限りです。企業側の取り組みももちろん必要だとは思いますが、患者の方も周囲に病気のことを理解して受け入れてもらう姿勢や努力も必要です。病気を抱えた人も周囲も、患者さんを腫れ物のように扱うのではなく、双方に歩み寄ってお互いに良い塩梅を探していくスタンスが良いのではないでしょうか」と語った。
 櫻井氏は「私自身も病気ではないですが、足を怪我して歩くのがままならない時期がありました。その時、『働くとは』や『生きるとは』を考えた時期があります。その際に自分がどんな環境で人生を過ごしたいのかを考えるのはすごく重要だと思います」と重ねた。
 渋谷区の長谷部区長は「渋谷区がダイバーシティ、エクイティ&インクルージョンを掲げるのは、渋谷区がエネルギッシュな街だから。歴史を振り返っても、渋谷区は竹の子族やDCブランド、渋カジを生み出してきた街。混じり合って新しい価値を発信してきた街だからこそ、見えないダイバーシティを力に変えて行きたい」と、登壇者のコメントを受けて話した。
 最後に「どんな未来になったら良いか」という金山氏の問いに対して、登壇者がそれぞれにフリップに書いて発表。
 長谷部区長はダイバーシティを踏まえて「ちがいを 力に 変えるまち 渋谷区へ」、奥野氏は「〇を◎にもハナマルにもできる社会」、櫻井氏は「働き方を自ら選択できる社会へ」、ヤンセンファーマ關口氏は「誰もが輝ける社会」と掲げて会は閉幕した。

DE&Iの力を信じている

關口 ヤンセンファーマ株式会社はジョンソン・エンド・ジョンソンの医薬品部門です。薬を届けるだけでなく、患者さんの隠れたニーズにも目を向け、貢献できる企業でありたいと思っています。
 「Beyond Medicine」という考え方は、薬の提供を超えて、アンメットニーズの解決に向け、どのように貢献ができるのかを表しています。これがワークシックバランスの考え方の根底にあると思います。
 加えて、ヤンセンファーマが掲げるDE&I(ダイバーシティ、エクイティ&インクルージョン)。Dはダイバーシティで「多様性」、Eは「公正性」を意味するエクイティ、Iはインクルージョンで「包括性」を表します。
 そもそも、多様性やインクルージョンは、「全員が自分らしく社会に貢献できる」ような状態を指しています。そこには男女の差や自身の弱み強みを活かす考え方も内包されていて、病気を抱えながらも働き、人生と仕事のバランスを取るというワークシックバランスの考え方も、この範疇に入る考え方だと思います。
 ともすれば、製薬会社が行う啓発活動は疾患の認知向上に注力しがちですが、「ワークシックバランス」のような、企業や個人が社会の一員として変化を牽引することをテーマにするプロジェクトは、SDGs等とも親和性が高く、業界の垣根を越えた連携が可能になります。
 個人的にもDE&Iの力を信じていますし、一経営者としても、その変化をリードしたいという気持ちが強い。
 本イベントでは、IBD患者である奥野さんが「病気になったことは決して×ではない。病気になって気づけたこと、得たことも少なからずあるので、それは〇。でも、この〇の状態を◎やハナマルにしていける世の中へ」とフリップを掲げていて、感動しました。
 奥野さんご自身も病と共に10年以上に渡って苦しみつつ、社会人として働きながらこれまで生活してきたのですから、この言葉はなかなか言えないことだと思います。
 実際、IBDの患者さんは10代~20代のキャリアを考える時期に発症されるケースが多いです。「病気があるからキャリアを諦めなければ……」という考え方になってしまう方も少なくないでしょう。
 仕事か病気かの二者択一ではなく、「仕事も病気も」というアンド思考がワークシックバランスの根底にあります。
 一人ひとりの価値を最大限に伸ばせる環境を作ること。経営者としても、そんな多様性を許容するインクルーシブな環境を作っていきたいと強く思います。
 これからの時代、ダイバーシティの実現は企業が強くなるためにマストで行うべきものです。
 それは、ヘルスケアを担うヤンセンファーマではなおのこと。DE&IのE、エクイティは周りの人たちと同じ機会を与えられていない、障壁を感じていた人が同じスタートラインに立てるよう環境を整えることです。
 世の中の全員にあまねく公平な機会を持ってもらい、全員が活躍して、貢献できる環境を作る──。
 多様な背景を持つ人たちが最大限に活躍できる世の中を作ることが、経営においても、今後の世の中ではより重要性を増していくように思います。
*1:難病情報センター: http://www.nanbyou.or.jp/entry/81 
*2:難病情報センター:http://www.nanbyou.or.jp/entry/62