2021/10/11

【近澤良】海外投資家は日本のスタートアップに投資しないのか

NewsPicks Brand Design chief editor

海外投資家は日本のスタートアップを見ていない

これから日本市場はシュリンクしていく。企業は世界を視野に入れた戦略を立てなければ生き残れない──。
非常によく言われることだ。異を唱える人のほうが少ないだろう。
しかし、「本当に」グローバル進出を視野に入れて起業している日本のスタートアップが、一体どれほどいるだろうか。本気だとしても、「日本で成功したら」「3年くらいたってから本気で考えよう」と、先々の目標のひとつに据えてはいないだろうか。
「ぶっちゃけ、『世界』って言ってるだけのスタートアップが多いですね」
こう断言するのは、AIを用いたソフトウェアテスト自動化プラットフォーム「Autify」を提供する、オーティファイ株式会社共同創業者/CEOの近澤良氏だ。
ソフトウェアエンジニアとして日本、シンガポール、サンフランシスコにて10年以上ソフトウェア開発に従事。DeNAにて全米No.1となったソーシャルゲームの開発を行ったのち、シンガポールのVikiにて、プロダクトエンジニアとして製品開発をリード。その後サンフランシスコへ移住し、現地スタートアップに初期メンバーとして参画。 2016年にAutify, Incを創業。
近澤氏がここまで手厳しいのには、理由がある。オーティファイが、どこよりも本気でグローバルNo.1を狙っているからだ。
その「本気」の一端をお伝えしよう。まず、オーティファイは2016年にアメリカ・サンフランシスコで起業した、いわゆる「ボーングローバル企業」だ。理由は、世界を相手にビジネスをするため。そして、海外マネーを調達するためだ。
最近何社か日本のスタートアップがアメリカの投資家から調達したのを見て、日本のスタートアップにも望みがあると勘違いしている人がいますが、あれは事業が軌道に乗った『レイターステージ』だからあり得た話なんですよ。
基本的に、アメリカの投資家はアメリカの企業にしか投資しません。
僕は、日本の起業家としてはアメリカの投資家と話しているほうだと思いますが、彼らは僕がアメリカ国外のファウンダーだと知ると、『どこに登記してるの?』と聞いてきます。
オーティファイはアメリカだから一旦話を聞いてくれるけど、日本だったらそこで終わり。想像以上に村社会なんです」(近澤氏)
その「村」にアクセスするために近澤氏が選んだのが、サンフランシスコでの起業であり、アメリカのトップアクセラレータであるAlchemist Acceleratorへの参加(2018年)だった。
Alchemist AcceleratorはB2B領域のスタートアップ育成に特化したプログラムで、参加できるのは厳選された25社のみ。参加と同時に少額の投資が実施され、卒業できればデモデーを見たトップVCから声がかかることも多い。
つまり、グッと村に食い込むことができるチャンスなのだ。このチャンスを日本人で最初に得たのが、オーティファイだ

顧客の「バーニングニーズ」を解決せよ

もちろん、アメリカで登記をすれば、それだけで世界進出できるわけではない。アメリカに本社を置くのは、可能性を潰さないためのテクニカルな部分。やはり、サービスが世界に通用するか、が勝負を分ける。
オーティファイがもっとも苦戦したのもこの部分だ。創業時のサービスは翻訳ツール。しかし、爆発的なニーズを得られないまま2年が経ち、実に8回ものピボットを経て「Autify」にたどり着いた。
「僕は起業したときから、日本でしか使えないサービスは作らない。世界の市場を相手にできるサービスが作れないなら、起業をやめてもいいと思っていました。
それで、Alchemist Acceleratorに参加するとき、自分のソフトウェアエンジニアというバックグラウンドを生かせて、市場が大きいものは何かと考えて、『ソフトウェアテスト自動化』という領域に絞ったんです」(近澤氏)
現在、ソフトウェアビジネスと無縁の企業はどんどん減ってきている。あのトヨタですら「ソフトウェアファースト」を宣言しているほどだ。GAFAMの台頭を見ても、ソフトウェアによって競争力をつけた企業が「勝つ」時代なのは明らかだ。
そして、ソフトウェアを開発したあとには、それがきちんと動作しているか、期待どおりの挙動をするかを確認するためのテスト作業が必ず行われる。
かつては、人がExcelシートに書かれた検証項目を見ながら、1つ1つ自分の手でやってみて、「うまくいった/いかない」という確認をしていたが、それを自動化するのが現在のトレンドだ。
より早く開発し、テスト時間を圧縮して、より早くリリースすることができた企業しか、競争に勝てないからだ。
iStock.com/golubovy
企業はIT予算の3分の1をテスト作業に投じているというデータもあり、ソフトウェアテスト市場全体は、世界で約130兆円とも言われる。自動化への転換によってそのすべてが顧客候補になるなら、間違いなく世界を相手にしたサービスだと言えるだろう。
「Alchemist Acceleratorで『顧客のバーニングニーズを解決しろ』とアドバイスされたのが転機になりました。頭に火がついていて、今すぐ消さないとヤバいような課題は何か。それは、本人に聞くしかありません。
それから日米合わせて100社ほどにアポをとり、ソフトウェアテストの何に困っているのか、徹底的にインタビューしました。すると、彼らが口を揃えて言っていたのは、①自動化を行うエンジニアの人手が足りないこと、②メンテナンスが大変なこと、の2点でした」(近澤氏)

AIとノーコードでテスト自動化プラットフォームへ

では、その2つのバーニングニーズを解決する「Autify」とは、どのようなサービスなのか。
Autifyは、ソフトウェアテストをノーコードで自動化するAIを用いたプラットフォームだ。これまでは「テストを行うためのコード」をエンジニアが書く必要があったが、Autifyならノーコードで、誰にでもテストを自動化できる。
「どの企業もエンジニアのリソースが足りていません。それなのに、テスト作業に時間がとられて、開発に時間が割けないという課題がありました。
でもAutifyなら、人がするのは検証したい作業を実演することだけ。テスト作業は誰にでもできるし、数日かかっていた作業時間も大幅に短縮できるとなれば、開発スピードが加速します」(近澤氏)
もうひとつの課題は、メンテナンスだ。ここ数年でリリース頻度を重視したアジャイル開発が一般的になり、1日に何十回もソフトウェアに変更を加えることが珍しくなくなった。たとえばNetflixでは、1日に1000回以上の変更を加えているという。
すると、これまでの自動化ツールでは「あるテストを行っているうちに、そこにあるボタンのデザインが変わってしまい、テストが実行できない」という問題が頻発した。
細かな変更が加えられるたび、エンジニアがコードを触る=メンテナンスの必要があり、テストを自動化しているにも関わらず、大きな作業コストが発生する状態だったのだ。
「そこでAutifyは、AIを用いることで『デザインは変わっても同じボタンはボタンだから、変わらずテストを実行する』という、あるべき行動ができるようにしました。これで、安定した自動化ができたわけです。
とにかくエンジニアの工数を減らし、『誰にでも使える』サービスを目指したのがAutifyの特徴です。これは、リリースから2年経った今でもまったく変わっていません」(近澤氏)
ノーコードとAI。これらの特徴によって、Autifyは顧客のバーニングニーズをしっかりと捕らえた。まだサービスがないのに、デモ動画を見ただけで「買う」と言う企業も現れたという。その反応は、創業からの2年間で一度も味わったことのないものだった。
2018年8月からスタートしたAlchemist Acceleratorの半ば、近澤氏らは11月の段階から開発をはじめ、年内には数社から契約を獲得。2019年1月にデモデーでサービスの発表を行い、無事プログラムを卒業。
資金調達を進めながら、3月にAutifyのベータ版を、10月には正式版をリリースした。
これは、オーティファイのグローバルNo.1への、大きな「最初の一歩」だ。

アメリカの投資家は「ユニコーンハンター」と思え

Autifyのリリースから2年、オーティファイの快進撃は続いている。国内外で利用社数は増え続け、なかにはDeNAやZOZOのような大企業も含まれる。
今年10月には、モバイルネイティブアプリ向けのテスト自動化サービス「Autify for Mobile」を正式にリリースした。思想や特徴はそのままに、近年増え続けるアプリ開発の現場でもAutifyが使えるようにしたのだ。
時を同じくして、海外VCからの資金調達にも成功している。
アメリカの投資家は、基本的に『ユニコーンハンター』です
つまり、『この会社、ユニコーンになれるのか?』という視点で企業を見ています。日本にサービスが閉じていれば、それだけでかなりのディスアドバンテージ。アメリカと日本のユニコーン企業の数を比べれば、理由は明白ですよね。
出典:米CBインサイツ「世界ユニコーンランキング(2021年3月)」
今回の調達に際して、そのアメリカのVCから『世界のスタートアップと比べてもベスト・イン・クラスの成長率だ』と言われました。ずっと世界を横目で睨みながらビジネスを続けてきたので、この評価は一番嬉しいです」(近澤氏)
ここまでの話を聞くと、オーティファイは戦略的に世界進出を遂げた企業だと思うかもしれない。アメリカでの起業や、トップアクセラレータプログラムへの参加などに関しては、たしかにそうだろう。
しかし、近澤氏によれば、もっとも重要なのは経営者の「グローバルNo.1になるのだ」という覚悟。オーティファイは、2023年までに日本と国外の売上比率を逆転させることを目標にしているが、それさえも「決めの問題」だという。
目標のために何をすべきかを逆算して、オーティファイは2019年に最初の外国人社員を受け入れた段階で、社内公用語を英語にした。世界を相手にビジネスをするのに、日本語しか話せないのはディスアドバンテージでしかないからだ。
「日本での売り上げを安定させて、数年かけて海外進出をする。そうしたい気持ちはわかります。でも、最初から海外進出しないと、絶対にうまくいかない。今ではアメリカでも大きな結果を出しているメルカリも、創業当初からアメリカ進出をしていました。
アメリカの市場を攻めるのは、日本に比べて大きなコストがかかります。『この部署だけROIが低い』となれば絶対に潰されてしまうし、会社が大きくなってから社内公用語を英語にするのも無理でしょう。僕でさえ、本当に実現できるのか半信半疑でしたから」(近澤氏)
現在、オーティファイに新しく入社してくるメンバーの3分の2は、日本語話者ではない。社内では、英語を話さないとメンバー同士のコミュニケーションがとれない状態になりつつある。
サンフランシスコ本社での現地採用も積極的に進めている。実はこれも、日本のスタートアップが海外進出で失敗しがちなポイントだ。
「日本で活躍した『ちょっと英語が話せる優秀な人』を海外に送って、現地法人を立ち上げようとするケースはすごく多い。でも、アメリカがいかに村社会かは先ほどもお伝えした通り。英語もまともに喋れず、現地でのネットワークもない人を送り込んでも、何もできませんよ。
だから僕たちは、現地採用。英語で面接して、ローカルマーケットに精通したメンバーを採用しています。日本にいても、海外にいても、一緒に世界を攻めたい人に、どんどん仲間になってもらいたいですね」(近澤氏)