社会に「レール」などない。保守性こそ命取り

2014/9/24
今、日本でもスタートアップブームが起きつつある。しかし、その多くは小粒で、産業全体や世界にインパクトを与えうるスタートアップは稀だ。では、どうすれば本当に価値ある偉大なビジネスを創り出せるのか。
その答えを知るヒントは、ピーター・ティールにある。フェイスブックを見出した伝説の投資家・起業家であるティール。彼の著書『ゼロ・トゥ・ワン』から、0から1を生み出す起業の方法を探る。第1回は、The New York Timesに掲載されたティールのインタビューを掲載する。

筋金入りの自由主義者

叩き上げの大富豪には一家言ある人が多い。だがピーター・ティールほど強い意見を持っている人物はなかなかいない。
ティールはスタンフォード大学の法科大学院在学中に、政府の介入を否定し個人の自由を重んじるリバタリアニズムの新聞を創刊。卒業後の1998年には、それまでの仕事をなげうってインターネット決済サービスの「ペイパル」を起業した。
ペイパルは政府発行貨幣の価値を下落させるはずだったが、そうはいかなかった。ティールは2002年、ペイパルを150億ドルでネットオークション大手のイーベイに売却した。
ティールはまた、共同創業者としてデータ分析会社のパランティアを立ち上げた。同社の時価総額は現在、90億ドルを超える。フェイスブックの外部投資家第1号としても知られ、現在はヘッジファンドとベンチャーキャピタル・ファンドを運営している。
ティールは教育のあり方や経済的・技術的成長を生み出す方法を変えるべきだと一貫して訴えてきた。著書『ゼロ・トゥ・ワン』では、社会が規則を重んじる方向に進みすぎていると主張。これまでと異なる視点から思考する方法を編み出し、目的を達成するために意見を共にする仲間を見つける必要があると説いている。

成功の法則など「エセ科学」だ

──この本の中で最も伝えたかったことは?
われわれはこれまで、幼稚園から大学院までレールが敷かれた社会を築き上げてきた。「出来がいい」とされる人たちの行動はみんな似たり寄ったりだ。そのことが過大評価されている。物事がねじ曲げられ、成長の足が引っ張られているのはそのせいだ。
──それがいけないと思うのはなぜか?
シリコンバレーにはおかしな現象がある。多くの創業者たちが、アスペルガー症候群か何かみたいに人の気持ちが読めないと思われているのだ。彼らが革新の担い手で、普通の人は基本的に追随するだけとなったら、この社会はどうなる?
金融マンや弁護士といった、高収入の職に就いたエリートにとっては創造や成長なんて別世界の出来事だ。それで十分だと思われていたわけだが、そんなものは2008年に吹き飛んだ。
──そこから得られる教訓とは?
「レール」など実際には存在しないということだ。第2のビル・ゲイツが出てきてもコンピューターの基本ソフト(OS)を開発したりしないし、第2のラリー・ペイジが出てきても、検索エンジンを作ったりはしないはずだ。
私の本にはあえて処方箋は載せていない。ビジネス書と言えば読者に何らかのメソッドとか、行動するための法則を教えようとする本がほとんどだが、私はエセ科学は好きではない。
──うまく変化できる社会とはどんなものか。
政府に内在する何らかの性質のせいで物事が進まないということではない。深く追い求めたいと思うものを持たず、普通のプロセスに従うなら、変化を起こすのは大変だ。「成功」のプロセスは、政府や教育、ビジネスにおいてさえ、物事について深く考えることを妨げるプロセスとなっている。
アメリカが変化に比較的うまく対応できるのは、言論の自由があるからだ。だが現代のメディアや情報システムの中には、差異との出会いを嫌うという意味で社会の保守化を招いている面があるようにも思える。

事務所脱出を目指す弁護士たち

──スタンフォード大学と同法科大学院、そしてニューヨークの大手法律事務所の出身であるあなた自身、プロセス社会の完璧なる申し子と言えるのでは?
18〜28歳の間に、私はそれまでの人生でたどってきた「レール」のようなものを徐々に信じなくなった。法律事務所に入ったときに、はっきりとわかったんだ。誰もが中に入りたいと必死なのに、いったん中に入ってしまうと、誰もが脱出しようと必死になっていた。
感情的な面でも、私は仲間とは一緒に働き、競争するのは外部の人とやりたかった。法律事務所では、隣のやつが昇進をめぐる競争相手だった。 新興企業では、自分は他人とは違うという感覚や、誰もやったことのないことをしているという感覚があった。自分がやらなければ誰にもやれないことを。
同じ瞬間は一度としてなく、同じ人間も一人としていないことをみんなが理解すべきだ。
──シリコンバレーは失敗を恐れない人ばかりだと本当に思っているのか。高成長を遂げているホットな企業でも、レールに乗って豊かになった人がたくさんいる。
グーグルで高い評価を得た社員は、収入を主に住宅と進学費用に振り向けている。新しい技術にも多少の投資はしているかも知れないが。大きな変化が起きているご時世だし、保守的な行動をとりたくなるのも分かる。だが最終的にはそれが命取りになる。
──「ティール奨励金」プログラムでは、名門校での学業を中断してプロジェクトを起こす人にアドバイスと資金を出している。失敗しても失うものがないエリートが、新たなチャレンジをする機会になっているだけでは?
このプログラムに後悔はまったくない。さまざまな学歴や経歴をもつ幅広い人々を受け入れることができないという限界は、確かにあった。奨励金にもかかわらずプロジェクトが成功しなかった場合、その人の人生が台無しになるような事態は避けたい。

気になるテーマは「長寿」

──あなたにとってスタンフォードの同窓生で、ともにペイパルで働いたことのあるリード・ホフマン(リンクトイン共同創業者兼会長)は、大富豪であることのマイナス面について面白いことを言っている。「私の考えることがすべて優れていると世間が思うようになった」と。同じような経験はあるか?
とても含蓄のある言葉だ。成功者になると、誰も反論してこなくなる。他人だけの問題ではない。人は成功体験にこだわる傾向がある。 ステイタス競争にはまり込むのは簡単だ。起業家時代から付き合いのある友人たちは本当に大切な存在だ。成功する前から私を知っているのだから。
──著書の中であなたは、常識とかけ離れた、そして情熱的に追い求められる何かを見つけるよう説いている。あなたにとってそれは何なのか。
私が何よりも気になっているテーマは長寿だ(ティールは人間の寿命を延ばす医学的研究に資金援助を行っている)。まだまだ自分の取り組みは足りないと思う。人は死を逃れられないという「現実」を、私たちは完全に受け入れることも拒むこともできずにいる。だからこの問題にもっと取り組まなければと思う。極端な楽観主義も極端な悲観主義も、行き着くところは同じだ。
(執筆:Quentin Hardy記者、翻訳:村井裕美)
(c) 2014 New York Times News Service