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――日本のマーケティング用語は、ラベルが貼られて換骨奪胎されてしまい、陳腐になってしまう傾向があります。

それは、バイサイド、最後の最後の買い手のところで、そうしたラベルに騙されてしまう人がいるから。もう意味不明に田舎のスーパーで高級ブランド品って貼ってあるじゃないですか。あの世界ですよ。ELLEって書いたスリッパが田舎のスーパーマーケットで売られて、田舎のオバちゃんが「ブランド品だ!」と思って買う、そういうレベルのダサい世界。
「雑誌は極めてネイティブ広告的なことをもう20年ほど前から延々とやってきている。ネイティブ広告を否定するわけではないが、雑誌を経験した身からすると、あまりに古典的な常とう手段にただラベルを張り替えているようにも見えて、何がそんなに興奮するほど新しいのか、正直わからない」←そーそーそー。人間が思いついてやることの本質には早々新しいものはない。ラベルが新しいだけのことがほとんど。ただ、この傾向は日本だけではなく、どの国も大差ないと思う。僕の経験では、中国の「マーケター」のラベル好きも半端ではない。
おっしゃる通り、ネイティブ広告は概念として何十年も前からあったもの。今注目されているのは、ウェブでは1:nの関係が小さかったのが徐々に大きくなってきていて、あるいはしっかりとセグメントできているため、記事広告を作るコストに見合うようになってきたことが背景にあると思います。
もっと本質的に問題を明確化すると、多くのマーケターが代理店の持ってきた商品ラインから買い物をしていることだと思います。横断してポートフォリオを組んではいるけど、その粋を出ることがない。
マーケターの仕事はプロモーションだけではなく、プロダクトにもコミットする必要があるし、汗をかこうと思えばいくらでもかける。組織的にも広告予算をつけてそこに縛るのではなく、もっとフレキシブルで横断的なポジションを与えるのが良いのではないかと思います。
雑誌及びネイティブ広告の関係について。Picksをやる前には気づかなかったが、雑誌とウェブは似ているようで全く違う。それは一回やる時の集中時間。Picksは一つの記事単位でできるが、雑誌は特集の場合30分とか読んでいると思う。このようにウェブだと文脈がブツ切りなので、「車特集の後に、車の純広告を入れる」というのが出来ないのだと思う。それかNumberのように媒体自体が一つのセグメントになっているとか。
現状は、記事にある「ELLEと書かれたスリッパがスーパーで売られる」ダサい世界。PV至上主義とかも、媒体価値を無視した同列のダサい世界だと思う。そこを媒体価値の尊重・向上によってユーザーメリットも上げて変えていければ、カッコいい世界が生まれると思う。
ネイティブ広告は、直感的にわかりにくいのが難点。かつての福澤諭吉のように、外来語をうまく翻訳する人材が求められています。
「ネイティブ広告を否定するわけではないが、雑誌を経験した身からすると、あまりに古典的な常とう手段にただラベルを張り替えているようにも見えて、何がそんなに興奮するほど新しいのか、正直わからない。」
これはしかり。
結局、ネイティブ広告がアメリカで大きなキーワードになったのは、Facebookとかのフィード型のネイティブ広告が新しかったのと、記事広告的なものがアメリカにあまり無かったのがメディアのビジネスモデルとして一気に広まったのがダブルで重なったのが大きかったんですかねぇ。
日本だと、アメリカほどタイムライン系の広告はまだ活用している企業が少ないし、元々メディアのビジネスモデルは記事広告中心にシフト済みだし、その上にステマっぽいのもいっぱい乗っかってくるから、こういう議論になっちゃうんでしょうねぇ。
それにしても最近はキーワードが注目されて持ち上げられてから、落とされるようになるまでのサイクルが本当に早いですね。流行語大賞みたい。
以下の記事なんかに関するアンチテーゼですね。同意。
https://newspicks.com/news/562792/
賞味期限の短いバズワードを使い捨てるマーケティングはそろそろ限界。バイサイドが賢くなる中、メディアも本質で勝負しなければいけない。
媒体側ではなく、消費者・事業者サイドに立った意見で参考になった。

ネイティブ広告の議論に関しては、どんな形態でもいいから規格を統一して早く市民権を得ることだと思う。言及されている雑誌での広告、TV CMだって、消費者側は広告だってわかっていると思うんですよね。その上で見たり、読んだりしている。なんで、今みたいにステマチックにやるのではなく、ある程度開き直って作れば良いと思う。