2021/11/11

【注目上場】時価総額1600億円超。なぜ“映像データ”に期待が集まるか

NewsPicks Brand Design editor
 防犯カメラのクラウド録画サービス「Safie(セーフィー)」を提供するセーフィーが、9月29日に東証マザーズへの上場を果たした。株式の公開価格は2430円だったが、初値は3350円と投資家の期待は高く、時価総額は1646億円に上った。
 クラウド録画サービスと聞けば、単に「防犯カメラの映像をクラウド化しただけ」と思われるかもしれない。
 しかし代表取締役社長CEOの佐渡島隆平氏は、「セーフィーは映像データであらゆる産業の現場をDXする」と豪語する。実際、建設や医療、飲食などの現場では、すでに「現場に行かなくていい」世界が到来しているというのだ。
 映像データを活用することで、私たちの社会やビジネスはどう変わるのか。「上場は通過点」と語る佐渡島氏に、セーフィーが描く壮大な構想と緻密な事業戦略を聞いた。

もう“現場”に行く必要はない

──9月29日に東証マザーズ上場を果たしたセーフィー。どんな企業なのでしょうか?
 カメラで撮影した映像をクラウドに保存できる「クラウド録画サービス」事業を手がけています。カメラの映像をすぐにスマホやPCで見返せる、映像が高画質で見やすいといった利便性を評価していただき、契約台数は10万台を超えています。
──クラウド録画サービスと聞くと、「防犯カメラの映像をクラウド化しただけ」とも聞こえてしまいます。
 確かに、そう見えてしまうかもしれません。ですが私たちは、映像データを使って“全産業の現場DX”を実現できると考えているんです。
「現場」を持つような、建設、不動産、飲食、医療などは、私たちがもっとも変えていける業界だと思います。
──例えば、どのような現場DXが進んでいるのでしょう?
 では、こちらの映像を見てみてください。
 これは、我々のSafie Go(セーフィー ゴー)というLTE搭載カメラで、建設現場の工程を映した映像。
 これまでの常識では、工程管理のために現場監督が現地に行く必要がありました。ですが我々のクラウド録画サービスを使えば、リアルタイムで遠隔から映像を見られ、現地に行かなくて済むのです。
 さらに、映像データは建設現場の安全管理にも役立っています。
 例えばクレーンのような重機を動かす作業は、周りの作業員を巻き込んでしまう危険と、常に隣り合わせです。
 そこで我々は、デジタルイメージングソリューションを手掛けるザクティ社の「重機取付型カメラシステム」を使ったサービスの提供を開始しました。人物を検知できるAIを組み込んだカメラを開発し、重機に取り付ける。人が近づくと警報が鳴り、操縦者に通知する仕組みです。
 建設現場以外でも、幅広い分野で活用されています。
 実際にこのコロナ禍では、病室にセーフィーの小型カメラを設置して、医療従事者の感染リスクを下げながら、患者の容態を遠隔から観察するといったケースもありました。
 飲食店では、接客品質の向上に、店舗内の映像データを使っていただいています。
──カメラメーカーという立ち位置ではなく、カメラを通して集めた映像データを活用することで、顧客課題、社会課題を解消していると。
 ええ。私たちの事業のポイントは、ハードウェアではなく、ソフトウェアに注力したことです。単に映像をクラウド化するだけではなく、AIや画像解析の技術を通じて、どんどんカメラを賢くしてきたのです。
 映像データは、全業界の仕事のあり方を根本から変えられる。そう確信し、創業から一貫して、このクラウド録画サービスを展開しています。

「データ×ニーズ」で勝つ時代だ

──2014年の創業当時から、その構想を持っていたのですか?
 少し遡ってお話しすると、セーフィーを起業する3年ほど前の2011年頃から、これからはデータの時代だなという実感がありました。
 圧倒的なプログラミング技術が勝つ時代から、データを集めること、そしてそれを世の中のニーズとひもづけることで、自動的に進化したアルゴリズムが勝つ時代になるなと。
 というのも、そのとき私は画像処理で顔認識の機械学習アルゴリズムを開発するソニーグループの会社で働いていて。顔写真から自分そっくりのキャラクターを生み出すアルゴリズムを、同僚のエンジニアが機械学習を使って開発していたんです。
 そうしたらある日、急にアルゴリズムの精度がものすごく上がっていた、ということがあったんですよ。
 その時に、機械学習の技術がすでに、ものすごく高いレベルまで来ていると実感しました。
 コンピュータのCPU/GPUの性能が大きく向上し低価格化するなかで、様々な種類のデータを大量にAIに学習させられるようになった。加えて通信も高速化、大容量化し、画像解析の技術も飛躍的に伸びている。
 リアルタイムの映像データとAIが掛け算されたら、世の中へのインパクトは計り知れないなと。データを低コストで迅速に分析し、どんどん新しいサービスを生み出せる時代が、必ず到来すると確信したんです。
 そうなれば、大量のデータを収集、分析できる場を整えることは、近い将来必要になる。そこでデータプラットフォームの事業に、勝機を見出していました。
──データとニーズの掛け合わせから、新しいサービスが生まれていくと確信を持ったんですね。しかしそこから、どうクラウドカメラにつながるのでしょう?
 そんなことを考えていたときに、たまたま家を建てたんですよ。そして、せっかくだから防犯カメラを付けようと思ったら、期待していた性能ではなかった。
 それまでの防犯カメラってネガティブな商品で、「何か起きたときしか映像を見ない」という前提に立っていました。だから画質がすごく低いし、データを見返すのも大変。もう進化の止まった“枯れた技術”という感じでした。
 いっそのことGoProでも壁につければいいんじゃないか……などと考えていたときに、もしかしてこれじゃないかと閃いたんです。カメラを使って、データプラットフォームを整理できたら、ものすごいビジネスの可能性があるのではと。
 そもそも、防犯カメラってデータを集める場所としては、これ以上ないほど優れているんですよね。一方で、そのデータを全く活用できていない現状がある。
 カメラを介して映像データが集まり、それをコントロール、分析するシステムがあり、そこに消費者のニーズを掛け合わせていく。
 そうすることで、「家の猫が鳴いたときだけ録画できる」といったカスタマイズが、カメラごとにできるようになるはずだ、カメラが無限に賢くなり続けるようになるはずだ、と。
 そう気づいたらいても立ってもいられなくなり、席が後ろだった森本、下崎と一緒に想定ユースケースや事業、システム構成などを毎晩語り合い、3人でセーフィーの起業に踏み切ったんです。

できたのは“机上のプラットフォーム”

──その創業から7年で、東証マザーズへの上場を果たしました。想定通りの順風満帆な成長でしょうか。
 いやいや。まったくそんなことはなく、創業からの3年半は本当に波瀾万丈でしたよ。
 今思えば、3人とも商売の基礎がまったく分かっていなかったんです。良い製品を作ってAmazonに置いておきさえすれば、勝手に売れると思っていて。
 実際に創業当初、製品をつくって、クラウドファンディングを経て、自信満々で発売したんです。そうしたら、そもそも家の外に設置した防犯カメラの位置までWi-Fiが届かず、まったくカメラが使い物にならないという大問題に気づいて。
 メーカーに3000台も在庫があったので、もう真っ青ですよね(笑)。
──製品はできていたけれど、顧客が実際にどう使うか、といった解像度が低いままだったと。
 結局私たちは、机上のプラットフォームをつくろうとしていたと気づきました。プラットフォームという箱だけあって、中身がない状態ですよね。
 今振り返ると、大きく4つのポイントが抜けて落ちていました。
 1つ目は、ユーザー視点。十分な顧客ユースケースに沿ったテストもできておらず、営業もプロモーションも足りなかった。机上の構想だけが形になっていたんです。
 2つ目は、ハードウェア。私たちはクラウドドリブンなカメラOSを、ハードウェアメーカーに配布して搭載していますが、IoTってそもそも、性能の良いハードウェアがあってこそなんです。プラットフォームがどうとか難しい話をする前に、ハードウェアが機能しなければ意味がありません。
 3つ目は、商品がきちんと届けられること。例えば自社で在庫を持つことや、そのための倉庫を持つこととか。営業するにしても、きちんと商流を理解して、パートナー企業が納得できるバリューチェーンを構築した上での商流設計や販売プランが必要です。
 4つ目は、今思うと本当に当たり前ですけれど、お客様のほしい場所にカメラが取り付けられていること。カメラの設置工事などの、現場のオペレーションの部分です。
 当時は、ソフトウェアをつくることで頭がいっぱいで、供給者の論理で進んでいた。結果的に、ユーザー視点、バリューチェーン構築のほとんどが抜け落ちていたんです。それは確かに、うまくいかないよなあと。
 その後は、お客様からの問い合わせの電話も、自分たちで取ることにしました。
 不具合が出たと聞いたらハシゴ、ドリル、LANケーブルを持って現地へ行き、自分たちで工事をしたり、カメラと相性の良いWi-Fiルーターを配り歩いたり、故障した機器を解体して原因を突き止めたり。
 苦しい日々でしたが、「商品を買ってもらうって簡単じゃない」という、当たり前のことに気づくことができました。
 プロダクトをつくって、顧客のニーズを満たしているか検証して、売る仕組みを構築して、そこでやっと売れるものなんだなと。

シェア拡大の鍵は、三方よし

──苦しみの3年半を経て、今ではクラウド録画サービス市場でのシェアNo.1の地位を築きました(注)。ソニーネットワークコミュニケーションズや、オリックス、キヤノン (キヤノンマーケティングジャパン)、セコムなどの数々の大企業と、資本業務提携も結んでいます。勝因はなんだったのですか?
 大手の企業と対立するのではなく、仲間になっていただいて、協業関係を構築することができた。これが大きかったと思います。
 クラウド録画サービスとは、何も私たちだけが持っていたサービスではなく、大手カメラメーカーは自社でもやっていました。そんな状況のなかでも、セーフィーにリプレイスしてもらうには、圧倒的なメリットを提示する必要があります。
 具体的には、セキュリティなどの技術と、UIや使いやすさの顧客メリット、価格といった競争戦略です。
注:テクノ・システム・リサーチ社調べ「ネットワークカメラのクラウド録画サービス市場調査」
 例えば、価格。セーフィーのクラウド録画サービスは、なめらかな高画質(HD画質)を実現しながら、7日分データを保存できるプランで月額1200円。創業当時、他社の5分の1程度の値付けでした。
 ただ将来的に、必ずインターネットやストレージ料金は下がる。それを見越して、今無理に回収する必要はないと考えて、この値付けに踏み切りました。
 顧客に向き合った価格設定をし、顧客価値にフォーカスした競争戦略も、大手メーカーと協業できた要因の一つだと思います。
──とはいえ、競合が同じ戦略をとってきたり、技術的に追い抜かれたりする可能性もないとはいえません。どのように優位性を保てるのでしょうか?
 私たちが常に意識しているのは、顧客(ユーザー)、パートナー、セーフィーの「三方よし」なんです。
 だからこそ、私たちはハードウェアの部分は他のメーカーの製品を使い、ソフトウェアだけセーフィー独自のOSを埋め込むといった協業の形を実現させましたし、パートナーが売りやすいプラン設計も意識してきました。
 例えばデータを扱う大手企業が、この映像データの可能性に気づいたとしても、クラウドカメラをゼロからつくり、B2Bに対応できる機種を数百種類揃え、膨大な動画を扱う安定したサーバーインフラやシステム、サポート、工事・在庫・販売網を構築し、運営するにはリスクがあります。
 一方で、数十万台の課金カメラを安定稼働して、データ活用もAPI整備もできているセーフィーがすでに存在している。そうなれば、協業や出資の形をとった方が、お互いにメリットになるのです。
 今では、キヤノンやセコム、NTT東日本と提携し、プラットフォームやカメラをOEM提供しています。販売代理店としても建設、メーカー、通信設備、リースなど各分野の大企業とパートナーシップを結び各業界に販売網を広げることができました。
 各パートナーが相対する多くの顧客からヒアリングした課題を、サービスの改善や機能開発に活かすことで、顧客、パートナー、セーフィーの「三方よし」を目指しています。

カルチャーを守れば、ビジョンに近づく

──セーフィーが目指すビジョンを伺ってきましたが、200名を超える社員の目線をそこに合わせるのは大変ではないでしょうか?
 我々は「映像から未来をつくる」のビジョンを実現するためのロードマップを、ビジネス、テクノロジー、サービスのそれぞれの分野でつくっています。そのロードマップを実現するための行動指針として、この7つのカルチャーをつくりました。
 この7つのカルチャーを、PDCAに当てはめ繰り返していくことで、「映像から未来をつくる」のビジョンに、顧客やパートナーとともに近づけると考えています。
──バリュー自体が、PDCAのプロセスと対応しているんですね。
 ええ。このカルチャーを守って、世の中の課題を解決していければ、自然と売上も付いてくる。
 そう考えて、儲けることを意識しすぎず、とにかくこのカルチャーをみんなで守っていこうと。各メンバーがカルチャーを実践することが、結果的に個人の評価にもつながっています。
──7つの中で、佐渡島さんがもっとも大事にしているのは、どれですか?
「異才一体」ですね。様々な才能を包摂して、社内だけではなく、パートナーも含めて一体でやっていくこと。アイデアを育むには、それを活かし合うような関係を持つチームが必要ですから。
──セーフィーが目指すビジョンへのロードマップに対して現在、何合目でしょうか。
 まだ1合目くらいじゃないですかね。そもそも、みんながまだ映像がデータであることすら認識していません。
 上場はあくまでも通過点。「映像から未来をつくる」というビジョンを考えると、ようやくウォーミングアップが終わって、スタートラインに立ったところだと思っています。
 現在の成功も、コロナによって特定のニーズが高まった影響が大きい、「あったらいいね」の枠を出ていないように思います。社会のあらゆる場所で全業種、全部門に使ってもらうまでの道のりはまだ遠い。
 そのために今やらなければいけないのは、様々な業界でユースケースをつくっていくこと。
 業界によってニーズは全然異なりますから、まずはSafieをいろんな場所で導入してもらい、PDCAを回していく必要がある。上場を経てまずやるべきは、この部分だと思っています。
 幸いにも、どうこれを実現していくか、その正解はまだ誰も知らない。そう考えると、いま私たちは、壮大な実験の真っ只中にいるんです。こんなに楽しいことはないと思いながら、毎日邁進しています。