2021/11/26

データを武器にできないマーケターは生き残れない時代が来た

NewsPicks Brand Design Editor
 メディアの多様化やコロナ禍による消費者の生活変化、個人情報保護規制の強化など、マーケティングを取り巻く環境は変わり続けている。
 変化に適応できない企業は、本当に生き残れない時代が来たのだ。
 では、こうした環境の変化にマーケター、ひいては経営陣はどう対応すべきか。データをどのように戦略に役立てればいいのか。
 マーケティング起点の経営でネスレ日本を急成長させた高岡浩三氏と、知識や経験だけに頼らないデータドリブンなマーケティングを支援する株式会社サイカCEO平尾喜昭氏の対話から、変化に強いマーケティングの要諦を穿つ。

日本のマーケティングの課題はROI意識の低さ

高岡浩三(以下高岡) よく「コロナ禍でマーケティングにはどんな変化が起きましたか」という質問をいただきます。
 ですが、コロナをきっかけに急に変わったことなんてほぼありません。「これまでもあったが、見ようとしてこなかった変化」の対応を迫られただけなのです。
 たとえば、DX(デジタル・トランスフォーメーション)。これまでもデジタルの時代だと言われてきましたが、実際にマーケティングに組み込めていた企業は一握りでした。
 それが、コロナでリアルの活動が制限され、デジタルを活用せざるを得なくなったわけです。
平尾喜昭(以下平尾) 日々多くのマーケターの方と接していますが、「変化が加速しただけ」というご指摘には非常に共感します。
 私たちサイカはデータサイエンスに基づき、テレビCMを含めた広告効果の可視化や最適な予算配分、クリエイティブ設計からテレビCMのプランニング・バイイングまでをトータルで支援する「ADVA(アドバ)」というサービスを展開しています。
 データ分析の可能性を信じ、5年ほどツールを提供してきましたが、コロナ禍でこれまで以上にこの領域への期待が急速に高まっていると感じます。
高岡 サイカのことは以前から知っていましたよ。テレビCMというほぼ効果検証がされていなかった領域に切り込んだのが素晴らしい。
 私がいたネスレ日本(以下ネスレ)などの外資企業は、テレビでもデジタルでも、どれくらい広告投資が売り上げに貢献したか=ROI(Return on Investment、投資利益率)をシビアに分析します。
「長く続くブランドを作る」という思想のもと、中長期的なマーケティング戦略を立てる必要があるからです。
一方、日本企業は次々と新商品を作ってスピード重視で売る、というやり方が一般的でした。まずはたくさん認知を取ろうという考えゆえに、ROIの検証が後回しになっていたのでしょう。
平尾 私が感じた課題はまさにそこでした。高岡さんもご存じの通り、欧米では1950年代からMMM(マーケティング・ミックス・モデリング)のもと、さまざまなマーケティング活動をデータで可視化するカルチャーが根付いています。
 ところが、日本ではこの「効果の可視化」という部分に光が当てられてきませんでした。
 ですが、コロナ禍をきっかけに経営のコスト意識も厳しくなり、マーケティング施策への説明責任も重くなっている。そこで、広告のROIを可視化したいというニーズが高まったのだと思います。
高岡 それはあるでしょうね。私も、広告施策のROIがわかっていたからこそ、数十億あったテレビの広告予算をゼロにして「キットカット」の受験生応援キャンペーンを立ち上げました。
 キットカットはすでに認知のあるブランドだったため、テレビ広告が得意な「認知獲得」以外の部分に予算を使う戦略に切り替えたのです。
2000年代の初めに、ネスレ日本は九州の方言「きっと勝っとお」に響きが似ていることを背景に、『キットカット』を受験の応援アイテムとして位置づけるコミュニケーションを展開。(写真出典:ネスレ日本公式HP https://nestle.jp/brand/kit/juken2021/)
 コロナをきっかけにROIへの意識が変化した。これからは、ブランドなりサービスなりが、「本当に今投資すべき施策」を見極められるかがカギになるでしょう。

データは「建設的な議論」の必須要素

平尾 マーケティングや経営の現場に長くいらっしゃる高岡さんから見て、マーケティングのROIが根付いている企業とそうでない企業の差はどこにあると思いますか。
高岡 一つは、経営者がマーケティングをわかっているかどうかです。
 顧客の課題を発見し、それを解決する商品を作って届ける。私は、企業活動のすべてとも言えるこのプロセスを「マーケティング」と定義していますが、残念ながらこの一連をきちんと捉えられている経営者は日本にはほぼいません。
 現場にはこれらを捉えた素晴らしいマーケターがいるのですが、トップの意識が変わらないと予算配分にも反映されない。当然、企業全体のROIへの解像度も低いままです。
平尾 日本ではマーケティングがコストセンターとして扱われることも多いですが、高岡さんがネスレで証明したように、本来は経営そのものであり、利益を生み出すプロフィットセンターですよね。
 私たちもさまざまな企業をご支援していますが、マーケティングが強い会社からはおしなべてリーダーの強い意思を感じます。
高岡 逆に言えば、トップがきちんとゴールを掲げないと、現場がKPIやKGIを設定するときにブレが生じます。
 トップと現場、そして現場同士が議論をする上で、ベースとなるのが数字やデータといったファクトです。特にネスレは外資企業ですから、ファクトが言語やバックグラウンドの違う人たちの共通言語として機能していたわけです。
 一方、日本企業ではファクトを用いた議論が少なすぎる。もちろん、経験や感覚での意思決定も大切ですが、それに寄りすぎるのは危ういな、と。
平尾 実は、私たちはもともとマーケティングに限らず、あらゆる分野に向けてデータを活用したコンサルティング業を展開していました。
 ですが、数年やってみてクライアントがほとんどマーケターだと気づきました。それくらい、他分野よりもマーケティングや広告の世界はデータを用いた議論が社内で少なかったのだと推察します。
 そこで、当時のマーケターの課題を解決するために開発したのが、テレビCMを含めたオンライン・オフラインの広告効果を可視化するツール「ADVA MAGELLAN(アドバ マゼラン)」です。
高岡 素晴らしい。特に、日本企業だと声の大きい人の意見が通ってしまうことも多いですが、ファクトがあれば建設的な議論ができる。
 ファクトはマーケティング戦略だけではなく、健全なマーケティング組織をつくっていく上でも欠かせない要素です。
 いくら優秀なマーケターが優れた戦略を出したとしても、ロジックのない「鶴の一声」で方針が変わってしまったら、モチベーションを維持するのが難しいでしょうから。

仮説なきデータ分析には意味がない

平尾 これまで10年ほどデータ分析の世界にいて、よく耳にする勘違いに「データ=過去を実証するもの」があります。
 データ分析で、過去の施策を振り返ることもできますが、結果を出している企業は、何らかの仮説を立てた上で、未来の施策のために分析に取り組んでいるんですね。
 この「仮説」という部分が非常に重要です。データを見る時の「軸」がないまま分析をしても、ぼんやりとした結果しか得られません。
高岡 私もよく、「消費者調査をいくらしてもヒット商品やすごいキャンペーンはできない」と言っています。それは、結果ばかりを見ていて仮説がないからです。
 逆に、仮説さえあれば、どんなデータも強力な武器になります。
 ネスレで「1杯ずつ抽出可能なコーヒーマシーン」を作ったときもそうです。
 核家族化が進むなか、一気に4杯、5杯を作れる従来のコーヒーマシンではなく、1杯ずつコーヒーを沸かしたい人が多いのではないか、という仮説を立てました。
 それをアンケートで分析したところ、賛同の声が多く、商品化に至ったわけです。
平尾  私もよく、クライアントに「目的→問題意識→仮説→データ分析→意思決定」の流れが大切だと提案するのですが、目的がないと問題が特定できないし、問題意識がないと仮説は得られない。
 さらに、仮説がないと良い分析もできない……と、目的や仮説が曖昧なままデータ分析という「手段」から入る、つまりデータ分析が「目的」になるのは間違いなんですよね。
 分析ツールを提供する私たちが言うのも少し変ですが(笑)、手法がいくら進化したとしても、結局は顧客のことを考え抜いているかどうか。それがマーケティングの成否をわけるのだと思います。
高岡 結局、自分の頭でどれくらい考えられているか、ということですよね。
 よく「変化の激しい時代」なんて言うけれど、その変化の中身についてちゃんと考えられている人って実は少ない。
 私は変化の定義を、平尾さんが今おっしゃったような「顧客の問題がどう変わったか」と置いています。
 外部環境が変化するのは当たり前なのだから、まずは目の前のお客さんが何に今困っていて、何を欲しているのかを考える。それに向き合わないと、変化に踊らされるだけですから。

「資料作り」にばかり時間を割く人々

高岡 ただ、マーケティングの現場に目を向けると、「考える」という部分に時間を使えている人は一握りです。
 マーケターが考えごとに使えるのは、業務時間の7%というデータもあるほどで、資料を作ったり、データを集めたりすることに多くの時間を奪われている。
 マーケター個人というより仕組みの問題なんですが、はっきり言って資料作りって仕事じゃなくて作業なんですよ。マーケティングの本来の使命である「顧客の課題の発見と解決」に向き合えている人が少ないのは問題です。
平尾 テクノロジーの進化によって作業が自動化されていくと、マーケティング本来の仕事をしている人とそうでない人の差がどんどん広がっていきますよね。
 先ほどの話にも通じますが、目的や仮説を捉えられる人はデータを使って戦略も組み立てられるし、実行フェーズでもPDCAを回せます。
 短期の顧客獲得単価(CPA)などに逃げず、あくまで経営者と同じ目線を持って、です。
高岡 そうですね。「考える」の先にある「実行」が大切で、結局手を動かしてみないとわからないことが山ほどあります。
 顧客から選ばれるブランドやサービスというのは、もちろん戦略自体も素晴らしいのだけど、実行していくなかでフィードバックを吸収して必ずブラッシュアップをしています。
 サイカのADVAシリーズも、顧客がこれまで無理だと思っていた「テレビCMの効果分析」という課題をなんとか解決しようと試行錯誤して、その過程で得たいろんな手応えを反映してきたからこそ今の形があるんだと思うんですね。
平尾 ありがとうございます。まさに、分析は顧客のニーズからスタートした事業ですし、後からはじめた広告の代理事業なども、分析だけでなく実践フェーズまで支援してほしいというご要望を受けて展開したサービスです。
 せっかく分析結果が得られても、次の戦略に生かせなければ「絵に書いた餅」になってしまう。ならば、それを一貫で支援しますよ、とサービスを広げたんです。
高岡 そう考えると、データ分析のところでお話しした仮説が大事だという話は、ビジネスを作っていく上でも同じなんですよね。
 繰り返しになりますが、変化に強いマーケティングやビジネスは、顧客の課題を解決するという目的があり、そのための仮説検証ができているかどうか。それに尽きます。
 強調しておきたいのは、仮説の時点ではいくら間違っていてもいい、ということです。それを繰り返すことで、また新しい仮説が生まれて正解に近づけますから。
平尾 おっしゃる通りですね。そして、その仮説を確かめる手段として、データという強力な武器があるので、データサイエンスをマーケター、ひいてはすべての企業の方にご活用いただきたいです。
 まだまだ日本で浸透していないデータドリブンなマーケティングを広げていけるよう、私たち自身も試行錯誤を重ねていきます。