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良いまとめ稿だと思う。若い人は世に起きてる事象をサムシングニューだと捉えがちだがほとんどの事は古今東西繰り返し起きたり論じられたりしてきた事である。資本主義への失望についてもそうで、このように古典の歴史を振り返ればそれがわかりやすい。所詮は振り子の原理で、今はこの半世紀ほど続いた新自由主義的世界からの振り子の逆振れ局面にある。30年前のドラッカーあたりでほぼ言い尽くされた議論だろうと思う。
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「ポスト資本主義」を提示する具体的な書物が、あまり無いのですよね。
 マルクスのやったことは『経済学批判』なので、マルクスを理解するうえでは、マルクスの批判の対象であったアダム・スミスやリカードを理解することが必要になります。
 主な争点は、「商品の価値を生むのは何か?」ということで、マルクスは、「労働」と主張しました(労働価値説)。資本家というのは、労働の価値に値する賃金を払わずに商品を売却することで、支払った賃金以上の利益(剰余価値)を得るという搾取を行う人々であるから、そのような搾取が起きない仕組みを提唱しました。それが生産手段の公有化であり、そのための革命でした。
 20世紀になると、商品の価値を生むのは、「労働」ではなく、商品自体がもつ「効用」であるという主張(限界効用説)が主流になっていきました。この変化の影響は非常に大きいので、ヒックスなどの著書も必要でしょう。
 労働価値説にこだわる限り、商品の価格は労働量に基づいて決定されねばならず、剰余価値が発生しないようにするためには資本を蓄積する経営者が存在してはなりません。結局、国家が管理する計画経済にならざるをえないのですが、レーニンがソ連でつくった体制は、「国家資本主義」あるいは「国家独占資本主義」と呼ばれたりしました。今の中国も「国家資本主義」と呼ばれることはあります。
 マルクス主義系統の出す案が国家資本主義以上のものが現われず、コンピュータやAIによる精緻化は唱えられますが、レーニンの頃から、画期的な具体案は出ていません。具体的な経済制度の案を出さないマルクス主義者の多くは、マイノリティとか、文化とか、環境問題の話ばかりするようになりました。
 なお、「ポスト資本主義」という言葉は、マルクス主義以外でも1980年代くらいからあって、たとえばドラッカーなんかが、「従業員資本主義」がポスト資本主義であると言っていました。現代では、知識が生産において重要であり、各従業員が知識を持っているから従来のような資本家だけが収益を蓄積するわけではない、というような話でしたが、資本主義が終わる、というほどの話ではなかったと思います。
ブローデルとウォーラスティンの本は、「知の巨人」と呼ばれたタイ研究の大家、故・石井米雄先生が必ず読みなさいと強くて奨めていて、学生次代に読みました。ブローデルの「地中海」は、ヨーロッパ史の本というよりも、ものの見方を示唆してくれる良書でした。

西洋的なナショナリズムや植民地経済のなかで、土着性をどのように組み込んでいくか、国家や民族とはいったい何なのかを考える上では、アンダーソン「想像の共同体」、「三つの旗のもとに:アナーキズムと植民地主義的想像主義」もお勧めです。

その他、サイード「イスラム報道」「オリエンタリズム」も、西洋資本主義社会とは異なる目線からの歴史や社会の理解としておすすめです。
ジェネレーション・レフト特集 第2回は、資本主義の歴史を振り返りながら、その時々の議論を発展させてきた、エポックメイキングな20冊を紹介します。こうして歴史をたどってみると、現代の「ポスト資本主義」の議論も、右に寄った振り子が、左へと戻る動きとして解釈できます。となると、またいずれ右に振れるのでしょうか。
基本的に「ポスト資本主義」の議論は経済学の観点からなされてきていましたが、最近は学際的に語られる始めていますよね。「アイデア資本主義 文化人類学者が読み解く資本主義のフロンティア」などは文化人類学の観点から資本主義の歩みや今後が語られた良作だと思います。

あとは西側諸国の成功を体現するものとして語られてきた資本主義(+自由民主主義)が帰路を迎えることで、国際政治でのパワーバランスも変わってきているという論点も無視できない論点でしょう。
歴史的考察を踏まえた良記事。歴史家ウォーラーステインの「資本主義の全世界への波及こそ近代の世界システムを形成している」という言葉は深い含蓄がありますね。

資本主義の根本は財の私有化≒所有の概念から始まっているように感じるが、資本主義の思想的レベルで問われているのは財の考え方≒何を財ととらえるか、これをどう流通管理するか、にあるように思う。知識も資本だし、国有でも私有でもないコミュニズム的な共有もある。

あと、経済システムとしての資本主義は、社会システムとしての自由主義(vs 共産主義)や政治システムとしての民主主義(vs 全体主義)とセットで語られがちですが、中国を見ていても、それらは完全にセットというわけではない。経済だけの話でもなく全体で考えないといけないし、ゼロイチでどちらかというわけでもない。

まさに世界的アジェンダですね。日本にいると感じづらい気候変動のような世界的なトップイシューに関する言説も含めて、思考がアップデートされた気分です。
気候変動と拡大する格差が、資本主義のあり方を問うています。人間の本能である危機感が高まっている。世界中の人たちが生命維持のために、資本主義に問題があるのではないかと思いはじめています。

左によるのか、バランスなのかは別として、穏やかな成長、美しい地球環境の中で共生する人間社会が実現できることを望んでいます。
こういう歴史全体を見渡した論考が好きです。でも、昨日の記事みたいに、今、激しく振れている振り子の頂点、の方が、注目が集まるし、pickも伸びるんですよね、きっと。振り子の振れる方向、誰が振り子を振ろうとしているのか、をよく考えることが大事だと思います。
SDGsとESGが重視される時代になり、右と左を振り子のように振れていた資本主義は、右と左に加えて地球環境保護や地方再生を巻き込む包摂的資本主義に進化しつつあります。理論的にはリプトンの「New Paradigm」、メイヤーの「株式会社規範の転換」、ヘンダーソンの「目的志向型企業」などで解明されつつ、実践する企業が紹介されています。資本主義の定義は実は相当に難しい問題です。マルクスが生前に一度も著書で資本主義という言葉を使っていないのは有名です。日本でよく初期の資本主義批判に引用される「女工哀史」について、当事者の女工さんたちは、百姓には絶対戻りたくないと思っていたのが真実です。包摂的資本主義(成長)はごく簡単に以下で解説しました。ご参考にどうぞ。
https://www.resona-am.co.jp/fund/shisansc/market/20210826.html
ありがたい。よくわかりました。

振り子の例えで、歴史の繰り返しという印象を受けるけど、新自由主義も18世紀よりはずっと労働者の権利が保護されているはずで、次に来るかもしれない「新社会主義」も、以前よりはずっと、独裁を防ぎ個人の自由を保障するものとなると思います、