2021/11/30

なぜアイデアを育てるには「自由と責任」が必要なのか 

NewsPicks, Inc. Brand Design Editor
いま多くの大企業が新規事業創出に取り組んでいる。一方で、柔軟な発想と圧倒的なスピードでサービスを世に送り出すスタートアップと違い、大企業ならではの様々な課題に直面している。
そんななかNTTドコモの新規事業創出プログラム「39works」が活況だ。
今年8月には、子供向けプログラミング教育用ロボット「embot」を提供する新会社「株式会社e-Craft(以下、e-Craft)」を設立。
embotは、ダンボールと電子工作パーツを用いてロボットを組み立て、それをスマートフォン・ダブレットのアプリで操作することでプログラミングを学ぶことができるというユニークなサービスだ。
embotは2014年にプライベートのプロジェクトから誕生し、2017年に39worksにジョインした
2019年にタカラトミーから一般販売を開始し、ユーザー数を着実に伸ばしているほか、すでに自治体や教育委員会のプログラミング教材としても数多く採用されている。
なぜ新規事業創出プログラム39worksは、embotのような新たなサービスを生み出すことができたのか。新しい価値を生み出すには、どんな仕組みや環境が必要なのか。
e-Craft CEOの額田一利氏と、39worksを統括するNTT ドコモ イノベーション統括部部長 稲川尚之氏に話を聞いた。
INDEX
  • 壁は過去の「成功体験」
  • 事業化する自信はなかった
  • 「自主性」を育む環境
  • まずは人に話してみよう

壁は過去の「成功体験」

──数多くのオープンイノベーションや新規事業に携わってきた稲川さんは、大企業の新規事業創出の難しさをどのように考えていますか。
稲川 やはり「自前主義」の問題は根深いと思います。なぜ自前主義にこだわるのがいけないのかと言えば、それは単純に社会が変化するスピードに後れを取ってしまうからです。
 基礎研究から商品開発、製造・販売といったビジネスのバリューチェーン全体を自社のリソースで完結する自前主義により、これまで日本企業は数多くの成功事例を生み出してきました。
 NTTドコモでいえば、1999年に携帯電話のインターネットサービスを世界に先駆けて事業化した「iモード」がそうです。
 しかし自前主義は、大量のリソースを内部に抱える必要があるため、事業規模を大きくしすぎてしまうという側面があります。
 小回りが利きにくい組織では、新規事業を生み出そうとしても、社内の部署間の連携に奔走しているうちに、技術が陳腐化したり、当初想定していた市場がなくなってしまったりすることがある。
 一方その間に機動性の高いスタートアップは、時代の変化や潜在ニーズをいち早く捉え、新たなサービスを生み出します。
NTTドコモ入社後、インフラ設計といった技術畑からキャリアをスタートさせ、資材調達や国際ビジネス、人事なども担当。MBA取得のための海外留学を経験し、2013年にドコモイノベーションズの社長に就任。シリコンバレーで北米におけるベンチャー企業との連携・出資のチームを率いる。2016年7月から株式会社NTTドコモ・ベンチャーズ副社長、また2018年6月から株式会社NTTドコモ・ベンチャーズ 代表取締役社長に就任し、NTTグループのCVCとしてベンチャー投資・協業の実績を積む。2021年6月から現職
 さらにイノベーションの種となるアイデアの芽を潰してしまうことが往々にしてあります。
 若手社員や外部にアイデアの種があっても、過去の成功体験から物事を考えてしまうため、それを受け入れることができない。
 たとえ受け入れられたとしても、会議や稟議を通すたびに、色々な人の意見が反映されてしまい、発案者が当初描いていたものとはまったく違うサービスになっていることもあるわけです。

事業化する自信はなかった

──額田さんは、2014年からプライベートでembotの開発を始動、2017年に新規事業創出プログラム39worksにジョインされています。当初、大企業のなかで新規事業を開発することに抱いていたイメージとは?
額田 そうですね。正直、ジョインすべきかはかなり悩みました。
 僕はもともとドコモで電力の最適化に関する研究をしていました。研究という仕事なので、世の中からすぐにフィードバックをもらえる機会はそうありません。
NTTドコモに入社後、先進技術研究所(現クロステック開発部)で基地局におけるエネルギー最適化研究を担当。その後、イノベーション統括部で新規事業(楽器演奏者支援サービス、embotなど)の立ち上げを担当。
 そこで世の中のフィードバックをより直接感じたいと考え、会社に縛られず自由にやるために趣味で始めたのがembotです。
 ユーザーの声を直接聞ける環境を求めてプライベートで始めたのに、ドコモが絡むことでそれが実現しなくなってしまうのではないか。
 色々な部署が絡んだり、口出しされたりすることで、コントロールできなくなってしまい、まったく違うサービスに変わってしまうのではないかという恐怖がありました。
 加えて、ビジネスにすることに自信もありませんでした。
 今ではプログラミング教材として、多くの自治体や教育委員会に採用されていますが、開発当初はプログラミング教育のテーマはまったく盛り上がっていなかった。だからお金を稼げるイメージもありませんでした。
──そんなに悩む要素があったにもかかわらず、なぜジョインすることを決めたのですか?
額田 まずひとつは、僕たちを熱量高く誘ってくれた人が「自由」を約束してくれたからです。embotを会社と僕らの共有ライセンスにするなどして、サービスを守れる環境を整備してくれました。
 なのでembotを自分たちがコントロールできないところに持っていかれるのでは、という懸念は払拭されました。
 であれば開発を進めるうえでドコモが持つ開発リソースや資金などのアセット・ノウハウが武器になるのはわかっていましたし、ジョインした方がembotの価値を追求できると考えたんです。
── 一方で、ビジネスにすることへの自信については?
額田 実はタイミングもありました。2017年は小学校でのプログラミング教育必修化の話が出てき始めた年です。一気にプログラミング教育への注目が高まり、ビジネスとしての大チャンスがやってきました。
 新規事業は「タイミング」がすべて。プログラミング教育の市場が一気に拡大するタイミングで、僕らはアイデアだけではなくプロダクトを持っていた。
 こんなに大きなアドバンテージがあるのに、挑まない理由はないと思いました。
──独立の選択肢は考えなかったのですか?
額田 確かにその選択肢もありました。ですが研究や開発経験はあるものの、事業化に挑むのははじめてです。
 であればせっかくドコモに所属しているのだから、その環境を使い倒してからでも遅くはない。そう考えて、まずは39worksにジョインすることを決めました。

「自主性」を育む環境

──39worksは具体的にどんな仕組みを提供していますか。
稲川 2013年頃、世の中で新たなサービスが生まれる中で、自前主義の成功体験にとらわれ、我々はユーザーの変化に追いつけずにいたという大きな反省がありました。その反省から生まれたのが39worksになります。
 39worksは、アイデアをいち早くスタートさせ、PDCAを高速で繰り返すことで、社会にイノベーションを起こしたいと考えています。
 同時に39worksに蓄積された新規事業開発のノウハウを全社に展開することで、NTTドコモ全体の組織・カルチャー変革の役割も担います。
 環境については、大きく3つの特徴があります。
 ひとつめが、「パートナー企業との共創」です。社外パートナーとプロジェクト体制を組み、一体となって企画から開発、運用、保守までを一貫して実施します。
 新規事業開発において大切なのは何よりスピード。そこで初期はスタートアップ、後期は大企業と分けて共創する手法を取っています。
 初期にスタートアップと組むことができれば、仮説検証を高速で回しやすい。それにスタートアップの技術や思想、スピード感は大きな学びにもなるはず。
 その後の事業拡大のフェーズでは、NTTグループや大企業と連携することで、一気にグロースすることを狙います。
稲川 2つめが、「多様な入り口と出口」を用意していること。
 入り口として、R&Dの社員はいつでも応募できますし、他部署でもe-Craftの事例のように私たちから声をかけることもあります。
 また全社向け新規事業コンテスト「docomo LAUNCH CHALLENGE」を1年に1回開催しています。新規事業に挑戦したい人を対象に、人事部と共同開催して課題発見から解決策検証の途中までをサポートしながら、アイデア創出を狙います。
 出口としては、社内事業部に事業譲渡や社内ベンチャー制度での子会社化(社員も出資可能)、ジョイントベンチャーなどを用意しています。もちろん独立も歓迎です。
 3つめが、「自由な環境」です。大企業特有の慣習や過去の成功体験などには縛られずに、自由な発想で新規事業に挑んでもらいたい。
 だから自主性と責任感の醸成を促すためにも、39worksは権限と予算を可能な限りわたすようにしています。社員一人ひとりが社会を変えるような挑戦に対して、一歩踏み出せるような環境づくりをめざしています。
額田 実際に39worksにジョインして一番感じたのは、まさに想像以上に自由な環境だったということです。
 逆に言えば、自由には責任が伴います。誰かが1から10まで丁寧に教えてくれるわけではないので、自分で考えて動くしかない。
 自分ですべて選択するからこそ、起業家としての覚悟が徐々に芽生えてきた感覚があります。
──覚悟、ですか。
額田 例えば39worksでは、自らKPIを設定し、承認されたらそのKPIに準じた資金をもらえます。一方で、このKPIが達成できないと、事業のクローズを言い渡される可能性もあります。
 当然低いKPIを設定すれば達成できるわけですが、それでは事業としては成長できない。その狭間のなかで葛藤しながらKPIを設定し、結果を出すために覚悟を決めて、無我夢中で奔走する。
 そう思うと39worksは、投資家という感覚に近いのかもしれません。
稲川 そうですね。厳しい関係性であるのは正直なところです。
 ただ私たちが色々と口出しをしても、新たなイノベーションは生まれないと考えているので、過度な干渉は避けるようにしています。
 もちろん口出ししたくなることもあるのですが、社員の自主性を尊重したいので、グッと堪えて我慢することもあります(笑)。
 また大企業は予算があるばかりに社内の新規事業に資金を提供し過ぎたり、価値を生み出せないものに資金を提供し続けたりというケースも少なくありません。そこは私たちが目利きをして、撤退の判断を早めにすることも重要だと考えています
 そうした39works内の新陳代謝を加速させることで、ノウハウが蓄積され、次の挑戦者のための環境と組織文化の醸成につなげていきたいと思っています。

まずは人に話してみよう

──e-Craftのような事例を増やすためにも、今後39worksをどのようにアップデートしていきますか。
稲川 イグジットの選択肢、成功事例を増やしていきたい。ジョイントベンチャーの事例づくりや、e-Craftのように子会社化したり、もしくは社内で事業化したりという方法もあります。
 ときには1回スピンアウトして、M&Aするという選択肢も考えています。将来的には上場の支援もしていきたい。スタートアップとドコモが共創しながら、お互いが利益や企業価値を高める仕組みを考えていきたいですね。
──39worksを通じて得た最も大きな学びとは?
額田 そうですね。人と人のつながりの重要性を学ぶことができました。
 39worksでの事業開発を通じて、教育委員会や自治体、タカラトミーさんなどさまざまな人たちとつながることができました。
 こうしたつながりは私たちだけで得ることは難しかった。39worksにジョインしたからこそ、NTTグループのつながりを活かして、多くの人からさまざまな声をもらえる機会ができた。
 そして人とのつながりができるたびに、embotが日本のプログラミング教育に大きく貢献できると確信できましたし、起業家としての覚悟を持つことができるようになりました。
──最後に、新規事業を生み出すためには、どんなマインドが必要なのか教えてください。
額田 完璧主義はやめることだと思います
 荒削りなプロトタイプをまずは市場に出して、ユーザーの声を集めることを優先する。そのサイクルを高速で回すことが、新規事業には大切です。
 プロトタイピングというと、アプリやロボットでβ版をつくることをイメージしますが、説明できるならパワーポイントの文字だけでも十分なんです。
 とにかくアイデアがあったら、まずはテキストや口頭で色々な人に話して、どんどん感想を集めてみる。とりあえず人に話してみるのは、とても大切だと思います。
稲川 だからこそ人と人とのつながりを大切にしてほしいですよね。
 加えて事業をつくるうえで大切なのは、やはり自分自身の課題意識です。そのアイデアや事業は、自分の課題意識とどうつながっているのか。
 これからアイデアを考える人であれば、日常の中で不満や問題を感じることはなにか。自分の心の声に耳を傾ける機会を作ってほしいと思います。
 その課題意識に気づくためにも、まずは誰かに気軽に話してみるのがいいかもしれません。
 39worksも社員が課題意識やアイデアをより気軽に話せるような、そんなよりフラットな環境づくりをめざしていきたいと思います。