竹中平蔵が今後10年の日本経済を語る(前編)

日本の財政再建に潜む、2つの重大欠陥

2014/9/30
2000年代に小泉政権の中枢で、日本の財政・金融政策を動かしてきた竹中平蔵氏。現在もオピニオンリーダーとして様々な経済改革を唱え続けている。今回、そんな竹中氏に10年前を振り返ってもらい、現在の日本経済が当時の予測と比較して、どこが良くなり、どこが悪くなったのか。または、現在の日本経済が抱える問題点、中でも大きな問題となってくる財政赤字の今後、そして、6年後に迫った東京オリンピックが日本社会をどう変えるのかについて聞いた。

消費増税しても財政赤字は改善しない

――小泉政権で財政・金融政策の中枢を担ってから、約10年が経ちました。当時の予測と比較して、現在の日本経済をどのように評価していますか。

ほとんどの日本人が忘れていることがあります。実は2002年の基礎的財政赤字は28兆円ほどありましたが、07年には6兆円まで減っていたことです。この間、増税はしていません。私はよく言うのですが、小泉政権があともう1年半続いていたら、日本は財政黒字になっていたと思います。

しかし、その後の展開は、まったく予測と違うものになってしまった。一番大きな原因は政権交代が起こって、非常に大きな政府をつくってしまったことです。

実は小泉政権が終わるまで、一般会計の規模は約83兆円でした。その間、財政を削ったという批判もありましたが、実際には削っていない。増やさなかっただけなのです。

それが今や100兆円です。16兆円くらい増えている。今年から消費増税して8兆円ほど収入を増やす目論見ですが、ばら撒いたあとで、その半分くらいを増税しているわけです。これは非常に良くないシナリオです。

一方で、良くなった面もあります。1つは、ITが当時の予想以上に人々のライフスタイルに定着したことです。私が象徴的だと思うのは、新幹線のエクスプレス予約です。これができたとき、ITは人間の生活を変えると思いました。

もう1つが東京という街です。日本橋・銀座は三井、大手町・丸の内は三菱、六本木・赤坂は森ビルというゾーンを分けた開発競争の結果、東京は非常に良い街になりました。ただ、遅れているのは羽田空港の国際化ですね。今羽田と結ばれているのは世界19都市、成田を入れても88都市しかありません。世界の主要都市であるロンドンは350都市、パリは250都市もあります。北京でさえ93都市です。もちろん条件が違うところもありますが、羽田の国際化は急務だと思います。DSC5809

“普通の人”がほとんど税金を払っていない日本

――10年前から振り返ると、ポジティブ、ネガティブの両面がある中で、今後10年のこともお聞きしたいと思います。一番気になっているのは財政問題です。現在の借金は1000兆円、GDPの2倍超の水準の借金を抱えています。

私は基本的に財政再建は難しくないと思っています。なぜなら02~07年の5年間で増税なしで、28兆円から6兆円まで赤字を減らしたわけですから。それと同じことをやれば、財政再建はできるんです。同じことというのは、財政支出を増やさないことです。

ところが、麻生政権以降、社会保障を聖域化したため、自動的に毎年1兆円も借金が増えていくことになってしまった。社会保障を削るというと批判の声が大きくなりますが、その結果、残念ながら今後の財政は相当厳しい状況になると思います。

もし財政再建を社会保障改革なしに消費増税でカバーしようとすると、消費税を30%以上にしなければならないという試算もありますが、これは現実的ではありません。

実は日本の社会保障と税というのは、2つの大きな欠陥を抱えているのです。税金の欠陥は、意外にも“普通の人”が所得税を払っていないことです。

通常、“普通の人”が払う所得税は税率10%以下です。では、この“普通の人”が占める比率は所得税全体の何割だと思いますか?

ちなみにイギリスは15%、ドイツ、アメリカは30~40%です。日本はなんと80%にもなるのです。つまり、ほとんどの人は税金を払っていない。高額所得者だけが高い税率を課せられ、所得税が空洞化しているのです。

普通の人にも所得税を払ってもらわないと税は成り立ちません。政治家はこれが言えないから、なんでもかんでも消費税と言っているわけです。この欠陥をどう補えるかが今後非常に重要なポイントになります。

社会保障にも重大な欠陥があります。日本の社会保障は、「自助」「共助」「公助」という定義の中で、圧倒的に「共助」の面が大きい。つまり、“保険”なのです。結果的に社会保障予算は、年金、医療、介護といずれも“保険”でやっているものばかりです。

一方で、日本は「公助」が実に少ない。税金でやらないといけないことを、この国はほとんどやっていないのです。

その典型が女性に対する補助です。産休のための所得保障、子育ての所得保障、一度家庭に入った人が職場復帰するときの職業訓練など重要な補助をほとんどやっていません。これでは、女性が輝く国にはなれません。

慌てて変わろうとする「シンデレラの国」

――なぜ政府は、そうした状況を変えようとしないのでしょうか。

最大のポイントは日本が素晴らしい国だからです。日本経済は強く、政治家がいい加減な政策をしても、生活水準は揺るがない。だからこそ、「ゆでガエル現象」になっていく。危機にならないことが、潜在的な危機を強めているというメカニズムです。

もう1つは、日本人みんなが目の前の小さな利益の喪失に敏感になり過ぎて、将来の大きな利益を逃している。政治家、官僚、ビジネスマン、消費者に共通した問題です。

――日本の歴史を振り返ってみても、絶体絶命のピンチに陥らないかぎり、なかなか変わらない。やはり財政破綻こそが変わるきっかけとなるのでしょうか。

実はフランスやドイツの人と話をしていると、日本はイギリスと同じだと言うんです。フランスとドイツは常に隣国の脅威に晒され、自分で変わらないと生き残れない。一方で、日本とイギリスは国土を海に守られているから、なかなか自分から変われない。

だから、イギリスは「シンデレラの国」と呼ばれているそうです。シンデレラは靴を忘れますが、12時になることはわかっているのに、その備えをしなかった。慌てて変わろうとするから、シンデレラの国と呼ばれるんです。

日本も急に変わる国です。明治維新がまさにそうですし、戦後の民主化もそう。非常にショックが大きい。だからこそ、財政破綻という大きなショックをできるだけ避けるための対策を立てたいというのが、政策を勉強している人間の気持ちですね。

(後編に続く 撮影:今 祥雄)