2021/11/4

30万字の本に「世界を変える力」があるか

NewsPicks BrandDesign ChiefEditor / NewsPicksパブリッシング 編集者
INDEX
  • 連続ヒットの“自由”な作り方
  • 哲学でも人類史でもビジネス書になる
  • 30万字の「本」を作る意味
  • 世界をひっくり返された経験があるか

連続ヒットの“自由”な作り方

──今年10月でNewsPicksパブリッシングは2周年。ベストセラーも複数出て好調な出足なようですが、実際のところいかがですか。
富川 ありがとうございます。何をヒットと言うのか定義はさまざまですが、18点のうち重版している本が14点あります。
『シン・ニホン』が17万部、『2030年』が13万部、『他者と働く』が6万部に達しています。それ以外にも2万~4万部以上の本が多いので、現時点でのヒット率は非常に高いんじゃないでしょうか。
 僕らの本は他社より300~600円高くしていることを考えると、よりそう思います。
──重版率77%は非常に高い水準ですが、どのようにコンスタントにヒットする本を企画するのでしょうか。
中島 それでいうと僕らはとても自由にやっています。編集・企画会議を一切やらない。出版社では珍しいかもしれません。
富川 意思決定のスピード優先という側面もありましたが、大前提としてお互いの能力を信頼しているので、「井上さん(編集長)、中島さんがやるんだったら、好きなものを作ってください」というスタンスです。
 企画会議を通すためだけのロジックを組み立てなくてもいいし、社内調整にエネルギーを使わなくていい。だから企画についての余計なストレスがないんです。
中島 「作り方」として僕らの編集部は、プロダクトアウト型で本を作っています。書籍においてプロダクトアウトというのは、この著者のメッセージや考え方、叡智を届けたいから、本を作るんだというやり方ですね。
 逆にマーケットイン型の編集者であれば、今はコロナでみんながストレスフルな状況にいるから、ストレスを解消する本を作ったら売れるだろう、となります。それはそれで間違ってはいませんが、僕たちはそういう考え方はしていません。
富川 一方でマーケットを無視しているわけでもない。「良書だから売れなくてもいい」という考え方ではない。
中島 たまに「ソーシャルグッドな本を出していくんですか」ということも言われますが、やっぱりおもしろくて読者に届くことを第一に考えていて。つまり、しっかりと売れて、重版がかかる本やある程度のロングセラーを狙っています。
富川 あくまでも商業出版のど真ん中で、自分たちが信じるメッセージや価値をしっかり届けたいんですね。ど真ん中で発信してこそ多くの人に届くものなので。
──それぞれ独立して意思決定していても、レーベルのラインナップに共通の世界観があるのはなぜでしょう。
中島 恐らく編集部はもちろん、営業メンバーまで含めて目線が合っているからだと思います。
 NewsPicksパブリッシングは「ミッション」を言語化して「大人に、新しい『問い』を。」と掲げています。
富川 最初は「ビジネスパーソンに新しい『問い』を」でした。ただ、なんだかしっくりこなかった。そのとき、インターンの二十歳の学生が「僕らがリーチしたい人たちは、ビジネスパーソンというより、『大人』なんじゃないか」と言って、みんなが「あっ!」となったんです。
中島 あれは不思議な瞬間でしたね。この時代に生きて働いている良識のある「大人」、迷いながらもしっかり自分の頭で考えている「大人」というイメージが自然とメンバーの中で浮かびました。
 ミッションについて興味のある人はぜひパブリッシングのサイトを覗いてみてください。
富川 もうすこしビジネスライクに言い換えると、「価値のあるコンテンツにちゃんとお金を払う人」とも言えます。
 ちょっとしたビジネスのノウハウの話なら、無料で読めるものがウェブにいくらでもある時代に、2000円以上の本を買う人たちは、きちんと対価を払って価値のあるものを手に入れるという習慣ができていると思うんです。
 そういう「大人」たちに支えられているからこそ、僕らは価値ある本を届けられているし、持続可能なビジネスとして成立する。

哲学でも人類史でもビジネス書になる

──書店の店頭には、たくさんのビジネス書が並んで売れ筋を形成しています。NewsPicksパブリッシングのラインナップは、そのようなビジネス書とはどう違うのでしょう?
富川 NewsPicksパブリッシングは一応ビジネス書のレーベルですが、他のビジネス書出版社とは違うアプローチをしています。
 たとえばマッキンゼーがフィナンシャルタイムズと共同主催している「ビジネスブック・オブ・ザ・イヤー」という大きめの賞があります。この賞の対象は企業分析本や経済書だけではなくて、人類史本からフェミニズム本まで、日本の「ビジネス書」よりずっと多様性に富んでいるんですよね。
 日本の「ビジネス書」の定義はもっと広くていいと思います。大事なのはビジネスパーソンの血肉になる本であり、先ほどお話しした「大人」のための本であることです。
 だから僕らは人類史本である『人類とイノベーション』や『ブループリント』、哲学の本である『世界は贈与でできている』といった本も「ビジネス書」として堂々と出しています。
──人類史や哲学を扱っていても、ビジネス書のコーナーに置かれていると。
中島 内容は哲学から人類史までさまざまですが、著者の方たちもNewsPicksというメディアやレーベルを踏まえて、ビジネスパーソンに語りかけようとしてくださっています。
富川 こういうことをやっているビジネス書のレーベルは多くはないので、ビジネス的にも比較的ブルーオーシャンですし、内容的にもおもしろいと思っています。
──その場合の「おもしろい」はどのようなものでしょうか。
富川 何がおもしろいのかは、編集者それぞれで違います。僕の場合、「合理的楽観主義」というメインテーマが決まっています。
「合理的楽観主義」というのは、僕が10年前に担当した、マット・リドレーという有名な科学啓蒙家の『繁栄』という本が提唱する考え方です。
「人間にはもともと『昔はよかった。それに比べて今は……』という風に、現実を実際よりネガティブにとらえるバイアスがかかっている。でもデータとファクトを見れば、世界はどんどんよくなっている」という考え方ですね。
 だからそうしたネガティブ・バイアスに振り回されずに、データとファクトに基づいて、正しく優先順位をつけて課題解決に取り組もうよ、という。
 NewsPicksパブリッシングの翻訳書の多くは、この合理的楽観主義を共有しています。『人類とイノベーション』や『ブループリント』、それから『21世紀の啓蒙』(草思社とのコラボ出版)あたりは特にそうです。
 人間がどういう生き物なのかを知ったうえで、見せかけの不安に惑わされず、目の前の課題を冷静に評価して、リソースを適切に割り振って状況をよくしていくべき──。
 この考え方はビジネスパーソンの日々の意思決定から、気候変動のようなビッグイシューまで、幅広く応用が利くと思っています。
中島 僕は文芸書から編集のキャリアが始まって、「人間とは何か」「社会とは何か」という人文知に興味を持ってきました。
 特に今、SNSなどによって、個人の半径5m内でしか語られなかった私的な感情や身体性のきしみが、至るところで吹き出していますよね。
 個人をエンパワーメントするテクノロジーや、新たな現実を創ろうとするメタバース(仮想空間)によって、資本主義と合理的な科学思考でガチガチに組み上げられた世界が、根本から問い直されようとしている。
 それってごく控えめに言って、めちゃくちゃおもしろいですよね。
 その中でも普遍的なのが、記憶や感情のメカニズムですし、未だに、というか今こそ有効なテクノロジーが人文知ではないかなと。
 そのような人間への深い理解を抜きに、ライフハックやビジネスのノウハウだけを取り上げるのは机上の空論のように感じてしまう。
──ラインナップでいうと具体的にはどのような本でしょうか。
中島 たとえば宇田川元一先生の『他者と働く』は、経営戦略や組織論の専門的な知見をベースに、社会構成主義や対話の哲学などの人文知を見事に融合されています。
 組織とはそもそも「関係性」であり、人間とは関係性の中に埋め込まれ、身動きが取れなくなるか弱い存在である、と喝破されています。
 かなり専門的で抽象度の高い内容も含まれていますが、ビジネスパーソンにしっかりと届くように実践的かつわかりやすいレベルまで丁寧に噛み砕いてもらいました。
富川 『世界は贈与でできている』はヴィトゲンシュタインの入門書なので、ふつうなら書店の哲学書コーナーに置かれるでしょう。でもNewsPicksパブリッシングならビジネス書コーナーに置くことができます。
 この点を見抜いた山口周さんが、「コロナ後の経済は『贈与』を軸に駆動します。必読でしょう」という推薦文を寄せてくださった時は、わが意を得たりという気持ちでした。
 一見マーケティングであったり、テクノロジーの近未来予測であったりとトレンディなビジネス書のようですが、きちんとした人間理解、社会理解に基づいているのがNewsPicksパブリッシングで作っている本の大きな特徴だと思います。

30万字の「本」を作る意味

──NewsPicksというウェブメディアの事業会社で、紙の本を出すことについては、どういう意味があるとお考えでしょう?
中島 そうですね。まず第一に、本を“紙の束”だとは考えていません。コンテンツとして一定以上の質と量を伴ったパッケージであるととらえています。
 たとえばラーメンって、インスタントもあれば、至高の一杯のようなものもありますが、それでもどんぶりに100g程度の麺が入っていますよね。1本の麺と大さじ1杯のスープだけでラーメンとは言わない。
 特別に美味しいラーメンなら、すこし遠くの駅まで食べに行きたくなる力があるし、どんなやり方で、どのような想いで作られているかまで興味が持てるものです。単にお腹を満たす以上の魅力がありますよね。
 なんなら、美味しいなあと思いながら、「あの人もちゃんとごはん食べてるかな?」なんて思い浮かぶかも知れません。
富川 中島さん、ラーメン好きなんですか。
中島 好きです……。話を戻すと、スマホでNetflixが観られる時代においても、よい本はとても堅牢な存在です。
 思考をしっかり満たしてくれる本は、単なるインプットではなく、自然と過去の経験を照らし、さまざまな考えが去来するものです。
富川 ウェブの記事だと長くても5000字ぐらいですが、僕たちが作る本は15万字から30万字ぐらいあります。長いようですが、必要な根拠とロジックを積み重ねていくと、どうしてもこの分量にならざるを得ないんです。
 30万字のコンテンツは価値のあるものだと僕らが示せれば、今でも本というパッケージでしか伝えられないことを伝えられると思うんです。
『2030年』にあるように、いずれ人間の脳がクラウド接続されて他人の頭の中を一瞬でインプットできる時代が来るかもしれませんが、それまでは30万字のパッケージは意味があると思います。
中島 NewsPicksパブリッシングのミッションの根幹には、本が持っている可能性を、今まで以上にしっかりと引き出したいというものがあります。
 親会社であるユーザベースのミッションは「経済情報で、世界を変える」というものですが、端的に本には世界を変える力がある。少なくとも僕らはそう信じています。
──「世界を変える力」ですか。
中島 「世界を変える」とはどういうことかを僕なりに説明すると、要は読み手の頭の中を書き換えることです。
 30万字を読むのは時間がかかるかも知れませんが、頭の中、つまり異なる思考のプロセスや次元の違う視座、新たな概念をインストールするには適切な質量ではないでしょうか。

世界をひっくり返された経験があるか

──最後にNewsPicksパブリッシングの課題を教えてください。
富川 そうですね。まずは小さな所帯の出版社のファーストステージとしては、よいスタートが切れたと思います。
 これからデジタルメディア、テクノロジー企業にいるアドバンテージを活かしてセカンドステージに向かえたらというところです。
中島 今風にいうと、出版事業のDXですね。あとはもっと仲間がほしい(笑)。特に編集者に来ていただきたい。
──いま出版部門は何人なのでしょうか。
中島 編集者が2.5人、0.5人は部署を兼任している自分のことです。
富川 あとは営業チームが3人、総務・経理の専任が1人という体制です。このメンバーで今のところ、2年で18点作ってきました。
中島 手前味噌ですが、営業のメンバーも一人ひとりすばらしいパフォーマンスで、最近では書店で大きく展開してもらえる機会も増えました。
三省堂書店東京駅一番街店でのNewsPicksパブリッシング2周年のフェアの様子
紀伊國屋書店新宿本店でのNewsPicksパブリッシング2周年のフェアの様子
有隣堂アトレ恵比寿店でのNewsPicksフェアの様子
 一方で、編集者がもっと必要だと思っています。
──編集者に求める資質はなんでしょうか。
富川 もし他の出版社にいる編集者の方で、自分が作っているのは「ビジネス書」じゃないけれどもビジネスパーソンの血肉になる本だと考えている人にこそ、NewsPicksパブリッシングに来てほしいと思っています。
中島 一丁目一番地は、「おもしろいもの」をちゃんと嗅ぎ分けられる好奇心とジャッジできる基準があって、それを形にすることに執着できる人ですが、あとは自由な人がいいですね。
 いろいろな挑戦を自由にしたい人。今日は僕らのいろいろな考えを述べさせてもらいましたが、それらを突き抜けて自由にやってくれる人がいたら素敵です。
富川 僕がいいなと思うのは、「世の中にこんなすごいアイディアを持っている人がいるのか」と感動したことがある人です。
 有名な人でも構わないし、お知り合いにいる何かのプロフェッショナルでも構わないし、テレビで見た人でも、ツイッターでフォローしている相手でも構いません。「この人すごいな!」と他人の才能に感動できて、それを他人に説明できる言語化能力がある人は書籍編集者向きだと思います。
中島 自分の世界がひっくり返された経験がある人ということか。確かにその感覚は、確かな拠り所になりますね。
富川 そういうことを一緒に感じられる人、創れる人と働けたら、こんなにうれしいことはありませんね。