【矢野和男×北川拓也】ウェルビーイングとは何か。どうすれば幸せになれるのか

2021/10/9
プロジェクト型スクール「NewsPicks NewSchool」では、2021年10月から「データ×ウェルビーイングマネジメント」を開講します。
プロジェクトリーダーを務めるのは、データを用いた前向きで幸福な人や組織づくりの第一人者である矢野和男氏です。
開講に先立ち、矢野氏と楽天常務執行役員CDOの北川拓也氏の「データ×ウェルビーイング」をテーマとした対談を企画しました。

ウェルビーイングとは

──今回プロジェクトを実施するにあたり、矢野さんの中での、ウェルビーイングや幸福に関する課題意識をお聞かせください。
矢野 幸せやウェルビーイングという概念は、色々な捉え方があり、あいまいなで人それぞれですよね。このために思考停止している人も多い。まずそれが勿体ないですよね。
私はより共通認識が持ちやすい表現として「前向きな1日」という言い方をしています。人生に試練はつきものです。苦境や試練があり、何の苦労もない人生はありえない。天国やお花畑のような楽でゆるい状態は決して実現されません。しかし、どんな境遇であっても幸せを実現することは可能なのです。
先ほど“あいまい”と言いましたが、実は「幸せ」については、この20年間の研究によって、科学的根拠や蓄積されたデータの裏付けによって充分わかってきています。
誰しも幸せになりたいのは変わらないですよね。そこにどう踏み出すか分からず止まってしまっている人に、今回のNewSchoolのプロジェクトでは、データに基づくしっかりした幸せの共通認識や知識を持ち、行動に移せるようにできればと思っています。
「前向きな1日」を構成する要因をいまでは全体俯瞰することが可能です。プロジェクトではウェルビーイングの本質と全体像を知っていただきたいですし、自分の人生や仕事、組織に活かす他ではお話していない神髄を、対話を通じてお伝えできたら、と思います。

「よつばと!」はウェルビーイングそのもの

──そのあたりは受講生にもぜひ体感いただきたいです。北川さんにもウェルビーイングや幸福に関する課題意識をお聞かせいただければと思います。北川さんは「GDW:グロスドメスティックウェルビーイング」というコンセプトを提唱されていました。
北川 はい。実はこのGDWも矢野さんと会話しながら作ったコンセプトです。
ちなみに、私にとって「これはとてもウェルビーイングだな」と思う漫画があります。
漫画のメッセージがまずとてもウェルビーイングなのですが「よつばと!(あずまきよひこ原作)」という作品です。ご存知でしょうか。
この作品から私はウェルビーイングを学ばせていただいたといっても過言ではない。
この漫画はテーマが「いつでも今日が一番楽しい日」なのですが、驚くほど何も起こらない。
ただ、自分が小学生の頃を思い出すと「毎日がこんな感じだったのかもしれないな」と思わされます。
作中でも何も説明は無いのですが、ただひたすら今日という時間が流れています。
この重要なコンセプトは「時間」だと考えています。
過去の時間をいかに濃く生きるか、今という時間とどう向き合うのか、明日という日をどうやって楽しみにするのかー。
矢野さんが著書でおっしゃっていた「予測不能な時代だからこそ、過去、今、未来に対してどう向き合っていくかが大事。その上で、日々出来ることを積み重ねていく」という概念と重なりますよね。
これまで資産はお金でしか考えられなかったのを、自分の感受性を育てて「心の資本」を貯めていくということこそが、ウェルビーイングと言えるのではないでしょうか。

ミハイ・チクセントミハイ氏による「ESM」

──時間の話が出ましたが、矢野さんは時間とウェルビーイングについてはどう解釈されていますか?
矢野 最初に幸せについて研究しはじめたとき、「フロー」という概念を提唱されたミハイ・チクセントミハイ先生と色んな議論や共同実験をさせていただきました。
心理学の分野で、ここ20年くらいにポジティブサイコロジーが大きな潮流になっているのですが、その遥か前からミハイ先生は「幸せ」をデータで研究されていました。
チクセントミハイ先生がこのために発明した「ESM:エクスペリエンスサンプリングメソッド」という方法があります。最初はポケベルでしたが、今ではスマホを使います。これらを使って90分に1回くらいの間隔でビープを鳴らすのですが、その直後にアンケート用紙に数問答えるやり方です。
突然、その時のその人の生の心の状態を捉えることができます。
人生を充実させるには「フロー」な状態が非常に重要なのですが、その時は時間の感覚を失ったり、時間が伸縮したりするような感覚を覚えます。
ただその瞬間は、熱中・没頭しているので、幸せとも不幸せとも意識もない。むしろ自分が周りの世界をうまくコントロールできているような感覚がある。
実は、偉大なアーティストやプロスポーツ選手、ビジネスパーソンたちが、一様にこのようなフローの体験を語っています。
チクセントミハイ先生は、「実はそれこそが人生を豊かにするために重要な要素」だと見出され、「こうした人間の生活や心のような、捉えがたいものをデータにする」ことを情熱を持って研究されてきました。
チクセントミハイ先生との議論や研究こそが、私のウェルビーイングの原点になっています。
我々もESMの実験を何度もやってきました。その結果、フロー体験には特有の身体運動の一貫性が表れることが分かり、論文でも発表しています。
写真:fizkes/istock.com
──没入感というようなものを、コントロール・解析できるようになると、人類がアップデートされている感じがありますね。北川さんはウェルビーイングに取り組まれてきた中で印象的なエピドードはありますか?
北川 私は理論物理学者で、矢野さんと出身分野が同じです。そんな私たちは「保存則(物理量が一貫して変らないという法則)」をイヤというほど叩き込まれてきました。
特にエネルギー保存則は時間との対称性と繋がっているので非常に大事だと言われています。
私も矢野さんも、なぜ幸せやウェルビーイングに興奮するかというと、ウェルビーイングはエネルギー保存則を無視したような、まるで「ゼロから生まれている」ような価値の生まれ方をしている気がするからです。
私はランニングを日課にしているのですが、例えば朝ランニングをしていて、ある道を通ると金木犀が咲いていてその香りを全身で感じると、すさまじくウェルビーイングを感じます。
エネルギー値からいえば大したことではないと思いますが、強烈な幸福感を感じます。
そんな瞬間に「エネルギーと関係ない場所にこそウェルビーイングがあるのだな」、と思わされます。
──エネルギー保存則を無視しているからこそ興奮すると。矢野さんはいかがですか?
矢野 私の感覚もそれに近いです。北川さんのおっしゃっていることは、私はむしろ物理学のもう一つの基本概念である「エントロピー」に結びつけて捉えたいと思います。
エントロピーは世界の複雑さを表しています。世界は既存のものを常に組合せつづけることで、複雑性、すなわちエントロピー、を増やし続けます。決して減らないのです。
ビッグバン以降、我々は、無尽蔵の可能性を開拓しつづけることで、即ちエントロピーを増やし続けることで、よりウエルビーイングの高い世界を未来永劫を探し続けています。
写真:hh5800/istock.com

ウェルビーイングを語ると幸せになる

──矢野さんはウェルビーイングについて話している時が、特に前向きにお話されているように感じます。昔から、矢野さんは常にポジティブなタイプだったのでしょうか。それとも ウェルビーイングについて研究するなかで色々と理論的にわかってきて、そういう行動ができるようになったのでしょうか。
矢野 後者だと思います。北川さんも同様かと思いますが、実はウェルビーイングについて語ると幸せになります。
大事なことは、幸せは自ら生み出していくものだということです。
今夏のパラリンピックでは、失われたものを数えず、自分が持っているものを最大限活用して、前向きな人生を生み出している多くのアスリートを目の当たりにして、おおいに勇気をもらいました。
境遇が厳しいか楽かではなく、置かれた状況の中で持てるものをいかに活用するか。その前向きさが幸せの本質です。
上司や学校の先生から、仕事や勉強を教わることはできます。しかし、「幸せになれよ」「前向きになれ」という指示や命令には論理的に意味がないのです。
幸せについては自分で考え、行動しないといけません。考えるために最も有効な手段が人に語り教えることです。
私も以前はウェルビーイングについて語ることはそこまで多くなかったですが、今では大変多くなりました。
ウェルビーイングの語りの場が増えるたびに、周りの人も幸せにしたいと思うし、自分も幸せになっています。
その輪をもっと広げたいと思っていますが、まだまだだと思っています。ウェルビーイングを広げていく同士が、まさに北川さんや一緒にやられている方々です。
みなさんにはこのNewSchoolで、ぜひ皆さんに同士となっていただきたいと思います。
(構成:赤坂太一)
※後編に続く
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