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博物館の方に、なってみた。

そうすると「運営側も大変なのよ」という言葉が聞こえてきた。たぶんソーゾーではあるけれど、なぜ「模写禁止」に至ったのかを考えると、なんとなく予想できる。

ある時、誰かが模写してて、その日はたまたま混んでいて、客の中の誰かが運営側に「模写してるヤツがとてもジャマだ。迷惑行為だ」とかなんとか、ヤラシクヒツコク必要以上に訴えたのではないか。

クレーマーに弱い公共側は、組織内部で協議を重ねた結果「そんなことなら、模写禁止」っていう結論を導き出してしまったのだ。と、ソーゾーする。

「ちょっと混んでるから、人が少なくなってからもう一度戻ってきて描いてもらえるかな」というのが、最も正しいあり方のような気がするけど、心ないクレーマーは「混んでる、っていうのは平米あたり何人を混んでいると判断するのだ」とか、言い出しそうだ。

ほんと、運営側の方々も大変だ。

でも、クレーマーに強い組織作り、あるいは社会のありようが、実は一番大切なのだ。これを機会に、博物館側でもぜひ前向きな議論を進めていただければと思う。そして、なぜ「模写禁止」に至ったのかも公開してほしい。きっと「そんな事情があったんだ」という話があるはずだ。博物館側だけで抱え込まずに、みんなで考えて負担を少しずつ共有しよう。
変なルールでも 思考停止だと そのまま受け入れてしまう大人の世界が残念。 日本は何でも禁止する傾向が強いのかな?
この投稿をきっかけに 考える機会を持った人々が 良い方向で解決の方法を考えられるようになってほしい。
高広さんに強く同意します。模写禁止は理由がない。(撮影禁止もぼくは理解しがたい。)関係者は、作品の至近で子どもたちが車座になって模写している欧米の一流美術館・博物館を見に行ったほうがいいですよ。
大人のつまらないアリバイ作りのために、子どもの可能性が無慈悲に潰されていく…。
自分が書いたものをぐしゃぐしゃにするのは、相当の怒りと悲しみが湧き上がっていたのだと思います。あまりにも悲しいノート絵に私も憤ります。

ここで気持ちが折れないでほしいですし、こんなルールを強いる社会を変えられるように微力を尽くします。
一番の課題は、江戸東京博物館からのメッセージの内容が、完全な自己都合であり、来館者からのフィードバックについて、何ひとつ理解していないこと。

海外の博物館や美術館を訪問した時の、自由な雰囲気と比べると、日本の博物館や美術館の「独自の美学」は、個人的には理解に苦しみます。

「何のために、それをルールとしているのか?」を考えるべきです。

「模写はダメ」という理由は何なのでしょう?そこで長時間居座ることが問題であれば、そうでなければ良いとすれば問題ないでしょう。

いずれにしても、「理由が説明できないルールを形式的に押し付ける」文化は、現代には相応しくないと感じています。

ボストン美術館で、写真でも模写でも自由に撮影したり、実施したりできることを、日本の美術館や博物館を運営されている方々は、どう思われているのでしょうか?

※個人的な見解であり、所属する会社、組織とは全く関係ありません
米国東海岸では写真もほぼOKでした。日本の美術館は特権階級意識か、禁止事項が多すぎる。有料の癖に写真を撮ることがなぜダメなのか、その問いかけすらされないまま「撮影禁止」が罷り通っているのが現実。日本が思考停止、同調圧力だけの愚かな国の証左