2022/1/17

地震から家を守る。はがきサイズの最先端「高減衰ゴム」

NewsPicks Brand Design chief editor
ゴムという素材の可能性は、私たちの知らないところで広がり続けている。住友ゴム工業独自の制振技術の結晶「高減衰ゴム」が組み込まれた制震ユニット「MIRAIE」は、揺れを熱に変えて吸収し、建物の揺れ幅を最大95%低減するという抜群の性能を誇る。
繰り返す大きな揺れによって多くの建物倒壊を招いた熊本地震でも、MIRAIEを導入していた建物では、半壊・全壊共にゼロ軒。震災で大きな被害を受けた熊本城はじめ、歴史的建造物にも同社の制震ダンパーが採用されるのは、この実績あってのことだ。
住友ゴムの長い歴史、そこでの蓄積が結実した「MIRAIE」から、ゴム技術の進化を知る。

家を守る。最先端のゴム技術の結晶

ゴムは、さまざまな場所で使われる、私たちの生活になくてはならない素材だ。
「空気入りタイヤ」を世界で最初に実用化した「ダンロップ」のブランドを擁する住友ゴム工業(以下、住友ゴム)は、ゴムの可能性を広げ続けている。
制震ユニット「MIRAIE」は、その最たるものだと言えるだろう。MIRAIEは、住友ゴム独自の「高減衰ゴム」を用いた制震装置だ。
「高減衰ゴムが揺れのエネルギーを吸収して、熱エネルギーに変え、揺れから建物を守ります」こう説明するのは、住友ゴム工業 ハイブリッド事業本部 制振ビジネスチームの田中和宏氏だ。
熱に変えるといっても、大きな揺れでも地震による表面温度の変化は1℃に満たない程度だという。
「MIRAIEは、住宅の壁の中に埋め込むように施工します。X軸・Y軸、それぞれの揺れを吸収するように、壁に埋め込まれるMIRAIEも2方向に2基ずつを対応させ、計4基で揺れから住宅を守るのです」(田中氏)
MIRAIEの特徴のひとつが「A」字型構造であること。装置自体が安定していることで、家屋の揺れを「A」字の頭にある高減衰ゴムに効率よく伝えることができる。
使用される高減衰ゴムの大きさは14センチ×7センチほど。はがきとほぼ同じ大きさの2層のゴムにすぎないが、標準的な大きさの家屋であれば4基設置するだけで十分な効果が得られるという。
さらに、「A」字の脚は、家屋の基礎とボルトでつなぐ。市販向け制震装置では唯一、基礎と緊結する制震装置であり、高減衰ゴムだけでなく、基礎と緊結する技術についても特許を取得している。
 住友ゴムが長い歴史のなかで、ゴムの可能性を追究してきたことが、MIRAIEの開発につながったのだ。

制振技術も、はじまりはタイヤ

住友ゴムといえば、ダンロップに代表されるタイヤを思い浮かべる人も多いだろう。
実際、高減衰ゴムも、グリップ性能の高いタイヤを開発する過程で基礎技術が確立されていった。ただ、粘りが強いために、そのままタイヤにすると摩耗があまりにも激しく、実用性に欠ける。
そこで出てきたのが、「揺れを止める」という利用方法だ。たとえば、橋梁で使用されているケーブルの揺れ止めとしては、すでに25年以上の実績がある。
塔などの構造物から橋桁にケーブルを張る斜張橋。橋の荷重を支える上で重要なケーブルだが、風などの影響により一度揺れはじめると、なかなか収まらない。かき鳴らし続けられるギターの弦のようなイメージだ。
長崎県長崎市にある「女神大橋」にも住友ゴムのダンパーが使われている。
「その揺れを止めるために、以前は油の抵抗力で揺れを吸収する『オイルダンパー』を利用するのが主流でした。ただ、長期間使い続けていると、オイルが漏れるなどのトラブルも起こります。
そこでオイルダンパーのかわりに高減衰ゴムを使用したところ、揺れを抑えるだけでなく、頻繁にメンテナンスする必要もなくなりました」(田中氏)
一般的に、ゴムは寒くなると硬くなり、暑いと柔らかく、緩くなる。
それでは本来の性能を発揮できなくなるが、気温によるゴムの変化を抑える住友ゴム独自の研究の末、取り付けてから現在まで、25年以上メンテナンスフリーで働き続ける高減衰ゴムを生み出すことに成功した。
「揺れを吸収する」という新たな分野で高い性能を発揮した高減衰ゴムだが、MIRAIEというかたちで結実するまでは、もう少し時間がかかる。
「橋梁のケーブルでの利用がはじまった前後、阪神淡路大震災が発生し、当社も神戸の本社が大きな被害を受けました。住友ゴムは地震の多い日本の企業として、また震災を経験した企業として、住宅の揺れも解決しなければ、と考えるようになったのです」(田中氏)
とはいえ、住友ゴムには住宅のノウハウはない。そこで、ハウスメーカーと共同で、被害を最小化する制震装置の開発がはじまった。

「耐震」「免震」「制震」。違いは何か

建築物の地震に対する備えとしては、「耐震」「免震」「制震」という3つの方法がある。「耐震」はもっとも多くの人が耳にしたことがある単語だろう。
耐震は、「地震に耐える」という字面どおり、揺れによる建物の変形を抑え、倒壊することを防ぐもの。木造住宅であれば、壁を厚くしたり、新たに筋交いを付けたりと、リフォームによる耐震工事も一般的だ。
「ただし、耐震の基準は、簡単に言えば、『一度大きな揺れに遭っても倒壊しない』というものです。東日本大震災の例が顕著ですが、大地震の場合、もっとも揺れの激しい本震だけで終わることはなく、その後にも大きな揺れ(余震)に襲われる恐れがあります。
本震によって耐震構造が大きなダメージを受けることは珍しくなく、余震で繰り返し揺らされることで、耐力はどんどん落ちていきます」
こう説明するのは、住友ゴム工業 ハイブリッド事業本部 制振ビジネスチームの城野みなみ氏だ。
もし耐震構造だけで大地震に何度も耐えられるようにしようと思えば、壁だらけ、筋交いだらけの家になり、満足に窓もつけられないかもしれない。
次に「免震」は、建物と地盤を切り離す工法だ。とはいえ、もちろん建物を空中に浮かすことは不可能なので、ゴムのような揺れを吸収する装置を設置して、地面の揺れが建物に伝わりにくい構造にする。
木造住宅でも使用される例はあるが、採用されるのはビルなどの大型建築物がほとんどだ。
地震に対する効果は非常に高いが、強固な地盤であることなど、設置にはさまざまな制約があり、かつ高額なため、個人の住宅に導入するのは現実的ではないという。
そして「制震」は「地震の振動を制御する」ことによって、建物自体の揺れを小さくしたり、その揺れをできるだけ早く収めたりすることを目指す。
「制震構造は耐震構造との組み合わせで、さらに威力を発揮します。耐震構造単独では破壊が起こるような揺れでも、制震装置を併用することで、耐震構造へのダメージを抑え、繰り返し揺らされることによる耐力の低下も防げる。
デザインの自由度も確保しつつ、揺れに強い家を実現することができるんです。5年の開発期間を経て、ようやく世に送り出すことができました」(城野氏)

度重なる地震がMIRAIEの性能を証明した

住宅メーカーとの共同開発で制震ダンパーを生み出した住友ゴムだったが、共同開発だからこそ、装置を供給できる先は限られた。
「テレビCMなどで、有名ハウスメーカーの名前を聞く機会は多いですが、そうしたメーカーの戸建て住宅は、日本全体で見ると2割程度で、大半が地場の工務店さんによるものです。
ですから、地域に密着した工務店の方々にも使っていただけるような装置も作らなければいけない。先の制震ダンパーで得られた知見も生かしながら開発したものがMIRAIEです」(城野氏)
MIRAIEが発売にこぎつけたのは2012年。奇しくも東日本大震災の翌年となった。
住友ゴムは福島県白河市にタイヤ工場を持つ。東日本大震災での被災もあり、「地震の被害から建物を守らなければ」という思いは一層強くなっていったという。
「とはいえ、MIRAIEを発売した当初は、社会的に『耐震で十分ではないか』という空気がありました」と、田中氏。
これまで多くの地震を経験してきた日本で生まれた耐震基準。それを満たしていれば、大丈夫なのでは。施主となる消費者の意識が変わらない限り、制震装置の導入は進んでいかない。
そんな課題を抱えていたMIRAIEが注目されるきっかけのひとつが、2016年4月に発生した熊本地震だ。
地震が少ないとされていた熊本で発生した大地震ということに加え、広範囲ではないものの、4月14日、16日と震度7が2回記録されたことでも、特異な地震だった。
「熊本地域ではすでに100棟以上の家にMIRAIEが設置されていました。それらの住宅は半壊も0、全壊も0。われわれの装置がきちんと仕事を果たしたことを誇りに思います。
あるお宅では、同じ敷地に古い家とMIRAIEを設置した新築があり、古い家は内部で物が散乱し、家屋も半壊状態。一方の新築はほとんど被害なし。
『ライフラインの復旧には時間がかかったものの、地震のなかでも安全な自宅で過ごせて本当によかった』と言われ、嬉しかったです」(田中氏)
その後、2018年の北海道胆振東部地震(最大震度7)、2019年の山形県沖地震(最大震度6強)でも、MIRAIEを採用した住宅では半壊・全壊ともにゼロ。
また、熊本城の天守閣補修工事においても、MIRAIEの技術を利用した制震ダンパーが採用された。

目に見えないところで安全・安心を守り続ける

そうした実績ができたことで、工務店からも「施主に勧めやすくなった」と言われるようになった。
そもそもMIRAIEは、90年もの長期にわたるメンテナンスフリーを実現している。それを支えるのは、高減衰ゴムの周りに劣化を防ぐゴムの層を設けた2層構造だ。ゴムは小さく、装置自体も壁の中に埋め込めるサイズであるために、工務店からはもともと歓迎されていたという。
「さらに施主の皆さんにとって魅力的なのは、35年、40年という期間で考えた際のコストパフォーマンスです。保険に入るような気軽さではないでしょうか。
しかも保険とは違い、被害を補償するのではなく、被害を小さくすることができるのですから」(城野氏)
住友ゴムは2020年、「未来をひらくイノベーションで最高の安心とヨロコビをつくる。」というパーパスを発表した。MIRAIEの取り組みは、まさにパーパスを具現化したようなものだ。田中氏もそれを強く感じている。
「制振ダンパーという、皆さんの生活や命と直結する製品を提供している以上、『ただの安心』ではなく、『最高の安心』を目指すべきというのは、われわれが常日頃から感じているところです。
従来から明言はされずとも、従業員一同が意識していたことがはっきりと言葉になったので、みんなが同じ方向を向いて、安全や安心を提供できる体制がより強化されたのではないでしょうか」(田中氏)
現在、住友ゴムは制振ダンパーの技術をより進化させ、地震の揺れ以外にも対応できる装置の開発も行っている。
たとえば、「風揺れ」。高層ビルや台風多発地域など、強い風にさらされる建築物に採用することで、変形させようとする力から建物を守れないか。
実現できれば、補修の手間やコストを減らし、建築物の高寿命化にも貢献、さらに居住者の不安や不快感を低減できるメリットもある。
「形状の自由度の高さはゴムの魅力のひとつです。はがき大のMIRAIEでも十分な性能を発揮できていますが、要望に応じた最適なソリューションを提供するうえで、自由な形状は大きな武器になります」(城野氏)
住友ゴムは、ゴムに負けない柔軟性を持つ企業だ。これからも、常識にとらわれない発想で、安全・安心な生活を裏で支え続けていく。