Universal Studios Hollywood Celebrates The Premiere Of New 3D Ultra HD digital Animation Adventure "Despicable Me Minion Mayhem"

飽くなきクオリティへの追求と、高騰する制作費

新興スタジオ勃興。戦国時代に突入する米アニメ業界

2014/10/3
9月28日、ソフトバンクが米ドリームワークス・アニメーションSKG(以下DWA)買収の交渉を進めているとのニュースが世界中を駆け巡った。その後も、レジェンダリー・ピクチャーズへの出資が報じられるなど、ソフトバンクがコンテンツにかける思いは強い。もし、ソフトバンクがアニメーションスタジオを手に入れた場合、それはどんな意味を持つのか。DWAは、アニメ業界でどのような存在なのか。そして、今回のニュースが、日本のアニメ業界に示唆することとは何か。
アニメプロデューサーとして数多くのアニメ作品を手がけ、日米のアニメ業界に詳しいアニメプロデューサーの石井朋彦氏が、今回のニュースがもつ意味を読み解く。
前編:ドリームワークス買収で得る、3つの力と1人の怪物

スタッフ数と制作費は増大の一途

言うまでもないことだが、アニメーションスタジオの財産は、人である。

才能あふれるクリエイターと優秀なプロデューサーがいてはじめて作品は世に誕生し、観客のもとに届けられる。スタジオというのは、彼らが自らの能力を発揮できる環境のことである。それは資金であり、インフラであり、労働環境であり、またトップや企画を決定する立場にあるプロデューサーや監督が、最終的な収益も含めて、作品制作を継続できるかにかかっている。

世界の3DCGアニメーションスタジオで最も規模が大きいのはピクサーだと思われがちだが、実はDWAの方が規模は大きい(ウォルト・ディズニー・アニメーションスタジオも含めると別だが)。

DWAは広大な敷地に2000人を擁す巨大なスタジオを構え、世界中から優秀なクリエイターを多数招聘し、そのクリエイティブに対するこだわりはピクサーと双璧をなす。かつては、海外のスタジオに基本的なアニメーション制作を任せ、コスト節減においても先端を走っていたDWAだが、そのクリエイティブ至上主義を支えるスタッフ数や制作費は増大の一途をたどっている。

『ヒックとドラゴン2』をロサンゼルスのシネコンで観た時、そのクオリティに驚愕した。アニメーションのみならず、モデルの細かいディテールや世界の空気感・存在感……特に、かつてこれほど人間芝居にこだわった3DCGIアニメーションがあったか、と思わせる圧倒的な出来栄えだった。筆者も3DCGIアニメーション作品をいくつか手がけているが、正直、どうやって作っているのかが、もはやわからないレベルに達していた。

『怪盗グルー』の大ヒットで注目される新興スタジオ

一方、「これだけお金をかけて、果たして回収できるのだろうか? ここまでやる必要はあったのか?」とも感じた。最終的に制作費は150億円、全世界の興行収入は500億円を超えたというから流石としか言いようがないのだが、先の買収交渉発表の背後でDWAの経営難が取り沙汰されるのを見るにつけ、制作費の増加と興行のバランスが近年崩れ始めていることは明らかだ。

3DCGIアニメーション制作には、途方もない時間とコストがかかる。スタッフだけではなく、コンピュータやインフラ、新たな表現のためのプログラミング開発など、手描きのセルアニメーションとはケタ違いの予算が必要となる。この十数年の進歩は、気が遠くなるばかりだ。日進月歩でクオリティは向上し、観客の目も肥えてきている。しかし、クオリティを上げ続けてもそれがヒットに結びつくかはまた別問題と言える。

今、世界の3DCGアニメーションスタジオの台風の目は『怪盗グルー』シリーズ。全世界で1300億円以上の興行収入をたたき出した新興スタジオ、イルミネーション・エンタテインメント制作である。制作費はDWAやピクサーの主力作品の半分以下(それでも70億円前後)。ヨーロッパやアジアを中心に、世界中の優秀なクリエイターを使ってコストを下げ、高い利益率を誇っている。

今後は続々と、こうした中規模(日本と比較すると十分大規模なのだが)のスタジオが林立し、戦国時代の様相を呈するだろう。もちろん、エンタテインメントの歴史が示すように、イルミネーションの快進撃がいつまでも続くとは限らない。

特に3DCGIアニメーションの場合は、あっという間に制作費が膨れ上がり、それを回収するために動かすビジネスが多様化し、結果として自由に企画を創造できないという悪循環が生まれる。ピクサーでさえ、そうした矛盾にさらされているというのが現状だ。

日本の制作スタッフに夢を与える話

日本においても、ここに述べたことの多くは当てはまる。

ただし日本のアニメーション映画の多くは、出版社の版権物を、制作委員会システムという形で各社が持ち合うケースが大半を占めるため、スタジオが100%権利を保有しているケースは稀である。中国企業が日本のアニメーションスタジオを買収しようとして勇んでやってきたが、作品の権利が委員会によって持ち合いされているため、手に入るのは作画机の並ぶ建物だけ、と知ってすごすごと帰っていったという話も珍しくない。

アメリカ同様、多くのスタッフはスタジオの創立者や経営者、プロデューサーやスタッフに対する信頼感で仕事を選んでおり、買収してみたらスタジオを代表するスタッフがごっそり他に移って新しいスタジオを作ってしまい、もぬけの殻になってしまった……というケースもある。

アニメーションスタジオとは人の集合体であり、彼らがいかに良い環境で作品作りに集中できるかを提供できるかが重要なのは、日本でも世界でも同じである。本当に難しいのは、「買収後にスタッフの信頼を勝ちとり、彼らが残りたいと思える企画と制作環境を継続し続けることができるか」なのだ。

今回の買収交渉劇は、単純にDWAがソフトバンクにとってビジネス的に魅力があるか否か、という単純な報道以外に、スタジオの持つ企画の個性、アニメーションスタジオという強烈なパーソナリティを持った人の集合体とどう向き合うか、という大きな課題を内包している。無論、筆者のような末端の人間が言わずとも、買収交渉にあたってソフトバンクはその辺の内情を深く調査していることだろう。

少々悲観的な展望を列記したが、憧れのアニメーションスタジオのひとつであるDWAの経営難に際し、他ならぬ日本企業が手を挙げたという事実は、多くの業界関係者に少なからぬ夢を与えたはずだ。

まだ見ぬ作品を夢想し、スタッフと共に作り上げるこの仕事には、単純にビジネスという言葉では割り切れない「夢」がまだ残されている(そんな甘いことを言うなと先達に叱られそうだが)。だからこそ、大方の「割に合わない」という当然の分析を横に見ながら、ソフトバンクはエンタテインメント制作という荒波に漕ぎ出そうとしているのだろう。

(写真:Valerie Macon/Getty Images)