2021/11/13

【村上誠典】サステナブル資本主義の「本丸」は地域だ

NewsPicks Re:gion 編集長
 持続可能性を目指す社会で求められるサステナブル資本主義は、企業にとって「責任」なのか、それともこれからの「武器」になり得るのか。
 独立系グロース・キャピタルを運営するシニフィアンの共同代表であり、著作『サステナブル資本主義 5%の「考える消費」が社会を変える』(祥伝社刊)を上梓した村上誠典氏に話を聞いた。
INDEX
  • サステナブルな社会を実現する鍵は、個人が握る
  • お金が中心の社会から、人が中心の社会へ
  • 成長産業の給与を“爆上げ”する
  • 地方がグローバルで競争力を持つ時代へ
  • サステナブル資本主義の「本丸」は地域

サステナブルな社会を実現する鍵は、個人が握る

──経団連の新成長戦略でも「サステナブルな資本主義」が言及されましたが、社会課題の解決と利益追求のビジネスは両立できるでしょうか?
 結論から言うと、「サステナビリティ」と「企業価値」の両立は可能です。むしろ長期的な企業価値向上には、サステナビリティが不可欠と考えています。
 すでに、サステナビリティを意識していない企業はグローバルなサプライチェーンに加われないといった状況が顕在化しはじめていますし、投資領域では数千兆円という莫大な規模のSDGs・ESG投資マネーが行き場を探している状況です。
 環境問題や持続可能性といったテーマが大きな潮流として共有され、ビジネスシーンにおいても本流化しつつある現状は、人類史上における“最大の転換期”といえるでしょう。
 しかし、それでも従来の資本主義から、サステナブル資本主義への転換には、まだまだ困難なハードルがそびえ立っています。
 ひとつには、サステナビリティの議論が「サイロ化」している問題が大きいでしょう。社会と経済に関わるステークホルダーたち──例えば政治家、投資家、経営者など──は、それぞれサステナビリティの必要性や実装手段を議論しています。しかし、それらの議論が横につながっていかない。
 なぜかというと、サステナビリティの視点で経済のエコシステムを循環させるためには、「マーケット(消費者)」の存在が欠かせないからです。
 市場の需要があり、そこにサービスを供給することで、経済が循環します。しかし、サステナビリティはまだ大きな需要につながっていない。これが本質的な問題です。
 もう一つは、労働者や消費者である「個人」が、サステナブルな社会を実現させるための主役であると認識していないことです。それを認識しない限り、企業がサステナビリティな活動をしてもワークしません。
 トップダウンではなくボトムアップで取り組む視点がない限り、絵に描いた餅になりかねないのです。
──どういうことでしょうか。
 新しい市場を作るのは、企業ではなく個人だからです。ソーシャルゲームが大流行した2010年ごろ、突如できた大きな市場に勝負をかける企業がたくさんいましたよね。市場を作ったのは僕ら一人ひとりで、雪だるま式に大きくなった。
 でも、サステナブルな市場はまだ「ある」とは言い切れません。「持続性に貢献する」というビジョンに共感する人は多くても、それが一定の市場規模を持つにまで至っている確証がない。
 そのうえ、サステナビリティへの取り組みは短期的にはコスト増につながるため、経営者や投資家はアクセルを踏み切れないのが現状です。この悩みは深く、これだけ世界中で叫ばれていても、相転移に必要なエネルギーが不足しているのです。
 気候変動や少子高齢化、格差問題など、大きな問題になればなるほど、個別の企業単体では解決できません。大きなムーブメントとして市場が生まれ、そこに参入する企業が続々と生まれてくる流れを作る必要があるのです。
 つまり、サステナブル資本主義を実現する鍵は、われわれ個人が握っています。
 重要なのは、雪だるまの最初の玉を、われわれ自身が作ることだと言えるでしょう。小さくても良いので熱量の高いボトムアップの需要があれば、企業や政治や投資家といったトップダウンの効果が有効に機能しだすのです。

お金が中心の社会から、人が中心の社会へ

──サステナブル投資マネーは、国内だけでも約300兆円と言われています。しかし、市場がないため新産業や新興企業への投資が行われない?
 その通りで、現在のボトルネックは“市場がないこと”です。
 サステナブルな市場は、個人が自分の消費行動を考えて消費し、その産業に自分の労働力を提供することで拡大します。
 それが、従来の資本主義とは違う、サステナブル資本主義を形成していく大きな原動力になります。その成否を左右するのは、ビジネスパーソンであり、消費者であるわれわれ一人ひとりです。
 サステナブル資本主義は、資本主義の民主化です。それは希薄化してしまった個人の影響力を取り戻すことに他なりません。
 お金が中心となり、資本主義の奴隷となっている状況から、再び人が中心となる仕組みと社会を構築していくことそのものなのです。

成長産業の給与を“爆上げ”する

──地域の中堅企業にもチャンスは生まれるでしょうか?
 これからの成長産業は、サステナビリティに対して感度が高い事業であることは間違いありません。それを実現するフィールドは、地方部にある可能性は高いでしょう。
 地域企業でも、サステナブルな成長事業を作り出せば潤沢な投資を受けることができる。それを生かして、報酬体系をグローバル水準まで“爆上げ”できるなら、遠慮なく優秀な人材を集められます。
 優秀な人が集まれば産業は大きく育ちます。地方で生まれた産業はそこにとどまらず、最先端のビジネスとして世界に広がっていく可能性があります。
 日本の産業基盤全体の裾野を広げ、大きなリターンを生み出すことができれば“爆上げ”した給与は正当化されるのです。結果、サステナブルな成長産業が何百万、何千万人の雇用を生み出すことになる。
 最初はたった100人の給料が爆上がりしただけだったとしても、その産業が大きくなって雇用が増えれば、高い賃金が日本の平均賃金に影響するわけです。岸田政権はこの構造を作るべきで、成長産業以外の給料を無理やり上げても、ジリ貧にしかなりません。
 給料の高いサステナブルな成長産業に優秀な人材が集まるようにすれば、日本は世界一豊かな国として、新たなグローバルリーダーになれると思っています。
 また、労働賃金の格差が生まれれば、徐々に他業種の賃金も引き上がっていきます。その際にエッセンシャルワーカーの給与水準も、サービスの価格転嫁を勧めながら段階的に引き上げていくことがポイントです。
 成長産業の次にエッセンシャルワーカーの賃金を上げたら、日本の平均賃金は国際レベルに上がるはず。
 小さく賃上げを繰り返しても、国力を低下させるリスクがあるし、企業の競争力を奪うリスクもあります。だから、成長か分配かの二元論ではない「サステナブル資本主義」こそが、日本の勝ち筋だと思っています。

地方がグローバルで競争力を持つ時代へ

──地方企業の競争力はどう変わるでしょうか。
 今まで地方企業は、地方の安い労働力を使ってビジネスを展開していましたが、安い労働力はAIとロボティクスに置き換わります。地方企業も優秀な人材が競争力になる時代が来るのは間違いないので、それに気付かない限りは、淘汰される側になるでしょう。
 とはいえ、悲観する必要はまったくありません。そもそも人口の90%近くが地方にいることを考えたら、消費と労働のパワーは地方の方が上です。だから、サステナブル資本主義の世界で新産業を作るのは、地方が有利ともいえるでしょう。
 循環型社会のニーズはグローバルの方が高いので、地方の小さな町でも先進的な事例を作れたら海外に輸出できます。
 日本酒や伝統工芸など単品のプロダクトで競争力を持つのも良いですが、消費者を巻き込んだ循環型社会の仕組みまで含めて競争力を持てたら、世界から注目を集める「先進的な小さな町」は日本でつくり得るのです。
 地方企業は、今までのように東京のまねをするのではなく、自分たちでルールを作るためにも、自らが旗を立てて市場を作るべきでしょう。

サステナブル資本主義の「本丸」は地域

──しかし、それは簡単な道ではありません。
 現在の仕事や賃金は、従来の資本主義が決めた一つのアウトプットでしかありません。地方はもっと“自己評価”を上げるべきではないでしょうか。それだけ魅力的な資産(アセット)が地方には存在していると思います。
 忘れてはいけないのは、世の中を作っているのは“人”であること。今まではお金や情報に引っ張られて、そっちに価値があると思っていたかもしれませんが、人が動くことで経済が動くという基本を忘れてはいけません。
 お金や情報はイノベーションと資本主義によって簡単に獲得できる時代です。だからこそ、実際に人、つまり消費を通じた市場、労働を通じた人材市場、をいかに大きくできるかが問われているのです。
 従来の資本主義なら、「地方で自分一人が頑張っても仕方ない」と諦めていた人もいるかもしれませんが、サステナブル資本主義の世界なら、諦める必要がない。
 サステナブル資本主義の「本丸」は地域です。
 1人でも2人でも、最初のうねりを作るために旗を立てて、みんなが共感するストーリーを作れたら、主役になれるし、市場がつくれる。市場がつくれるという感覚を持ってほしいなと思っています。