2021/10/27

【あと4年】100%再エネシフト? 東急不動産がReENEに本気になる理由

NewsPicks Brand Design / Senior Editor
 環境・社会・ガバナンス。これらは社会や経済の変化を促し、企業が長期的にビジネスを展開するためのキーワードになっている。

 グローバルと比べて、なぜ日本ではESGに対する関心が薄いのか。欧米と比べて、日本のローカルに根付きやすいサステイナビリティとはなにか。ビジネスは、どのようにそれを後押しできるのか。

 国際ジャーナリストのモーリー・ロバートソン氏と、東急不動産の岡田正志社長による対談で、いま組み変わろうとしているエコシステムの要点を探る。

10年でビジネスとソーシャルの関係が変わった

モーリー 渋谷の街もずいぶん様変わりしましたよね。
岡田 そうですね。街も変わりましたし、世の中の変化に合わせて建物や設備も変わっています。このビル、渋谷ソラスタは2019年3月に竣工した新しい建物ですが、21階の共用部にはオールジェンダートイレを設置したり、祈祷室を設けたり。
 今年の春からは、ビル全体で当社の太陽光発電による電力を使っています。東急不動産で社を挙げて再生可能エネルギー事業を主力事業にしようと取り組んでいるんですが、10年前には再エネ事業を手がけることなんて、想像もしていませんでした。
モーリー ダイバーシティや脱炭素に象徴される環境問題は、世界各国の政治・経済に直接影響を与えるようになりました。
 アメリカでは昨年、建国以来最大の被害規模となったカリフォルニアの山火事がありましたが、世界的にも気候変動などのアンバランスな変化が目立つようになり、社会的な価値観が大きく動いています。
1963年、米ニューヨーク生まれ。日米双方の教育を受け、1981年に東京大学とハーバード大学に同時合格。国際ジャーナリスト、ミュージシャン、コメンテーターなど幅広いジャンルで活躍する。
 企業が成長するうえでもESGは避けて通れない課題といえるでしょう。東急不動産では、いつ頃から再生可能エネルギー事業を始めたんですか。
岡田 もともとは、2014年、香川県の太陽光発電所に出資したのが始まりです。その4年後から「ReENE(リエネ)」のブランド名で事業化し、太陽光発電や風力発電を全国で展開してきました。5年かけて、今の発電量は1.2ギガワットほど。原子力発電所1基分に相当する規模まで成長しました。
 2019年からは、企業活動で消費する電力を100%再生可能エネルギーで調達することを目標とする国際的なイニシアチブ「RE100」に不動産業で初めて加盟し、2025年までにオフィスや商業施設など、当社が保有するすべての施設で使う電力を再エネに切り替えることを目指しています。
1982年東急不動産入社。専務執行役員都市事業ユニット担当、上級執行役員副社長などを歴任。2020年4月、代表取締役社長に就任。
モーリー あと4年で100%再生可能エネルギーに切り替えるというのは、かなり意欲的ですね。
 日本でも「SDGs」や「ESG」の認知が広がりつつありますが、まだお飾り的な印象を受けることが多い。
 例えばアメリカでは「もう本気でやるしかない。未来のために今、コストを引き受けるべきだ」という考え方が、若い人たちに浸透しています。だから、国や企業も切迫感が違うんです。本気で取り組まなければ、国民や市場から取り残されていくわけですから。
 特に国際企業は、政治を待たずに動いていますよね。環境問題はもちろん、社会の多様性を認め、寛容で包摂的な社会にコミットするんだというメッセージを発している。それが「ESG」や「SDGs」として束ねられています。
「RE100」は、事業活動で消費する電力を100%再生可能エネルギーで調達することを目標にする国際的なイニシアチブ。東急不動産は2019年に参画し、2021年2月には当初2050年だった100%再エネシフトの目標を2025年に早めることを発表した。
岡田 そうですね。もともと当社はドメスティックでローカルな「まちづくり」が本業です。さらにはリゾート事業も展開してきました。
 暮らしやすさや自然環境にかかわるところでビジネスをしてきたので、1998年には環境基本理念を策定し、経営課題として「Environment(環境)」や「Social(社会)」に取り組んできました。
 欧米の考え方とは少し違うかもしれませんが、そのあたりが再エネ事業につながっているのかもしれません。

当たり前の「価値」を言葉にすること

モーリー 環境や社会の変化を広めていけるかは、暮らしに根づいているかどうかが大事ですよね。ただ、正直なところ、環境問題やSDGsに強い関心を抱いているのは、情報感度の高い人々に限られているように感じます。
 気候変動問題ではスウェーデンのグレタ・トゥーンベリさんがある種のアイコンになっていますが、欧米ではそこから環境問題をライフスタイルに取り入れ、消費行動を通して実践する若い人たちも増えています。それに比べ、日本では若い人の発信がまだあまり聞こえてきません。
岡田 たしかにそうですね。その声を聞くことは、企業や行政にとっても有益なはずなんですが。
モーリー 少し前にはスティーブ・ジョブズのような経営者も、新しいライフスタイルや自由を体現するインフルエンサーでしたよね。
 企業のトップが優等生タイプではなく、気まぐれで危なっかしい魅力も備えていた。そういう人がスタイルを発信することで、若い人たちに大きな影響を与えました。
 彼自身は日本の文化が大好きだったのに、逆輸入の流れでしか入ってこないのはなぜなんでしょうか。
岡田 日本企業はPRが下手なのかもしれません(笑)。もうひとつは、あまりにも当たり前すぎて、自分たちのよさに気づいていないところがあると思います。
 日本といえば、古くから環境に配慮してきた国だと思うんですよね。「もったいない」という感覚を持っていて、江戸時代のリサイクルやリユース文化もよく知られています。
 今も夏になれば空調を27〜28℃に設定することをこまめに行っている。これがアメリカだと……。
モーリー どこに行っても「強冷」ですね(笑)。ビルの中に入ると寒いくらい。東急不動産は、自社の温度設定の環境配慮をもっと世界にPRしたほうがいいかもしれません。
 社会問題に向き合う姿勢を企業が発信するには、困難が伴います。でも、日本のマーケットのなかでも国際企業はずいぶんと踏み込んだ発信をして、賛否両論が起こることを恐れていない。ここには見習うべきところがあるんじゃないでしょうか。
岡田 そのとおりだと思います。当社ももともと若い社員を中心に事業をどんどん提案していく会社ですから、ボトムアップの意見を吸い上げ、若い社員のアイデアを反映しやすいDNAがある。ただ、それが外に伝わっているかというと、まだまだなんですよ。
モーリー ひとつ言えるのは、今はソーシャル・グッドを発信して若い世代の支持を集めている国際企業だって、最初からうまく伝えられたわけではない。むしろ、ダイバーシティや途上国の格差の問題に踏み込んで批判され、失敗した経験を持つ企業が、社会に揉まれた結果、支持や共感を獲得してきたのだと思いますね。
岡田 そういった挑戦は、大切ですよね。特にビジネスを通して環境や社会のシステムを変えようとするならば、その事業自体に規模の拡張性やサステイナビリティ(持続可能性)がないといけませんから。

再エネは、街の個性を立たせる資源

モーリー 私も、ソーシャルな事業のサステイナビリティって本当に大事だと思っていて。例えばスタートアップ企業が投資家に向けて「私たちはこういう社会の実現を目指して、環境負荷の高い電力は使いません」とアピールする。それ自体はとてもよいことですが、翌年そのビジネスはまるごとなくなっている可能性もあるんですよね。
 クリーンな自然電力を使いたいという気持ちがあったとしても、そのコストや供給の不安定さを考慮しないと、太陽光発電の需給バランスの関係で電気代が高騰し、飲食店が潰れてしまったこともありました。
岡田 それがビジネスの難しいところですね。再生可能エネルギーの普及には2012年に始まったFIT(固定価格買取制度)が貢献しましたが、企業はそういった助成がなくなったあとの採算についても考えないといけない。「ReENE」が事業規模を追求してきたのも、それが理由です。
モーリー 「ReENE」は、東急不動産にとってまったく新しい事業だったわけですよね。なぜそれだけ増やせたんですか。
岡田 発電事業としては新しい取り組みでしたが、「不動産の開発」と捉えると、本業の不動産ディベロッパーとして蓄積したノウハウを生かせました。
 それは、空いている土地の権利関係を調べて地権者の方々と交渉するとか、行政の許認可を取って防災工事を行うとか、とても地道な調整を伴う業務です。加えて、私たちは市街地や都市部にオフィスビルや商業施設も持っているので、地域で発電した電力を、電力会社のグリッドを通して活用していく。
 私たちが事業全体の必要電力を100%再エネに置き換えるのは、こういった枠組みも含めて実現できることです。電力ビジネスだけでは、FITのような助成制度が終了すると事業としての厚みがなくなる。先ほどモーリーさんがおっしゃったように、最悪のケースではサービス自体が潰れてしまうことにもなりかねません。
 そうならないために、私たちはこれまで培ったノウハウをもとに、土地を開発するところから地域経済を活性化させることまでを想定してプランを立てています。
モーリー 地域経済の活性化というのは?
岡田 太陽光発電や風力発電を使った再エネ事業は、人口減少が続く地方にとってひとつの収入源にもなります。単に発電所を建設し、その管理で少しの雇用が生まれるだけでは一時的ですが、ReENEを基盤にしてその地域のソーシャルや環境をつくっていく。
 エネルギーのもとになるのは日射量や風量、その設備を設置できる土地ですから、環境こそが新たな資源。その資源は、都市部よりも地方に眠っているんです。
モーリー なるほど。新しいソーシャルシステムやライフスタイルを提示できれば、地域のブランディングにもなるかもしれませんね。
 コロナによって働く場所の制約も軽減され、住環境を選びやすくなった。暮らしのベースが自然豊かな地方都市で、そこに東京から移住した腕のいいパン職人のお店があったら最高じゃないですか。
 今ぱっと思い浮かんだのは金沢ですが、中規模の都市があり、空が広く、海風などの自然が感じられる。さらに、歴史のある工芸品や美術館のような文化施設やちょうどいいサイズの飲食店街もある。ほどよくコンパクトで、街に個性があります。
 私は、みんなが自分の住んでいる土地に、もっと愛着を持てるようになったらいいなと思っています。そのためには、誰もが気兼ねなく使える公共スペースや自然が残されていてほしいし、それぞれの街がそれぞれのやり方で個性を際立たせてほしい。
岡田 東急不動産が目指しているのも、そんなイメージです。北海道の松前町では、基幹産業の漁業も衰退傾向にあり、人口流出が止まらなかった。当社は松前町で風力発電事業を行い、町と協定を結んでクリーンエネルギーや循環型社会モデルを新しい魅力とするまちづくりに取り組んでいます。
 これもまた、地道な取り組みなんですよ。再生可能エネルギーを使って夏祭りをしたり、当社の社員が町の小中学校で再エネの出張授業に出向いたり。でも、そういうところから自分たちの暮らす土地や地域、そして再生可能エネルギーへの愛着が生まれ、その魅力を発信する若者が増えるかもしれません。
モーリー 東急不動産の「ReENE」がどういうことをやろうとしているのか、よくわかりました。そういった事業や活動を通して新しいチャンスが生まれ、若者の未来への後押しになるといいですね。