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岸田首相は、
古い資本主義=株主だけ資本主義
新しい資本主義=ステークホルダー資本主義
と理解しています。

もちろん、それは正しいんですが、そこから先の誤解が甚だしいのです。

岸田首相が考えるステークホルダー資本主義は、株主に対する報いはほどほどに、その他のステークホルダー(従業員、顧客、地域コミュニティなど)に手厚くしようという発想。

でも、国際社会、世界の金融市場が求めているステークホルダー資本主義というのは、従業員、顧客、地域コミュニティなどに今まで以上に還元(=分配)したうえで、さらに変わらず株主をもエンターテインしようという考え方です。

なので、古い資本主義より新しい資本主義の方がさらにハードルが高くなっているんです。岸田首相はここを致命的に誤解しています。

株式市場をめぐるお金の流れを整理すると、投資家と企業の出会いの場である株式市場に実際に資金を投じるのは資産運用会社。

資産運用会社は、いわゆる「機関投資家」と言われる保険会社や年金基金から預かったお金の運用を受託しています。

保険会社や年金基金のお金はどこから来ているかというと、紛れもなく我々個人が払い込んでいる保険料です。

保険会社や年金基金は我々個人から集めた巨額の資金を資産運用会社に運用を委託して投資リターンを上げ資産を増やし、保険金や年金という形で個人に還元していきます。

機関投資家は資産運用会社を通じて株式市場で上場企業に投資し、スチュワードシップ・コードに則って企業の経営陣と対話を行い中長期的な企業価値向上へ取り組むようプレッシャーをかけているわけです。

したがって、株主価値経営の恩恵を受けているのは、結局のところ我々個人と言えるのです。

その我々個人の多くは企業に務めて給料やボーナスをもらいます。企業が持続的に成長すれば給料やボーナスも増えるため多くの保険料を支払うことができますし、上場企業の株価が上がれば年金資産が増えるため将来受け取る年金額も増えていくという構図です。

資本主義に関して、資本力を持った一部の強欲な投資家が巨額の利益を得ているだけで、我々庶民には関係ないといったイメージを持っている人が少なくありません。

だけど、実際のところは、機関投資家が運用によって儲けた利益は巡り巡って我々個人が恩恵に浴することになるのです。これこそが資本主義の本質です。
「か、株主の帰属する利益...!?」

おなじみの企業決算ニュースにおける「最終利益/当期利益/純利益株主」ですが、決算資料に目を通すると、正式には、「株主に帰属する純利益」といった表記です。

恥ずかしながら申し上げると、経済記者として駆け出しの頃、従業員が汗水たらして稼いだ純利益が、一部ではなく全て株主のもの、との表記に違和感を覚えました。
(もちろん、その後、取引先への支払い、従業員の給与、銀行の利払い、法人税もろもろを払って、最後の取り分であるのが株主に帰属する利益であること
さらには、会社を倒産・清算する際、銀行に対する負債や退職金、取引先への未払い金(買掛金)もろもろよりも、権利が劣後するのが株主の資産(自己資本)であること
その後、きちんと学びました)

さてさて、何かと批判される株主資本主義。私自身も転換点を迎えていると思います。
ですが、ROE向上がもたらす複利効果による成長。この本質を知らずして(ただし、エセ・レバレッジ経営を除く)、日本が株主資本主義から脱却しようにも、がらがらガラパゴス資本主義へGO、が目に見えています。

この点、一時は負け組代表とされながら飛躍を遂げたソニーが参考に。数年前に中計の目標の一つにROEを掲げましたが、今や目標から除外しました。ROEが20%越えており、課題として指摘されることがなくなったことが一因です。

そこで、「低ROE」企業は、株主資本主義の最低限のルールにきちんと向き合い、ROE改善から目を背けない。そして、ROEが10%台後半に達するのであれば、堂々とステークホルダー経営を宣言する。こうした結果で示すステークホルダー経営が増えてほしいと切に願っています。
新しい資本主義とかいってますけど、そもそも日本経済は資本主義の恩恵を十分受けきれていないことが問題だと思います。
岸田さーん、読んでますかー?
短期株主資本主義へ偏重していってしまったアメリカでの議論を、そもそも入り口にも行っていない日本が見て同調しているように見えて滑稽です
格差にしても、アメリカのような桁違いの億万長者を生み出せてるわけでもない中で分配分配と言われても、やはり選挙対策の人気取りに見えてしまいます
アメリカは株主資本主義が行き過ぎてしまったので、従業員を含めた他のステークホルダーに目を向けようという動きになっています。日本はまだ経営効率が悪く、株主資本主義が浸透する途上にあるのではと感じます。なので、国全体として分配にシフトするのは少し早いかと。一方で、従業員の給料が上がっていないのも事実なので、個人の業績次第で給料が上がる仕組みに移行する一方で、雇用の流動化を行えるようにすべきだと思います。
人類が進歩を目指すことを目的とすれば、企業は競争環境と適度なプレッシャーの中に身を置き、長期視点での活動ができれば、一定の結果が生み出せるはずです。

ただし、社会全体で言えば、これは個別企業が進歩を生み出すという観点であって、一人ひとりが平等に富を獲得できるということとは無関係です。

分配と企業活動は異なる話です。

現在、分配は税制と寄付に依存しています。企業活動の進歩を削がないことを制約としながら、多くの人が幸せに暮らせるための寄付と税制の制度設計を行う必要があると認識をしています。
証券アナリストジャーナル11月号に「なぜ日本人は株式資産を持たないのか?」という論文がちょうど掲載されていました。

何が正義か悪かは立場によって異なる裏表なので、株主を重視する資本主義が良いとか悪いとかを議論する気はありません。

事実として、
他の国の分析に対して、日本人は、
株価が高くなるときにはリスク回避的(早く売ってしまう)、下落する時にはリスク愛好的(下がったまま売らない)なバイアスがより強いことが示されています。
下落局面ではボラティリティが上がり、リスクは上がっているため、その局面でリスク愛好的なのが悪手なのは当たり前の話です。
誰もがあるバイアスではありますが、日本人は世界的に見てもその傾向が強いと過去の歴史は示しています。

さらに企業の株式価値が上がらない経営が続いたことで、さらに日本株運用のパフォーマンスは悪化した過去があります。
株主としての投資の仕方が下手くそなのでパフォーマンス出ていない部分も大きくあることは棚上げして、資本市場のダイナミズムの何たるかを理解することもなく、言うなれば株主至上主義になってもいないのに、知ることもなく脱却するということ。

食べたこともないのに、根拠もなく悪そうな食べ物だから食べるのはやめた方がいいという。

資本主義を伴う民主主義はクソですが、人類はそれ以上の発見を未だできていません。

日本の資本主義の父と言われる渋沢栄一が大河ドラマ中です。ちょうど先週、三菱を興した岩崎弥太郎と、個人の強欲と、公益を目指す志しと、どちらが国を豊かにするかの激論が描かれました。

資本主義の礎を築いた彼らは、今の世の中を見てどういう見解を示すか聞いてみたいですね。
お金など価値のなかった武士の世の中、封建社会、徳川の世の方が良かったとおっしゃるかもしれません。
議論は尽きない、興味深いテーマです。
良い株主は、社会や企業にとって「愛情があるけどちょっと怖いコーチ」だと思っている。

記事の参考文献にみさき投資・中神さんの「三位一体の経営」が出ている。私自身も一時期在籍し、前著の「投資される経営 売買される経営」も含めて影響を受けている。
企業は顧客市場、雇用市場、金融市場の3つのステークホルダーがいて、顧客はより安価に高品質に(利益を減らす方向)、雇用市場は高給ややりがい(利益を減らす方向)を求めるので、企業に厳しくできるインセンティブをもっているのは株主のみ。
そして企業が長期で強ければ、持続的に成長でき、顧客も従業員も株主もハッピーになれる。だから厳しさは必要だと思うし、個人的には四半期決算などもその一部だと思う。ほとんどの人間は弱い、こういう仕組みがなくても強いのは柳井氏や永守氏のような一部の創業経営者くらいだし、彼ら自身が株主。であれば、社会のためにも株主や四半期決算という仕組みを上手く使って自社や経営者としての自分自身を磨いていくという付き合い方・向き合い方が、企業の社会責任としても必要だと思っている。
また資本主義格差をなくすという点では、SOやRSUで従業員も株主になる、年金などを通した資産形成もその一部。
※下記などでコメントしている点で、興味がある方は是非併せてご覧頂きたい
https://newspicks.com/news/6194265
https://newspicks.com/news/6283453

スポーツコーチは、当該領域でのトッププレイヤーとは限らない。トッププレイヤーだったこともあれば、スポーツ科学や他のスポーツ、組織論などから学んだり、またサイバーメトリクスのようにイノベーションが起こることもある。
それらは、一勝で一喜一憂するのではなく、コンスタントに勝ったり、何回も優勝するため。そして選手も、チーム競技であればそのチームやファンも喜ばせる。選手は移籍などもあるが、より高給を得たり、移籍金でチームが次のスターを育成したりスタジアムなどの整備もできる。再投資をして、ステークホルダーが喜ぶ輪を広げていくことが重要。
ポリシーをもって、ステークホルダーが持続的にメリットを享受できるツールとして資本主義と共存する・使い倒すことが、企業にも株主にも、そして社会受容としても求められている点だと思っている。
素晴らしい記事。ただ難しいのは、もう少し企業側の現実を知ったうえで訴えかけないと賛同してもらえないこと。個別企業のベストと社会全体のベストは必ずしも同じでないというのがポイントです。

現実はこうです。分子増大策、つまりROEを上げる投資はそう簡単でない場合が多い。CFの総額を元手の総額で割ったオールインROEよりも、追加で投資した1万円がもたらす「限界ROE」は低い場合が多いから。

この点、人材投資は輝ける星ですが、多くの企業には、現実的なROE改善とは、低ROE事業からの撤退+余剰キャッシュの還元、になってきます。

前者は雇用に関わり、最終的には成長事業が失業を吸収するにしてもスキルのミスマッチや過渡期対策が避けられません。言い訳も含めてですが、これをさておいて企業を説得することは簡単ではない。

ですから話の中心は後者です。手元キャッシュを必要最低水準に維持することのメリットは、資本市場を自らの「お財布」にできること。

高ROE企業はいつでも増資が可能です。いかにキャッシュを溜め込んでも、資本市場自体をお財布にできることには叶いません。数十年単位では、誰もが巨大な成長チャンスや危機に遭遇します。

つまり、手元現金では足りない場合がある。特に、ROE20%超のような欧米成長企業と競合する場合、資本市場の信任を得ていることが分水嶺になってきます。

一方、そのようなレアケースではなく、セーフティーゾーンの中にいる間は手元現金は多いほうがよいわけです。資金ニーズがないのだから、リスクを取ってまで資本市場と仲良くする理由がない。

つまり、余剰キャッシュの還元ひいては「適度なレバレッジ」は、その企業だけの幸せを考えたら間違いで、あくまで社会全体のため。資本は有限で、最適配分したほうが経済成長がすすみ、よりよい社会がもたらされるから、なのです。

もちろん実際は、本当にセーフティーゾーン内で生きていけるのか、結局アマゾンはどこにでも出現するし、up or outかもしれません。でも、資本市場がお財布にという論だって、本当に必要なとき自分に順番が回ってくるかどうかは確実ではありません。

ですから最終的には法体系として、株主が取締役選任権を持ち、社会全体を優先した行動が採られるよう設計されている。この、社会全体のためにというのをムーブメントにできるかどうかがカギ!
要は企業の利益を、何で、どこに配分するかだと思う。利益を配当で株主に配分することは悪いことではありません。若い世代の資産形成としての株式投資に、配当という形で企業の収益からお金を流すのを悪いという人はいないはず。株式市場に、そういった「余資運用」ではない「資産形成」の為の資金をどんどん流入させること、そのために余計なハードルをしっかり取り除いて、インセンティブ設計をし、株式投資市場の参加者を老人中心から、若い世代中心に変えていくことをするなら、「株主資本主義」は、このままでも何の問題もないと思うが、違うでしょうか?