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結局のところ本人も最後のほうでおっしゃっているとおり、手段の提示は出来てもそれを実行する術が無い、それが何十年も前から変わらないポスト資本主義、ポスト民主主義の議論だろう。それでも諦めず真摯に取り組む姿勢は敬意を抱くし、提示されている術は個別に共感するものも多い。

このように「データやアルゴリズムを用いた公共政策やビジネスモデルの策定を専門とする経済学者だが、近年は政治や民主主義にもその研究範囲を広げている」
といった取り組みで世界で最も有名になったのはケンブリッジアナリティカだろう。データが民主主義をハックしてトランプを登場させ英国をEUから離脱させた。 https://newspicks.com/news/3127568/
つまり現状はテックにより民主主義をベターにする議論どころか、テックにハックされない防衛策を講じるべきという段階にある。
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ジャーナリズムの役割の1つに、ファクト提示によるポピュリズムへの対抗がありますが、なかなか上手くいっていない。それどころか、メディアもポピュリストに加担することさえある。その点は、メディアも反省しなければなりません。

昨年、種苗法改正を取材していく中で、民主主義の難しさを感じました。種苗法は法律と生物学、種苗業界への深い理解がないと、なかなか読み解きづらい法律です。この種苗法改正について誤った理解がSNSや一部のマスメディアで広がって炎上し、国会での審議が止まってしまいました。

司法など、専門的な領域は民主主義の影響を受けづらい形になっていますが、これだけ世の中が複雑になっている今、そうした領域を拡大させても良いのでは、と正直思うときがあります。

特に日本は、民主主義や人権という概念をアメリカから「輸入」してきた状態で、その本質を学んで理解している人は、そう多くないと感じます。そうした集団で民主主義をしている結果、ひとり親やLGBTQなどのマイノリティが苦労させられているようにも思えます。

有権者教育などを強化して、民主主義を良いものにするか。人間の成長や成熟を諦めて、民主主義から「逃げる」のか。

一人ひとりが当事者意識をもって向き合わなければ、ポピュリズムはもっと蔓延するかもしれません。
議会選挙の歴史は、制限選挙であった時代の方が長いです。身分、宗教、納税額、人種、などで誰が投票できるのかが制限されてきました。特に、女性が参政権を持ったのは、ほとんどの国で20世紀になってからでした。
 制限されていた選挙権を普通選挙へと移行させていったのは、国民国家をつくるためでした。全国民が納税する国、全国民が教育を受けて経済に貢献する国、全国民が戦争に参加する国をつくっていくためには、全国民が選挙に参加するようにすることが必要でした。
 20世紀後半から、全国民が参加する国家が徐々に揺らいでいきました。グローバル化で、国家の税収、経済、安全保障が、必ずしも国民に依存しないようになっていきました。それ以前にまず、中間集団の衰退が起きました。
 個人の1票では、その力は微々たるもので、政治に参加したという実感はほとんど得られません。20世紀までは、個人が参加している中間集団、つまり地域のコミュニティ、宗教団体、労働組合、等々が票を取りまとめることで、大きな力になっていました。うちの村が、うちの教団が、うちの組合が支援していた候補が当選した、ということで、政治に参加している実感を得ました。
 現在では、中間集団に票を取りまとめてもらっている個人は少数派になりました。これは、日本でも欧米諸国でもだいたい同じです。北欧やドイツについては、労働組合による票の取りまとめがかなり強いといえますが。
 中国の方が、はるかに中間集団が強力に機能していて、地域や宗教、企業を取りまとめています。もっとも、その支持が向かう先は全て共産党ですが。
 普通選挙の意義は、国民国家を成立させることなので、国民国家でなくてもいいならば、普通選挙は要りません。普通選挙で国民国家を機能させようとすると中間集団が必要なのですが、もう無くなったので、難しいです。どうしても国民全員参加の国家をつくるなら、中国式に上から中間集団をつくらせた方が、今ならうまくいきます。
 他には、国民国家以外のやり方で社会が機能するようにするしかないでしょう。企業主導か、周辺諸国と地域統合するか、新貴族制度のようなアリストクラシーやテクノクラシーにするか。
国民投票・住民投票を制度化する。

間接民主主義は、ともすれば「お任せ民主主義」になりがちだ。選んだ方も、選ばれた方も、全ての課題に対して「信託されている」と考えがち。が、いろんな重要な局面で、国民、あるいは住民の想いとは真逆の判断がなされたりする。

原発しかり、辺野古しかり、である。

どんなに大きな動きをつくり出そうと、権力側の壁を突き崩すことは、並大抵ではない。2000年1月23日、徳島でやっとの思いで実施された吉野川の可動堰化の是非を問う「第十堰住民投票」を経験したボクは、骨身に染みて分かっている。住民投票にたどり着くまでに、10年近くの歳月と、膨大な人と労力、資金を要したのだから。
https://bit.ly/3BcOOG5

間接民主主義には、明らかに限界がある。かといって、アルゴリズムだなんだのは、すぐに活用されるとは思わない。間接民主主義を補完するために、まずは直接民主主義である、国民投票・住民投票を制度化するべきだ。

「衆愚政治になりかねない」という意見もあるが、最後に責任を取るのは、政治家でも政党でもなく、国民・住民なのだ。巡り巡って間違いなく、最後には国民・住民に、税金や暮らしの環境として跳ね返ってくる。

大切なことは国民投票で決めよう。そしてその結果には強制力を持たそう。それが現実的で、実行可能な方法であると考える。もちろん実施にあたっては、慎重なルール作りが求められる。
議論全体は大変興味深く拝見しました。が、縦軸に経済成長率、横軸に民主主義主義指数を取るグラフについては、他のところでもみたことがあり、ずっと疑問に思っているものです。

民主主義国は経済成長が停滞するという説明ですが、民主主義指数の高いアメリカ、フランス、日本の経済水準は先進国です。一方で、民主主義指数が低い国は新興国や開発途上国です。

記事仮説が正しいとすれば、民主主義度合いの低い国は高度成長をし続けることになります。が、例えば、中国やベトナムと一党支配で実質的に選挙がない国は、現時点、所得がまだ低いですし、これからの伸びしろがある段階です。一人当たりGDPが2万ドル、3万ドル、4万ドルとなっても、高度成長が続くとすると脅威的です。

また、先進国はベースが大きくなっているので成長率が下がったとしても、絶対値としては大きな数字となります。

なかには、民主化と強権化の揺り戻しが起こる国もありますが、それらの国々はまだ開発途上国/新興国の段階です。タイは民主主義が発展してきましたが、クーデターにより揺り戻しが発生しました。フィリピンもエドサ革命以降の民主化を経験した後でも、軍部によるクーデター未遂や強権的なドゥテルテ政権の登場といった側面があります。が、タイやフィリピンの水準はまだ開発途上国/新興国です。

中国やベトナムだけでなく、中東の王制国家といった、しばらくは今の体制が変わらないだろうといいう国家が高度成長が続かなければこの仮説は崩れます。

経済成長率だけでなく、一人当たりGDPや所得といった経済の発展度合いないし質を示す指標も併せて軸にとる必要があるのではないでしょうか。先進国は成長率が低い(なぜならベースが高くて成長余地が低いから)、開発途上国は成長率が高い(なぜならベースがまだ低くて成長余地が高いから)という経済的に重要な事実が抜け落ちてしまいます。

所得水準あるいは一人当たりGDPが高く、かつ「民主主義指数が低い」国が高度成長を続けるかどうかという問いの設定の方が妥当な気がします。

また、今、経済成長率が高い国でも、ほぼ総じて今後は緩やかな減速ということは、IMF等の経済見通しデータが示しています。理由は上記に記したとおりです。そのため、経済成長率を軸にとるのであれば、未来どうなるかという視点から予想値も含めて考えることも必要となります。
これは永久保存版の記事。本記事に対するコメントだけで10,000字くらいかけそうな気分です。

まず、歴史的洞察とデータ分析をふまえた民主主義の課題について。❶テクノロジー×民主主義が生んだポピュリストの台頭、❷勝手な一人ひとりの政治家の「ビビり」の結果によるシルバー民主主義の弊害、❸扇動や分断による民主主義の劣化が招いた民主主義国家の低経済成長化。特に❶の「テクノロジーの進化でスピードとスケールを獲得したポピュリストの光が、選挙と政治を焦がしている。残念ながら、それが現状です」という言葉が的を射すぎてますね。

次に、民主主義のアップデートについて。❶民主主義の改良=液体民主主義や余命投票のような新たな仕組みを導入すること、❷国家の資本主義化=既存の民主主義をあきらめて新しい政治制度を備えた新たな国家の建設、❸政治のソフトウェア化=データやアルゴリズムによる民主制度の更新(cf. 無意識データ民主主義)

すぐにでもできそうなのは、❶民主主義の改良における「自分にとって重要な政策への投票には、多くの票を投じられる」という仕組み。プロダクト・商品をよくしようと思ったら、何がそのプロダクト・商品の購買決定要因や満足度になっているのか、普通はリサーチやデータ分析をするもの。毎回、何が国民にとって重要な政策と考えられているのか、なぜ政策ごとに議論や投票ができないのか、いつも思っていました。若手リーダーが首長を務める自治体とかでぜひやってほしい取り組みの一つ。

❷の国家の資本主義化はリバタリアンであるピーター・ティールの海上国家プロジェクトを想起させますし、❸はハラリが『ホモ・デウス』で警鐘を鳴らしたデータ史上主義を彷彿とさせます。いずれも功罪や副作用・反作用はありそうな、でも未来を考えるうえでは無視のできない問いかけや提言だと思います。

企業の経営でもそうですが、こういうトップイシューはどのように議論され、意思決定され、実行されるべきなのだろうか。目の前での事業や組織に向き合って前進させるのではなく、未来逆引きで、その事業や組織や、さらに手前にある社会の仕組みそのものの課題について問う。時に自己矛盾もはらみながら。答えはないですが、絶大な影響力を有した独立的なシンクタンク・ドゥータンクが求められていくのではないか、という気がしてなりません。
イェール大学成田先生の民主主義論。一人ひとりの政治家の「ビビり」の結果が、シルバー民主主義という指摘には、本当に暗い気持ちになります。しかし「民主主義をアップデートするアイデア」がこれほどあるとしたら、まずは小さな自治体から、こうした動きが起きていくといいなと思いました。
新聞・テレビの報道(紹介されている内容が正しいと信じるしかない)

ニュース・ワイドショー(有名人が自分の意見を言い合う)

ニュースSNS(有識者や個人が自分の意見を言い合う)

こんな流れになってきて、少なくとも様々な課題に対する異なる角度からの意見の見える化は進んだと思います。
後は、どう政治システムに影響を与えるムーブメントにできるかですね。
現行の投票制度が「民意」をうまく汲み取れていない、という問題点をあぶり出している。
若年層の投票率が低いのは、投票の機会費用が高いことも主な一因。セキュアな電子投票システムの開発で、機会費用を下げることも期待できるし、紙による投票でも、自らが好む数だけ候補者に投票できる(是認投票、現行の最高裁判事国民審査で不可とするのの逆の方式)仕組みに変えるだけでも、一回の投票で投票者の選好をもっと汲み取ることができる。現行制度だと、最も好む候補者1人の情報しか投票者から得ておらず、機会費用が高い一回の投票の割に「民意」の情報が十分に収集できていない。
成田さんの刺激的な論考、私たちも昨年、ロングインタビューを掲載しています。
「今の民主主義の欠点の一つは、あらゆる論点に『みんなが参加する』という『無理ゲー』な建前が適用されている点です」。そこから、政治家ではなく政策に票を投じる「液体民主主義」という考え方が生まれてきます。

イエール大・成田悠輔助教授「選挙も政治家も、本当に必要ですか」
https://globe.asahi.com/article/13857057