今は、テクノロジー的にも知的にも停滞した時代だ

2014/10/3
ハーバード・ビジネススクールでの講演、『フォーチュン』誌の特集記事、資産家のヘンリー・クラビスが主催するフォーシーズンズ・ホテルでのパーティーなどなど。ピーター・ティールは著書『ゼロ・トゥ・ワン』の発表を周到に計画し、実行に移した。大成功を収めたシリコンバレーの起業家にふさわしいものにするためだ。
ところが、ペイパルの共同創業者であるティールは理解しにくい行動をとった。2014年9月19日の夜、「ウォール街を占拠せよ」運動の計画を支援した無政府主義の人類学者、デービッド・グレーバーとテクノロジーの未来についてニューヨークで公開討論を行ったのだ。討論会の会場にやってきた200人近い聴衆も首をかしげていた。

リバタリアンと無政府主義者の討論会

この討論会を主催したのは反体制の左派系の雑誌『バフラー』だ。そのモットーは、「鋭い刃先をなまくらにする」。筋金入りのリバタリアン(自由主義者)で、大統領選挙ではロン・ポール元下院議員を支持し、既存の政府の手が届かない海上の独立国家建設を目指すシーステディング研究所を支援してきたティールとは、考え得る限り最もありそうにない組み合わせだ。
ロンドン・スクール・オブ・エコノミクスの教授のグレーバーは、急進的な国際労働組合、インダストリアル・ワーカーズ・オブ・ザ・ワールドの構成員でもあり、国民国家(ネーション・ステート)も資本主義もすべて別のものにとって代わられるべきだという過激な思想の持ち主だ。

今はイノベーションの時代ではない

しかし、討論会が進むにつれて、このイベントはデスマッチではなく、反体制的な考えを持つ者同士の友好的な議論であることが聴衆の目にも明らかになった。両者とも今の時代は世界のほとんどの人たちが考えているような目もくらむようなイノベーションの時代ではなく、技術的、知的に停滞している時代だと考えている。
グレーバーは、討論会の前のインタビューで、「あらゆる問題の20%についてピーターと私の意見が強く一致し、80%で強く対立するというのはたいへん興味深いことだ。ただ私たちの意見が一致している問題は、ほかに同じ意見の人がいない問題だ」と述べている。
討論会の種がまかれたのは2013年4月のことだった。グレーバーの著書『負債論──貨幣と暴力の5000年』を読んだティールが、グレーバーが講演をしていたサンフランシスコの『バフラー』誌主催のイベントにやってきたのだ。
『バフラー』誌の編集長ジョン・サマーズがセッティングした少人数の夕食会で会話は続いた。テクノロジストのジャロン・ラニアーやエコフェミニストの活動家、スターホークなども同席した。グレーバーは、「夢から頭脳、哲学から経済学まであらゆることについて幅広い話題で盛り上がり、とても楽しかった」と振り返る。その席で討論会の開催が決まった。
最近、『バフラー』誌は「シリコン帝国を夢見る間抜けなマキャベリストたち」という見出しで、ティールやその仲間のテクノリバタリアンを批判する記事を掲載した。ティールはこの記事を読んで参加に二の足を踏まなかったのだろうか。
ティールはあるインタビューで、この記事を「むしろ褒め言葉として受け取った。記事は陰謀説の存在を主張しているが、実際のところは、将来について陰謀をめぐらしている人などいない。ただそうした方がいいのではないかと思うこともある」と語っている。

パニックに陥る支配階級

討論会が行われたこの日、未来が現在とは全く違ったものになる必要があるという点でティールとグレーバーは意見が一致した。討論会は、グレーバーが発売されたばかりの『バフラー』誌のアンソロジーに含まれている自らのエッセイを即興で要約することから始まった(このアンソロジー『No Future for You』のアマゾンでの順位は、本稿執筆時点で、ティールの著書を約29万7000位下回っている)。
グレーバーはこう語った。かつて人々は未来と言えば、空飛ぶ車や、仕事から解放してくれるテレポート装置やロボットを思い浮かべた。しかし、奇妙なことにこれらのうち現実になったものは何一つない。グレーバーは「20世紀後半はどうなってしまったのか」と嘆き、「支配階級がパニックに陥り、これらの開発を妨害したのだ。進歩的な装置は、社会支配の脅威とみなされたからだ」と結論づけた。
ティールも、自らのベンチャーキャピタル「ファウンダーズ・ファンド」のスローガン、「空飛ぶ車が欲しかったのに、手にしたのは140文字だった」を引用して同じような主張をした。さすがに支配階級のパニックのせいだとは言わなかったが、人々がおじけづいていることや、硬直化した官僚制の弊害について語った。
ティールは無政府主義者のスローガン「すでに自由であるかのように行動せよ」を引用して、ペイパルの共同創業者、イーロン・マスクが興した民間宇宙技術会社、スペースXのような構想を称賛した。そして「果てしない議論を続けても火星に到達することはできない。火星に行こうとしなければ火星には到達できない」と物事を実行に移すことの重要性を強調した。

新興企業は、民主主義とは程遠い

当然ながら、イノベーションを解き放つような政治の枠組みについて両者の意見は鋭く対立した。グレーバーにとってのカギは、「ウォール街を占拠せよ」運動が示したような純粋な参加型システムが、現在民主主義と考えられているシステムにとって代わることだ。グレーバーは、優れたアイデアの欠如が問題なのではなく、「圧倒的多数の人々が絶えず黙れと言われ続けていること」が問題だと述べた。
ティールは自らを「政治的無神論者」と評し、システムを変えるために時間をかけるのではなく、システムの外に新しいシステムを創るべきだと主張した。そして進歩のカギを握るのは、民主主義の拡大ではないかもしれないと問題を提起した。ティールは、現実の世界では、革新的な組織はしばしば「衝撃的なほど階層的」で、「投票でさまざまことを決めるわけではない新興企業は民主主義とは程遠い」と指摘した。
討論会の後、ビュッフェに人々が集まり、ティールは背広姿の人々と写真に納まり、グレーバーはファンにせがまれて自分の著書にサインをした。この討論会で考えが変わった人がいるかどうかは定かでない。
『バフラー』誌の編集長サマーズは翌朝の電子メールで、討論会の後、ティールの側近の1人から、「ティールの周辺で討論会への参加を支持した者は1人もいなかった。みな客観的に見て時間のムダだと言っていた」と言われたことを明らかにした。これでめげるようなサマーズではない。「これはいい。次のイベントのキャッチフレーズは『バフラー、客観的に見て時間のムダ』で行こう!」とひざを打った。
(執筆:Jennifer Schuessler記者、翻訳:飯田雅美)
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