2021/11/24

【2030年予測】人間の機能が拡張する時代の新ビジネスとは

NewsPicks Brand Design chief editor
デジタル技術の普及により、私たちの生活は便利になり、生活スタイルや価値観は数十年前から一変した。一方で、人の身体的・心理的な性質は、1万年前とほとんど変わらないという。
しかし近年、人そのものを進化させる「テレイグジスタンス」「ゲノム編集」「BMI(ブレイン・マシン・インターフェース)」といったテクノロジーが注目されている。総称すれば、「Human Augmentation(人間拡張)」だ。DXとは比べ物にならない「人」のアップデートは、私たちにどのような変化をもたらすのか。そのときビジネスは、どのような影響を受けるのか。
常に世の中の変化の先端を捉え、企業の未来をつくり出してきたコンサルティングファーム=ベイカレント・コンサルティングの加藤秀樹氏と考える。
INDEX
  • 私たちはなぜ高カロリーな食べ物が好きなのか
  • 人そのものをアップデートする「Human Augmentation」とは
  • Human Augmentationはすでにはじまっている
  • キーワードは「技術」から「人」への揺り戻し

私たちはなぜ高カロリーな食べ物が好きなのか

PCやスマートフォン、キャッシュレス決済。こうしたデジタル技術の一般的な普及によって、私たちの生活は格段に便利になった。コロナ禍で、企業のDXも進んでいる。
それに伴い、リモートワークが可能になる、FIRE(Financial Independence, Retire Early=経済的自立と早期リタイア)が注目されるなど、私たちのライフスタイルや価値観が変化したのは、誰もが感じるところだろう。
しかし、ベイカレント・コンサルティング(以下、ベイカレント)のデジタル・イノベーション・ラボに所属する加藤秀樹氏は、「デジタル技術の普及は、いわば『道具』の進化。人の身体的・心理的性質は1万年前からほとんど進化していません」と語る。
進化の話の前に説明すると、ベイカレントは常に世の中の変化の先端を捉え、企業の未来をつくり出してきた総合コンサルティングファームだ。
ビジネスとテクノロジーが交差するトレンドをキャッチする能力に長け、特にDXや経営戦略のコンサルティングに強みを持つ。
なかでも、ベイカレントのデジタル組織である「デジタル・イノベーション・ラボ」のミッションのひとつは、テクノロジーの探索と、その(クライアントサービスへの)還元。
どんなテクノロジーがビジネスに応用できるか目利きをした上で、クライアントと共に検証までを行うのだ。
日本でDXという言葉が浸透する前から企業におけるデジタル化の取り組みに着目し、いち早く企業を導いてきた実績を持つ。
2016年にベイカレントが出版した書籍、その名も『デジタルトランスフォーメーション』。この時期、その言葉さえ知らなかったビジネスパーソンも多いはずだ。
そんな「テクノロジーの目利き」である加藤氏は、次のように続ける。
「イギリスの進化心理学者であるサトシ・カナザワ氏によれば、人の進化は非常に長い時間をかけて徐々に起きるため、人の身体的・心理的性質は1万年前にアフリカのサバンナで過ごしていた頃とほとんど変わらないといいます。
たとえば、多くの人が肉やケーキなどの高カロリーなものを好み、肥満や糖尿病に悩まされていますが、これは人の進化の歴史のほとんどを通じて、カロリーが十分に摂れなかったため。
高カロリーなものを好むよう味覚が形成され、それが現代人にも引き継がれているのです」(加藤氏)
iStock.com/Man_Half-tube
1万年の間に、道具は凄まじい勢いで進化した。その進化がもたらした環境に、私たちの内面が追いついていないのだ。しかし今、それが変わりつつあるという。

人そのものをアップデートする「Human Augmentation」とは

ベイカレントが今注目するのが「Human Augmentation(ヒューマン・オーギュメンテイション)」だ。直訳すれば、「人間拡張」となる。
Human Augmentationは1万年起きてこなかった『人』の機能や能力をアップデートさせるテクノロジーであり、いわば『人』そのものの進化です。
ここ数年で、健康寿命の伸長や、リアルとバーチャルの等価化、テレイグジスタンスといった言葉をクライアントとの会話でも聞くようになり、それらを総称すると人間を拡張することだな、と。
感度の高い企業は、Human Augmentationが実現した未来に向けて、すでに動き出しています」(加藤氏)
2010年代後半から、東京大学大学院の暦本純一教授らによって、「Human Augmentation」という言葉自体は生み出されていた。
その当時は、ITやロボティクスの発展による拡張がメインとされていたが、近年、情報技術の発展にけん引され、ナノテクノロジー、バイオテクノロジー、認知科学といった分野も著しく進展
これらが組み合わさることで、より広義な意味でのHuman Augmentationを実現する土台が整ってきたのだという。
では、Human Augmentationは私たちのライフスタイルや価値観にどのような変化をもたらすのか。それを考えるために、まずはHuman Augmentationによって拡張される要素を整理しよう。
加藤氏によれば、拡張されるのは大きく分けて2つ。「概念的なもの」と「実体的なもの」だ。前者は、人が「存在」している状態を拡張するもの。後者は、「人の構成要素」を拡張するもの。それは何か。
人は、『身体』という外界とのインターフェースを持ち、外界の情報を『知覚』によってインプットし、『感情』を抱いたり、『思考』したりします。つまり、身体、知覚、感情、思考の4つが、人が人たる要素なのです」(加藤氏)
人とは何か。まるで映画『ブレードランナー』のような話になってきたが、これは夢物語ではない。

Human Augmentationはすでにはじまっている

存在、身体、知覚、感情、思考。これらの拡張とは、具体的にどのような技術や概念を指すのか、ひとつずつ解説してもらおう。
『存在』の拡張は、人の物理的・精神的な存在の限界を取り払うことです」と、加藤氏。
たとえば、Meta(旧Facebook)が作るという「デジタル空間で人々と一緒にいることができる仮想空間=メタバース」や、人間の身体能力を遠隔地に伝送する「テレイグジスタンス」などがこれに当たる。
メタバースが目指す「見るだけではなく、その中にいるような感覚になれる空間」とまでは言えないが、すでにゲームやSNSなどの世界で仮想空間は実現している。
テレイグジスタンスも、遠隔医療など医療分野を中心に活用が進んでいる。これは、今後かなり早い段階で私たちに変化をもたらすHuman Augmentationだと言えそうだ。
iStock.com/PhonlamaiPhoto
「身体」の拡張は、身体能力を高めたり、健康寿命を伸ばしたりするもの。加藤氏は次のように説明する。
Googleは老化研究を目的とした子会社『カリコ』を設立していますし、ゲノム編集技術による身体能力の編集なども実現されるでしょう。
実際、2017年に元NASA科学者のバイオハッカー、ジョサイア・ゼイナーが、筋肉成長を促す遺伝子を自らに注射する様子が配信され、話題になりました」
将来的には、自身の身体的・性格的な特徴を自分の望むように変え、若返ることもできる可能性があるのだ。
iStock.com/Natali_Mis
「知覚」の拡張は、人の五感を強化・編集したり、他者に共有したりするもの
こう聞くと想像しにくいかもしれないが、たとえばノイズキャンセリング機能のついたイヤホンだ。この技術を応用して、英語音声を自動的に日本語に翻訳して聞くといったことは、かなり近い未来に実現するはずだという。
「感情」の拡張は、人の心理的・精神的状態をコントロールするもの
すでに、自分の脳の活動を脳波として可視化し、訓練によってその活動を制御する「ニューロフィードバック」というテクノロジーがある。
現在は、うつ病やPTSDなどの治療に活用されているが、アメリカではビジネスパーソンが自らのパフォーマンスを向上させるために活用する例もあるそうだ。
iStock.com/Yuuji
「脳内で分泌される神経伝達物質と感情の関係性についての研究も進んでおり、電気刺激や磁気によって神経伝達物質をコントロールする技術も開発されています。
これらの技術が進めば、心理的・精神的状態のコントロールも可能になるでしょう」(加藤氏)
つまり、人為的に集中状態にしたり、幸せを感じさせたりできる未来がくるかもしれないということだ。
では、人が人たる要素の最後のひとつ、「思考」の拡張とはどのようなものか。
「拡張するのは、人が何かを考えたり、理解したりするプロセス。テスラ創業者のイーロン・マスクやMetaは、脳波を読み取りその命令でコンピューターを動かす『BMI(ブレイン・マシン・インターフェース)』の研究開発を進めています」(加藤氏)
ほかにも、人為的に創造した記憶を埋め込む研究が進められており、すでにいくつかの研究チームが、マウスや鳥などの動物実験で成功しているという。

キーワードは「技術」から「人」への揺り戻し

このように聞いていくと、すでに実現している技術、実現がすぐそこにある技術も非常に多いことがわかる。加藤氏によれば、目安となるのは2030年頃。
「前述したようなHuman Augmentationの要素たちが、これから先5年、10年で少しずつ一般的になる。そしてある瞬間、何かが決壊するように『人の機能や能力は拡張できる』と、私たち自身も感じるのではないかと予想しています」(加藤氏)
その瞬間には、すでに私たちのライフスタイルや価値観も、今とは大きく異なるはずだ。そんな時代に備えて、自分たちの事業を見直す、新しい事業の種をまく、場合によっては有望な技術に出資する。
世界の変化を予測し、それを武器に戦略を立てるのが、ベイカレントがもっとも得意とするところだ。特に大企業の新規事業開発部門や、Human Augmentationの影響をより強く受けるであろうBtoC業界からの相談がはじまっているという。
ライフスタイルや価値観のさまざまな変化が予想されますが、そのひとつが『現実世界への執着の希薄化』でしょう。
テレイグジスタンスの進化・浸透が進むと、自分が存在する現実世界、分身が存在する現実世界、分身が存在する仮想世界の境界が曖昧になる。
すると、自己実現するのは仮想世界でも構わない、と考える人も増える。この変化はかなり早い段階でやってくるはずです」(加藤氏)
現実世界と仮想世界が同価値になれば、仮想世界を舞台にしたビジネスが生まれるはずだ。たとえば、アバターが身につけられる流行のアイテムを揃えた仮想世界の百貨店。「テレプレゼンス」によって、空間や時間をも超えた旅を提供する旅行会社。加藤氏のアイデアは尽きない。
次に来るのは、画一的なライフステージの崩壊だ。健康寿命が延びれば、体力的な衰えを理由に引退する必要はなくなる。
すると、20歳前後まで教育を受け、定年まで働き、それ以降は余生を楽しむという順序以外に、「ある程度稼いで30代で一度仕事を休む」「70代で大学に通い、80代から新しい業界で働く」ということも自由に選択できる。
自分の人生を、主体的に、いつからでも再設計できるようになるのだ。
その時代は、たとえ超高齢化社会でも、既存のシニア向けビジネスは受け皿にならない。老化が抑えられ、病気も克服できるとすれば、保険のあり方も大きく変わるだろう。
一方、知覚のアップデートが進めば、相手が自分に好意があるのか、嫌悪感を抱いているのかを常に感じ取れてしまう。逆に、他者に自分の感情や考えを見抜かれているような感覚にもなる。
まさに、『サトラレ』の世界です。すると、誰かに会ったり、会話したりすることがストレスになる。そこから解放されるために、自分だけのプライバシー空間を強く求める人も出てくるはずです」(加藤氏)
最終的な変化は「アイデンティティ」だ。自分の身体的・性格的な個性を思い通りに編集できるようになれば、簡単にコンプレックスを解消したり、伸ばしたい個性を強化したりもできる。つまり、なりたい自分にいつからでもなれる。
記憶するだけの教育は間違いなく不要になり、美容やダイエットなどの分野でもパラダイムシフトが起きるはずだ。
iStock.com/metamorworks
「私たちも、この半年ほどで急速に、かつ世界中でHuman Augmentationの芽が出はじめたのを感じています。それは、世の中で『人』への揺り戻しが起きているからです。
『人間中心』『人間回帰』といったキーワードがよく聞かれるようになりましたし、日本が提唱する未来社会のコンセプトSociety 5.0やスマートシティも根本は等しく『人』です。
行きすぎた道具や社会の進化の主体を『人』に取り戻す。この課題のひとつの解として、Human Augmentationが注目されているのではないでしょうか」(加藤氏)
Human Augmentationを実現する技術は整った。あとは、私たちが倫理的に許容できるか、という段階のものも多い。人間の拡張ははじまっている。あなたのビジネスの拡張は、まだか。