2021/11/1

【新】人類として知っておきたい、気候変動「5つのポイント」

NewsPicks NY支局長
選挙が終わり、新しい一週間が始まる。
日本では衆院選でもほぼ話題にもならなかったが、実は今週から、地球の気候変動をめぐり、経済・社会の行方を大きく左右する国際会議が開かれている。
COP26(国連気候変動枠組条約第26回締約国会議)。
世界の197の国と地域から首脳や代表が参加し、選挙を終えたばかりの岸田文雄首相にとって外交デビューとなるこの会議は、「2015年のパリ協定以来で最も重要な会議」と喧伝されている。
とはいえ、気候変動の会議といわれても、そこまで惹かれないかもしれない。
だが、日本でも近年バズワードとなり始めた脱炭素、ESG、SDGsなどの運命を決める会議と言われると少しは身近に感じてもらえるだろうか。
例えば、昨今の脱炭素やSDGsの動きは、単に「地球を守ろう」という美しい環境運動が自然発生的に高まって生まれたようなきれいなものではない。
むしろ、気候変動をめぐって、先進国や途上国がお互いの利害をぶつけながら泥臭い交渉を重ねて、なんとかCOPで妥協点を見つけ出した結果が、実際に経済政策やビジネスの大きな変革となって、お金を動かし始めているのだ。
だから、COPでは政治家だけでなく、科学者も起業家も参加して、お互いの主張をぶつけ合う。この記事では、世界の気候変動とビジネスが向かうポイントを「5つ」に絞ってお届けする。
INDEX
  • ①脱炭素、ESGの「出発点」
  • ②「2度じゃダメなんですか」
  • ③米中クライメート冷戦
  • ④「脱成長勢力」の台頭
  • ⑤グリーンの方が「安い」時代

①脱炭素、ESGの「出発点」

まずは、このチャートをみてほしい。
これが世界の現在地である。
卑弥呼の時代も、貴族の時代も、戦国時代も常に280ppm前後で安定してきた大気中のCO2濃度は、19世紀中頃から一気に増加し始めた。
この人類史に前例のない急増は、産業革命以降の石炭から石油、ガスなど化石燃料を大量に燃やした人間活動によることが明らかになり、このため「Anthropogenic Climate Change(人為的な気候変動)」とも呼ばれることもある。
人間活動の影響が初めて世界的に取り上げられたのが、1990年に公表されたIPCC(気候変動に関する政府間パネル)の第一次報告書であり、その後、1992年にブラジルで気候変動枠組条約(UNFCCC)が採択されたことで実際に国際社会が動き始め、1995年からは毎年UNFCCC参加国による会議であるCOPが開かれている。
だが、温暖化対策の道のりは迷走そのものだった。
1997年のCOP3で「京都議定書」が華々しく採択されたものの、2009年のCOP15コペンハーゲン会議では、米国など先進国と、中国など新興国の利害が一致せず、ひどいけんか別れに終わるなど、もたついている間にCO2濃度は一気に400ppmを突破してしまった。
気候科学の進化で、まさに「世紀末」な壊滅的な予測も現実味を帯びるなか、ようやく世界が一致点を見いだしたのが、2015年12月、COP21だった。
米中を含め、参加196カ国が会期を大幅延長して議論を重ねて採択した通称「パリ協定」は、細かい問題はたくさんあったにせよ、世界の気候対策の行方を一気に決定づけた点で画期的だった。
パリ協定が定めた内容は、大きくこの2つだ。
・世界の平均気温上昇を産業革命以前に比べて2℃より十分低く保ち、1.5℃に抑える努力をする

・そのため、できる限り早く世界の温室効果ガス排出量をピークアウトし、21世紀中盤には、カーボンニュートラル(温室効果ガス排出実質ゼロ)を目指す。
(By Stephen Crowley/The New York Times)
日本でも、昨年、菅義偉前首相が宣言してから「2050年までのカーボンニュートラル」や「脱炭素」という言葉が浸透し始めたが、これらの用語や取り組みが世界的に広がったのは間違いなく、パリ協定に端を発している。
さらにいえば、世界最大の約200兆円の資産を抱える日本のGPIF(年金積立金管理運用独立行政法人)など、ESGを標榜する機関投資家や、それらを運用する巨大資産運用会社もパリ協定の目標に整合したポートフォリオ構成に取り組んでいる。
「世界は『パリ前』と『パリ後』の2つの時代でくっきりと区別される」
『石油の世紀』で知られるエネルギー業界の権威、ダニエル・ヤーギンは「温暖化の不確定要素を議論する時代は過ぎ去った」として、こう指摘している。

②「2度じゃダメなんですか」

パリ協定のおかげで、世界は少なくとも前進した。
2014年までは世界は、今世紀末までに4度近い上昇に向かっており、これは干ばつ、洪水、熱波などの異常気象だけなく、食糧生産でも破滅的な結果をもたらすとみられていた。だが、パリ協定に前後して、再生可能エネルギーの急速な普及もあり、ようやく温室効果ガスの排出曲線は少しだけ緩やかになり始めた。
現在、各国の2030年までの目標を積み上げると、2.7度の上昇が見込まれている。
4度よりかなりマシになったとはいえ、パリ目標には届いていない。
このため、各国はCOP26を前に新たな削減目標を提出している。パリ協定では、参加国が5年ごとに削減目標(通称:NDC、国が決定する貢献)を更新することを義務付けているため、ちょうど今のタイミングで約140カ国が提出を済ましたのだ。
つまり、これは現状で表に出ている最善の目標数値といえる。
だが、それら数値を足し合わせたとしても、2.2〜2.4度の上昇を生んでしまう。そもそもNDC提出国の多くが具体的なロードマップを出していないことを考えると、この最善値ですら実際に実行されるか不透明であるにもかかわらずだ。
と、むしろパリ協定の目標は遠のきつつあるように見える中で、なぜか現在、世界の首脳経営者は最も厳しい「1.5度」を強調する場面が増えている。
その理由は「0.5度」がもたらす大きな差だ。
今年のノーベル物理学賞を受賞する真鍋淑郎氏が礎を築いた「気候モデル」の高度化に加え、人工衛星や氷床コアなどの実際のデータ解析も進んだことで、気候科学は、かなり精緻な予測ができるようになり、1.5度と2度の間にある「0.5度」の違いがシミュレーションされるようになったのだ。
それをまとめたのがIPCCによる2018年の「1.5度特別報告書」だ。
具体的には、2度になると1.5度と比べ、極端な熱波を被る人口は2.6倍に、北極の氷河が夏になくなる頻度が10倍、海面は約10センチ高くなり(最大で8000万人に影響)、サンゴ礁にいたっては2度では99%が消失リスクにさらされるという。
しかも、IPCCの最新報告書では、1.5度を大きく超えると森林破壊やサンゴ礁や氷河の消滅などで、気候変動の影響が千年単位の不可逆な変化になる「ティッピング・ポイント」への懸念を強めている。
やっかいなのが、この影響が地球に均質に訪れるわけではないことだ。
特に温暖化の影響を受けるのが冬の北極圏と、夏の熱帯圏であり、特に低緯度地域の貧困国は、経済・社会インフラの面でも最も気候変動に脆弱だ。このため、難民、マラリアなどの疫病、紛争などのリスクも高まるとみられている。
そして、重要なことに、これらの経済リスクはまだ数字として織り込めていない。
「気候変動による土地への被害など数値化されているコストでさえ、10年分のGDP成長が消失するほど高いのに、水資源や人口移動、紛争、労働生産性の低下などが含まれていないことで、そのコストはまだ過小評価されている可能性が高い」と前イングランド銀行総裁で国連気候変動問題担当特使のマーク・カーニー氏は著書で指摘している。

③米中クライメート冷戦

COP26では、この「1.5度」を目指すことで一致するのが一つの焦点という。
だが、すでに現時点で、地球の平均気温は、すでに産業革命前から1.2度近く上昇している。つまり、この「1.5度」の到達は限りなく不可能に近いということだ。
実際、IPCCの最新報告書では、あらゆる排出シナリオにおいて、2030年代の初頭に1.5度に到達、もしくは超えることが想定されている。しかし、最も排出が少ないシナリオをたどった場合のみ、一度1.5度を超えても、今世紀末には再び下回る。
UNEPによると、「1.5度死守」には、現在の600億トン近くになった温室効果ガス排出量を2030年に半減させる必要がある。このため、COP26主催国である英国のボリス・ジョンソン首相は各国首脳からどこまで削減目標を引き出すかに燃えており、それが今回のCOPの成否を左右しそうだ。
では、まず1.5度のためには、どこが排出削減をしなければいけないのか。
いわずもがな、ここでも米中の2大大国が、圧倒的な「トップ2」だ。
まず、米国からみていこう。実は米国はCOPをめぐり、ブッシュ政権で京都議定書を拒否し、トランプ政権ではパリ協定から脱退と、「裏切り」を続けてきた過去がある。
しかし、今年1月にバイデン政権が発足すると、気候対策を強烈に求める若者と左派の影響もあって、すぐさまパリ協定に復帰。さらに2050年のカーボンニュートラル、2030年までの排出量50%削減と一気にアクセルを踏み込んできた
しかも単なる言いっぱなしで終わらせない覚悟も見てとれる。
今年5月には「米国雇用計画」という法案で2兆ドル(約220兆円)、さらに「Build Back Better(よりよき再建)法案」で3.5兆ドル(約390兆円)と超絶な投資で、このカーボンニュートラル目標を支えるインフラ再建を裏付けしようとしてきた。
だが、そこは分断が埋まらないアメリカのこと、簡単にはいかない。
議会では、石油業界から支援を受ける与党・民主党内の上院議員2人の造反を受け、3.5兆ドル法案は頓挫してしまった。しかし、ここからバイデン氏はまだ粘りを見せ、気候対策と子育てに絞った1.8兆ドル(約200兆円)の枠組みに変更することで、通過させようとしている。
今回のCOP26には、バイデン氏は閣僚13人を連れて乗り込んでおり、気候変動でのリーダーシップに並々ならぬ意欲を燃やしている。
一方の中国はどうか。中国の習近平主席は、コロナ後21カ月も国外に出ていないこともあって、今回のCOP26はオンライン参加となる。
実は、圧倒的な排出量を抱え、温暖化の戦犯でもある中国だが、昨年、今年と気候変動をめぐる「サプライズ」を2度にわたって提供してきた。
(写真:Feature China/Barcroft Media via Getty Images)
まず2020年9月の国連総会で、突如のように「2060年カーボンニュートラル」を宣言すると、2021年の国連総会では「海外での石炭火力新設を停止」を表明し、ともに国際社会を驚かせた。
特に昨年のカーボンニュートラル宣言は、当時まだ宣言していなかった日本や韓国にも明らかに影響を与えたはずだ。
だが、今回のCOP26では、夏から国内での石炭価格高騰に端を発するエネルギー危機が高まり、足元で石炭を増産していることもあり、削減目標は上積みせず、5月に公表した「2030年までの温室効果ガスのピークアウト」に据え置く模様だ。
いずれにせよ、最大の排出国であり、同時に最大の再エネ導入国でもある中国の現場での不在は、COP26の成否を大きく左右しそうだ。

④「脱成長勢力」の台頭

第3の排出大国であるインドは、そもそもの目標を出していない。
中国と比べても、まだまだ発展途上にあるインドは、安価なエネルギー源としての石炭への依存度が高く、環境長官が「石炭消費の絶対量は増加するが、エネルギーに占める割合は減らす」に述べるにとどまっている。
とはいえ、一人あたりのCO2排出量をみると、インドは、中国と比べてもまだまだ発展途上であることが分かる。
まずは国内の貧困率を下げ、インフラを整備する必要性を考えると、自ら削減目標にコミットするより、まず先進国からの気候対策資金の提供を求めるインドの戦略は確かに理にかなっているかもしれない。
(ちなみに1位のオーストラリアは、2017年にモリソン首相が石炭の塊を議会に持ち込んでまで重要性をアピールし、COP26の参加もギリギリまで拒否を示唆していた)
いずれにせよ、世界の脱炭素化は、化石燃料をすべて再エネで置き換えればいい、といった単純な話ではなく、現在の石油産業の雇用だけでなく、今後インドに続いて成長を遂げる途上国の数十億人の成長をどう支えるか、という大問題にぶち当たる
「(木材から石炭、石炭から石油など)過去のエネルギー移行は、100年以上を掛けて行われてきた。途上国の人口増加のほか、セメントや鉄鋼、農業などグリーン化が難しい排出産業のことを考えると、人類はゆっくりしか移行できない。2050年のネットゼロは不現実的なタスクだ
エネルギー業界の「知の巨人」として知られ、ビル・ゲイツも絶大な信頼を寄せることで知られるマニトバ大学のヴァーツラフ・スミルはこう指摘した上で、人類が取れる唯一の道について以下のように話している。
「答えは、成長を諦めて、暗がりの中で生きればいい」
実は、気候対応の困難さが認識される中で、世界ではこうした「脱成長(Degrowth)」を掲げる動きがにわかに盛り上がっている。
「人類が成長を続けることは、気候の惨事につながる。唯一解は、生活レベルを引き下げ、GDPの縮小を受け入れること」というのがその主たる主張だ。
この運動の旗振り役である英人類学者、ジェイソン・ヒッケルは「豊かな国は、過剰なエネルギーと資源の使用を持続可能なレベルまで削減することが急務であり、そうすれば南半球の姉妹や兄弟も豊かに暮らせるようになります」と唱えている。

⑤グリーンの方が「安い」時代

とはいえ、現状、脱成長は政治・経済の主流派には全くなっていない。
脱成長の心地よい響きが支持を集める裏側で、実際の経済を眺めると、世界のエネルギー業界では脱化石燃料に向けたイノベーションがすでに起き始めているからだ。最も顕著なのが、太陽光発電の圧倒的なコスト低下だろう。
すでに、多くの地域で、太陽光や風力発電などの再エネが、石炭などの化石燃料による火力発電のコストを下回り始めている。さらには、発電が不安定な再エネの弱点をカバーする大型蓄電池も、この5年で導入コストが一気に低下し始めてきた。
このブレイクスルーが切り開いたのが、グリーンと経済成長の両立だ。
脱成長派の根底には、成長は諦めなければ気候対応はできない、という考えが横たわっている。だが、かつてと違い、今は経済成長とエネルギー利用(の比例関係)を切り離せる、という実際の事例が出始めているのだという。
この切り離しは「デカップリング」と呼ばれるが、米ブレイクスルー・インスティチュートは、すでに32カ国でこのデカップリングに成功している、つまり化石燃料への依存度を減らしながら成長を続けている、との研究報告を発表している。
「気候経済学者の中でも長年、脱炭素のためには経済的な犠牲が必要だという考えが常識でした。しかし、ゲームは変わりました。化石燃料からグリーンエネルギーへの転換は、むしろ国民をより豊かにし、豊富で安価な電力、安価な輸送手段、安価な消費財の世界をもたらすのです」と、人気エコノミストのノア・スミス氏は指摘している。
実際、途上国のインフラ整備を(化石燃料ではなく)グリーンで構築するための成長支援はCOP26の一大テーマで、先進国が、民間も含めて毎年10兆円規模の「気候資金」を拠出できるかが注目されている。
だが、再エネなどで解決できる電力部門は、実は排出量全体の一部でしかない。
電力部門以外であれば、交通部門における自動車移動(EV)だったり、住宅、オフィスの熱利用といった領域は、これまで電気が使われていなかったのを「電化」という形で再エネのイノベーションを応用していく道のりが見えている。
このため、1次エネルギーの最終需要における電力の比率は、現状の20%から2060年には60%にまで上るとみらえている。
しかし、それでも建設や製造業における鉄鋼やセメント、農業における肥料や牛が生み出す温室効果ガスは、航空機などは抜本的な削減が困難とされており、残った排出量を「実質ゼロ」にするため、今、ビル・ゲイツイーロン・マスクなどの起業家が「炭素除去」のテクノロジーの投資を加速させ始めたばかりだ。
「1.5度」だけでなく、「2.0度」の達成は、これらのテクノロジーが太陽光や風力のような、ブレイクスルーを起こせるかどうかにかなり依拠しているといえる。
最後に、個人的に、COP26で注目したいのは「メタン」だ。
牛のゲップやおならが大量のメタンを放出することで知られる(写真:Michal Fludra/NurPhoto via Getty Images))
温室効果ガスのうち20%を占めるメタン(CH4)は、CO2と比べて、20年間の温室効果が約84倍と短期的な温暖化への寄与度が高い。逆に、大気寿命が10年と短く、これを削減できれば、即効性があることから、IPCCの6次報告書でも言及されていた。
COP26では、米国とEUが主導し、メタン排出量を2030年までに30%削減する取り組みが発足する予定で、すでに日本を含め、32カ国が賛同を示している。
実は、日本はCO2と比べ、メタンの排出量では優等生だ。
温室効果ガス排出全体では世界のトップ5に入っているのに対し、メタンだけみると、米中インドなどが巨大排出国として並ぶのに対し、日本は31位に位置しており、独自技術まで持っているという。
衆院選直後の参加なこともあいまってか、COPでほぼ注目を集めていない日本だが、メタンを突破口に世界に存在感を示せると、面白いかもしれない。