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イランの映画監督、モフセン・マフマルバフの『サイクリスト』という映画があります。イランに住むアフガニスタン難民の男性が、妻の入院費用を稼ぐために、1週間休まず自転車に乗り続ける、という賭け事をやる話です。
 アフガニスタンやシリアからの難民は、600万人以上の規模であるため、近隣国は、とにかくテントを張る土地だけは与えて、衣食住などの提供まではできない、という受け入れのやり方でした。医療や教育へのアクセスも与えられませんでした。
 1980年代から、アフガニスタン東部の人々はパキスタンに、西部の人々はイランに逃れる場合が多かったです。また、ヨーロッパへ向かおうとする難民もイラン経由で向かうので、イランには常に200万人以上のアフガニスタン難民がいるようになりました。
 民族移動のように押し寄せたアフガニスタン難民の滞在は40年におよんでおり、受け入れ国、特にパキスタンとイランの経済、やがて政治にまで深刻な課題になりました。
 パキスタン政府にとって、自国のパシュトゥーン人問題と結びついたアフガニスタン人難民は、制御不能な爆弾のようなものです。ターリバーンは、難民を帰国させるための決め手であり、パキスタン政府はそのため支援もしてきました。しかし、米国政府ににらまれ、パキスタンは米国の同盟国という地位を徐々に失っていきました。
 2021年8月、カブール国際空港に殺到する人々がメディアに取り上げられました。あれは主に欧米諸国などと何らかの関わりがある人々で、アフガニスタン難民の典型ではありません。大多数は陸路で隣国に向かいます。
 これからさらに数百万人、あるいは1000万人以上に増えていくであろうアフガニスタン難民は、陸路でパキスタンかイランに向かいます。すでに一部はトルコに達しています。今の難民の子どもたちが成長する十数年後、次の戦争が始まる原因となるでしょう。
 難民の規模がどこまで大きくなるかは、当面はまずこれからの冬、餓死者や凍死者がどれだけ出るかで左右されます。経済が破綻するアフガニスタンでは、食料も燃料も確実に不足します。それについては来週の日曜日、最終回の4回目で書きます。

隠れ家で集団生活、強制送還の恐れも…アフガン難民、トルコでも生活苦 若者「欧州で仕事見つけたい」
https://www.tokyo-np.co.jp/article/133298
アメリカにいた頃、イラン革命によりアメリカへ移民した多くのイラン人がいて、一部の方に知り合う機会がありました。彼らの場合は、両親がイランで要職に就いていたので、いわゆる母国では上流階級の方々だと思います。

それでも革命の最中、身の危険を感じ安全な場を求めて、アメリカへ移民したことや、不安定な母国には戻らないけれども、母国を去った寂しさなど複雑な思いがあることを知りました。そして、移民して20年経ちやっとアメリカ国籍を得た時、喜んでいた彼らの姿を思い出します。やっと母国と呼べる国ができた喜び。

厳しい生活を強いられている難民の方々を考えると、私が出会った彼らのケースは、母国を去らなければいけない中でも、ほんの一握りのラッキーな人達です。なぜ世界は争いを続けるのか、罪のない人たちや子供が犠牲になるのか。答えが出ないことにジレンマを感じながらも、難民の方々がいなくなる世界を切に願います。
塩崎先生のディープなアフガニスタン解説、第3回目。今回は、ターリバーンを生んだ「難民問題」について解説いただきました。隣国パキスタンがこれほどまでに深く関わっていた(関わらざるを得なかった)ことは、あまり日本では見えてこない情勢です。
サウジアラビアのマドラサ支援がイスラーム学問の中核にあり、その拠点の多さが課題、と。アフガニスタン単体で語れないから根深い点は勉強になります。
この連載について
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