2021/12/10
【入山章栄×佐々木紀彦】30歳は動くとき。「大企業1社」キャリアからの脱却
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「入社すれば一生安泰」という“神話”を信じ、手にした大企業の切符。しかし、年功序列と終身雇用は既に崩壊している──。
転職や複業前提で働く「Z世代」とは違い、大企業神話を信じて1社で働き続けている30代、40代のビジネスパーソンは、このまま変わらない日々を送り続けても大丈夫なのか。
早稲田大学ビジネススクール教授で経営学者の入山章栄氏と、42歳で起業し新著『起業のすすめ さよなら、サラリーマン』を出版した佐々木紀彦氏に、1社経験しかない30代40代がこれからすべきこと、ミドル世代のキャリア論を聞いた。
自分のやりたいことが、わからない理由
──終身雇用など日本型雇用が幻想と化し、転職や複業ありきでキャリアを築く若者が増えています。そんな中、新卒で入社した1社の経験しかない30代、40代にはどんなリスクがあると思いますか?
入山 そもそも「日本型雇用は崩壊していない」と信じている人もいまだにいます。若い人ほどそういう感覚はないわけですが。
普段からアンテナを張って広く世の中の情報を取っている人は「終身雇用は崩壊している」とわかっていますが、“隔離された場所”で同質な人たちと長年働き続けている人は、終身雇用を疑わない人もいます。
この辺りの情報格差も激しい。
でも、これからは圧倒的に変化の激しい時代です。
終身雇用を信じていても、ある日突然、早期退職対象になったり、事業そのものがなくなったりと、これから日本各地で大企業とその取引先や関連会社の大崩壊が起きると思います。
佐々木 同質な人に囲まれて外の世界を知らないままだと、本当にこれからは危険ですよね。
複業や週末起業はノーリスクで外の世界に触れる絶好の手段なのに、やらない人が多いですよね。
入山 そこなんですよ。僕が社外取締役を務めるロート製薬は、大手で最初に複業を解禁した会社で、本当に素晴らしいことをしていると思います。
とはいえ、ロート製薬でも実際に複業をしている人はもっと増えていい。他の企業も同様です。
複業する人が増えない理由として挙げられるのが、「自分のやりたいことがわからない問題」だと考えています。
これまでの日本人は中学や高校に進学すると、自分のやりたいことや夢よりも、偏差値が少しでも高い大学に進学して、知名度のある会社に入社することが目的になりがちです。
小学校までは「将来の夢」を作文に書かせるのに、中学校から先ではやりませんよね。
そうやって自分の意思、すなわちWillを考える機会がほとんどないまま大企業に就職すると、さらに自分のWillがない状態で何十年も過ごすことになる。
佐々木 たしかに、大企業では自分の役割が必ずしも自分のやりたいことではないかもしれませんね。
入山 関連することとして一つ話をすると、コロナ前にある研修に同行したんですね。
八木洋介さんという人事で有名な方と、IWNCという組織が実施している、大企業の幹部などがモンゴルの雪山に2日間こもって自分の人生を見つめ直し、最後に「これから自分は何をしたいのか」を発表する研修。
個人的には普段経験ができない内容でとても面白かったし、最後の発表では僕も自分がこれからやりたい未来を存分に語りました。
他方で、立派な会社の幹部でも、自分がこれからの人生でやりたいことについて、なかなか言葉が発せない人が多かった。
なかには「自分は今の会社に必要不可欠な存在になる」と言った人もいて。でもその会社がなくなったらどうなるのか、と。
佐々木 会社の意思に従順に生きてきた結果、立派なサラリーマンになった。
入山 そうなんです。これが昭和の時代に日本の会社が作り上げた、「自分は何をしたいのかを考えさせない仕組み」だと思います。
その仕組みの上で生きてきたら、一言も発せなくて当然です。
複業は、自分の価値を知る“健康診断”
──そもそも、複業に踏み込めない人が多いのはなぜだと思いますか?
入山 第一に日本人は真面目だから「本業が大事」と思うことと、第二に本業が忙しいこと、そしてそれほど複業でやりたいことがないという3つの要因があると思います。
佐々木 会社の意向のまま働いてきたから、何のスペシャリストにもなっていないという不安もありそうですね。
入山 日本の多くの企業はメンバーシップ型雇用だから、それはあるでしょうね。
佐々木 ただ、外に出て役立つスキルは必ずあるはずで、それを誰かが棚卸ししてあげないと、自分ではわからないと思うんです。
入山 まさにそうですよね。最近、田端信太郎氏と話をしていたときに、「転職をしたりヘッドハンターに会ったりするのは、健康診断だ」とおっしゃっていました。
歯が急に痛くなって歯医者に行っても手遅れだけど、定期的に通っていたら自分の健康状態をチェックできるし改善できる、それと同じだ、と。なるほど、と思いました。
ビズリーチ創業者の南壮一郎氏も「自分の価値はいくらかわかりますか? 自分の市場価値はどれくらいで、もし転職するとしたら給与はいくらになりますか」と、早稲田大学ビジネススクールの僕の授業で話していました。
仮に、今の会社で年収が1000万円だったとしても、転職したら600万円の価値だと判断されるかもしれません。
自分の価値を知る意味でも、複業は「良い健康診断」になると思います。
30歳は人生のターニングポイント
──お二人は大企業に入社しても組織に染まらず、自分の人生を切り開いています。そのきっかけは何だったのでしょうか?
佐々木 私は、28歳から30歳まで東洋経済新報社を休職してスタンフォード大学大学院に留学したことが転機となりました。
新しい分野を勉強したいという思いで留学したのですが、結果、常にとらわれていた「日本社会」「会社」「家族」の3つの常識から解き放たれたんです。
従来の常識から2年離れただけで、自分を見つめ直す時間を持てましたし、異分野の人に触れて、いかに自分が井の中の蛙だったかに気づきました。
──自分を見つめ直す時間を持ったことで、次のキャリアにつながった。
佐々木 そうです。ただ、海外留学は誰でも行けるわけじゃないから、その似た効果を得る手段として、複業で違う会社の文化を知るのはとても良いと思います。
大企業でキラキラの肩書を持っていても、スタートアップで複業をすると「この人たちのスピード感についていけない」「アジャイルな働き方に慣れない」と挫折する部分が何かしらあるはず。
それが自分を成長させる引き金になると思いますよ。
入山 僕もきっかけは留学です。
慶応の大学院で修士を取った後に新卒入社した三菱総合研究所でコンサルティング的なことをやっているうちに、経営学を研究して身を立てたいと思うようになったんですね。
そこで、働きながら勉強をして海外大学を受験し、2008年にピッツバーグ大学大学院に留学しました。それがちょうど、30歳のとき。僕にとって明らかなターニングポイントになりました。
人生100年時代における成人は30歳
──お二人とも30歳のときに留学していたのですね。
入山 奇遇ですよね(笑)。
僕の場合、会社を辞めて英語をろくに話せないのに渡米して、今考えると結構やんちゃな決断ですが、それがあったから今の自分があるのは間違いありません。
なんせ、留学前は飲み会ばかりだったので(笑)、留学していなかったら今も三菱総研にいたかもしれない。
いずれにしろ、今とは全く違う人生を歩んでいたと思います。
佐々木 私も留学中に自分を見つめ直したことで、「本業は記者だから本を書こう」と思ったんですね。
それから時間があればひたすら図書館に行って本を書き、帰国後に出版すると5万部のベストセラーになった。
そのとき、自分がいわゆる“サラリーマン”から抜け出し、個人として立てた気がしたんです。
それがなかったら、東洋経済オンラインの編集長になることも、NewsPicksの編集長として移籍することも、現在の起業もなかったと思います。
入山 僕と佐々木さんのターニングポイントが30歳だったのは偶然ですが、どんな形であれ、30代は自分を見つめ直す重要な時間だと思うんです。
僕は、人生100年時代の今、「成人」は20歳ではなく30歳でいいと思っています。
そもそも、20歳を成人と決めたのは、平均寿命が短く、定年退職の年齢も55歳だった昔の時代。でも今は100年時代。僕だって90歳まで働くかもしれない。
だとしたら、30歳になって自分がやりたいことを見出し始めれば十分で、その準備期間が20代という考えでいいはずです。
佐々木 それは私も同感です。20代のうちは自分のブランドが何もないから、大企業や伝統的な企業で組織や先輩の知恵を盗みまくったらいい。
でも30歳を過ぎたら自分のやりたいことが見つかっていなかったとしても、外の世界を見て触れて、自分を見つめ直す時間を持つ。
それが今後のキャリアにも人生にも必要なことだと思います。
外の世界を知らずに40歳を超えると危険!?
──終身雇用を信じ、大企業1社で働き続けている人がまずすべきことは、外の世界を知ること。他にもあれば教えてください。
佐々木 他社のカルチャーに触れるだけで、考え方も価値観も大きく変わると思います。
逆に、他社のカルチャーに一切触れず、40歳を過ぎてリストラされた場合、転職先を見つけるのは非常に困難です。
なぜなら、長年同じ会社の中だけで生きてきた人が、他の会社に適応するのは難しいから。
カルチャーだけでなく、仕事の仕方や仕事に対しての考え方、働き方などすべてそう。
実際、40歳以上で1社経験の人から応募があっても、採用できない企業は多いと思います。
だから、留学でも複業でも何でもいいから、35歳までに外の世界を経験しないと本当にまずい。
それに、今は大企業も中途で優秀な人材を採用する時代なので、外の世界を知らずに今の会社に居続けても、出世できないでしょう。
入山 その通りで、多様性のある環境に身を置くのは本当に大事です。
自分の会社の常識は、ほぼ世間の非常識。そもそも常識は“幻想”で人間の脳をラクにするだけの仕組みだから、同質な人しかいない環境に居続けたら本当に危険です。
一方で今の20代前半は、大企業に就職しても転職や複業ありきで、やりたいことが見つかったらすぐに辞めますよね。
佐々木 だから、30代、40代が危ないということですよね。その人たちがどう動くかで、これからの日本経済は相当変わる。
入山 そうですね。多様性のある環境に行って刺激を受けるのは最低限必要なこと。
最初の一歩は勇気が必要でも、一歩踏み出せば二歩目三歩目は簡単に歩けます。最初の一歩は大きな変化でも、その後は慣れますから。
大企業人材こそ、外に出よ
──どんな人こそ複業すべきだと思いますか?
入山 大前提として、複業は特別な能力を持つ人だけがやるものではありません。誰しもが潜在的な能力を持っているのだから、勇気を出して踏み出してほしい。
その上で、僕が一番複業をしてほしいのは、大手メーカーの研究所にいるような理系人材です。
理系人材のほとんどが、地方にある研究所や工場で働いているから、そのとても狭い世界しか知りません。
平日は隔離された研究所や工場で同じ仲間と働き、週末はやることがないからその地域でゴルフをする。
それが、日本各地で繰り広げられている、優秀な人材のもったいない実態でしょう。
佐々木 それは、もったいなさすぎますね。
入山 超もったいないですよ。
ノーベル賞級の技術を持つ人材が集まっていても、そんな隔離された場所ではイノベーションなんて起きません。
大企業の優秀な人材はどんどん外に出るべきなんです。
フィンランドが「ヨーロッパのシリコンバレー」と呼ばれるほどスタートアップ大国になったのは、マイクロソフトに買収されたノキアが、エンジニアをはじめとした優秀人材を約1万人解雇したことが始まりでした。
解雇後をした結果、それらの人々が独立して多くのスタートアップが誕生した。
大企業に囲われていた人が外に出ると、国を丸ごと変えるような変化が起きるんです。
佐々木 人材流動化の低い日本で大企業人材が流動し始めたら、日本が大きく変わるのは間違いないですね。
今後、会社に属さず、複数社と契約するフリーランス的な働き方が増えるのが予想される中で、その会社しか知らないでいるのはリスクでしかありません。
5年後10年後の自分のためにも、勇気を持って外の世界に触れてほしいです。
取材・執筆:田村朋美
撮影:小池大介
デザイン:Seisakujo.inc
編集:木村剛士
撮影:小池大介
デザイン:Seisakujo.inc
編集:木村剛士
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