2021/10/4

なぜDXは“必然的”にレイヤーごと産業を変えてしまうのか

NewsPicks BrandDesign ChiefEditor / NewsPicksパブリッシング 編集者
 DXは単なる一過性のトレンドなのか。
 レガシーな基幹システムがクラウドに置き換わればいいのか。1990年代に加速した「IT革命」の延長線上のイシューに過ぎないのか。スマホによってICTが民主化したところで、ニッチなビジネスにどれだけ影響があるのか。
 DXを単なる「レガシーの刷新」「デジタル化」と捉える経営層も少なくない。
 2020年末に経済産業省が発表した「DXレポート2」によれば、約95%の企業はDXに未着手か、散発的な実施にとどまっているという。
 一方で、DXは不可避かつ不可逆であり、広範な構造変化であると主張する声も強い。
 NewsPicksでもおなじみの慶應義塾大学医学部 医療政策・管理学教授の宮田裕章氏の著作『データ立国論』(2021)を引くとこうある。
「データ社会は産業革命以来の大変化」
 西山圭太氏の著書『DXの思考法』(2021)を引くとこうだ。
「デジタル化のインパクトは異次元レベル」
 西山氏はかつて経済産業省商務情報政策局で局長を務め、データ政策・デジタル施策を推進してきた。DXにより「産業そのものが新たな形にトランスフォーメーションしつつある」と指摘する。
 今、各産業でいったい何が起こっているのか。
 これから起こりうる変化とはなにか。
 そして、私たち一人ひとりのビジネスパーソンは何に向き合うべきなのか。
 宮田裕章氏と西山圭太氏の対談から、改めて「産業DX」時代の思考法を聞いた。
INDEX
  • 「縦」に切られていた世界を、DXは「横」に切る
  • 「自前主義」の個別最適化では追いつけない
  • すべての産業でDXは起こるのか?
  • 「変わらないまま、変わること」はできない
  • 1000年に一度の転換点をサバイブするために
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「縦」に切られていた世界を、DXは「横」に切る

──まずDXとは一過性のバズワードなのか、それとも今後社会を変えていくインパクトのあるものなのか。おふたりはどう考えていますか?
西山 社会に決定的な変化を起こす、しかも不可逆なものだと考えています。
 DXのインパクトは、これまで起きたどの産業革命とも違う、人類が初めて経験する大きな変化をもたらすはずです。
 古くは農業革命があり、産業革命を経て、近代化が終わり、グローバル化する資本主義経済の中で消費がコモディティ化し、もはや決定的な変化は起こりえないんじゃないか、というムードの中で来た情報革命の大波です。
 特に史上かつてない少子高齢化に突入している日本は大きな転換点にあると言えるでしょう。それこそ1000年に1度あるかないか、歴史の教科書に載るほどの出来事になってもおかしくないと思っています。
宮田 SDGsやESG投資など、社会のあり方そのものが問われ直している最中にコロナ禍が来た。次の時代を作らねばならない時が来た、と感じますね。
 そこで一体何をするべきなのか、その手段のひとつが「DX」である、という位置づけですね。注意すべきなのは、DXはあくまで一部のプロセスを捉えた言葉だということ。
 テスラを自動車メーカーとして見ると時代遅れですし、アップルはもうヘルスケア領域に突っ込んで、今度車にも来るわけです。あるいはアリババがリテール・ECだと思っていたら、もう信用スコアであったりファイナンス分野に革新を起こし続け、デジタル人民元に中国は着手して、通貨の流れそのものを変えていっている。
 DXという字面ばかり追っていると、社会変革により産業構造が変わるという、大きな“うねり”自体を見失いかねませんから。
──DXによって産業構造そのものが変わるとは、一体どういうことなのでしょうか。具体的な事例で教えてください。
西山 米老舗新聞社ワシントンポストの事例が象徴的でしょう。2013年にAmazonの創業者であるジェフ・ベゾスによって買収されたワシントンポストは、その後、積極的にDX投資を行っています。
 そのひとつが、当時「アーク・パブリッシング」と呼ばれたCMSツールの開発でした。
※CMS:WEBコンテンツを管理・配信するシステム
 新聞の電子媒体では、文字や画像、動画を組み合わせたコンテンツを日々制作しなければなりません。さらに、そうしたコンテンツをWEBサイトやスマホアプリといったさまざまなチャネルで提供する必要がある。その一連の流れを最適化するツールを開発しました。
 ただ、話はここで終わりません。ワシントンポストは、この編集ツールをカスタマイズ可能な形にし、他の新聞社等に提供したのです。つまり社内ツールをSaaS化してビジネスにしたんですね。
 電子媒体を配信しているのは、他のメディアも同じです。だからといって新たにゼロから仕組みを作っても、結局ワシントンポストに追いつくだけ。それならば、完成したサービスを利用したほうが早いでしょう。
 つまり個社のDXを突き詰めて真面目にデジタルでツールを作ると、必然的に業界そのものを「横に切る」、IX(インダストリアル・トランスフォーメーション)的な効果を生んでしまうはずなんです。Google検索エンジンを作るのに、医療言語だけを検索するエンジンを作る必要はないし、たぶんより難しいんですよね。
 デジタルにおける汎用ツールの自前主義は、競合のプロダクトを使いたくないという抵抗感があるだけで、誰にとっても意味がない。
宮田 これまでは、それぞれの企業が自前でプロダクトを生産する、いわば「縦に切る」世界だったわけですね。自社のリソースで上から下まで揃え、大量生産し、効率的に稼ぐのが、「縦」の世界の戦い方だった。
西山 Netflixも当初は自前のデータセンターを持っていましたが、2008年にクラウドサービスのAWSに全面的な移行を決めています。
 クラウド、データベース、ネットワークといった既存のレイヤーを活用し、その最後、視聴者に最も近いレイヤーであるコンテンツやUXに特化して成功しているのです。
宮田 日本企業の方と話していると、「次に来るプロダクトはなんですか」と聞かれることがあります。まずその質問自体がズレてしまっている。
 次に来るのは、プロダクトではなくて「体験」なんですよね。
 それをまさに体現しているNetflixはもちろん、UberもAirbnbも個別に最適化された体験にフォーカスしています。
西山 上の世代にこうした話が通じにくい理由に、思い当たる節があります。もともと日本は、特定のお客さん向けに製品を作り込むことを得意としていたんですよ。
 家電でも自動車でも、日本は特定のターゲットに刺さるプロダクトを、高いクオリティで作り上げてきました。その時代を知っていると「個別のカスタマイズは俺たちだって得意なのに、それと何が違うんだ?」と思うかもしれない。
 だけど、DXで実現しているのは、データとAIによって職人の作り込みと比べものにならないほど速く低コストで、しかも顧客が入れ替わってもその人に対して瞬時にカスタマイズできてしまう世界です。あらゆる人を「お得意様」にできてしまうわけです。自前主義で丹念に作り込むやり方では、到底追いつけないところまで来てしまっているんですよね。
 デジタルとレイヤー構造、それにデータを組み合わせれば、ユーザーと状況に応じた体験が瞬時に提供できてしまう。

「自前主義」の個別最適化では追いつけない

──となるとDXにおいては、「データ」が鍵なのでしょうか。
宮田 それもよくある誤解です。DXを狭義に捉えてしまうと「今あるデータ分析でなんとかできないか」と考えてしまいがちです。
 しかしそれは、冷蔵庫にあるもので革命的な料理を作ってほしい、と言うようなもの。何を実現したいのか、という問いを立てて、必要なデータを吟味することからスタートせねばなりません。
 わかりやすいので、私がよく挙げる具体例ですが、中国平安(ピンアン)保険のDX事例も、「いかに効率良く契約を取るか」というビジネスを考え直し、「そもそも生命保険とは何か」を問うことから始まっています。
 生命保険ができるのは、病めるときも健やかなるときも人に寄り添うこと。ならば人々に寄り添うソリューションが必要だと、中国平安保険は2014年に「平安グッドドクター(平安好医生)」というアプリを開発しました。
※「平安好医生(平安グッドドクター)」:医師への24時間オンライン相談や、医薬品のネット通販、歩数に応じたポイント付与といったヘルスケアサービスを提供するアプリ。2020年時点でユーザー数は3億人を超える。
 ヘルスケアのサービスを提供すれば、顧客の健康にまつわるデータが集まります。データを活用すれば、AIによって「こんな保険はどうですか」と促すこともできる。こうしてDXが本格的に回り始め、中国平安保険は世界最大の保険会社へ成長していきました。
 DXと聞くとAI活用を思い浮かべる人も多いかと思いますが、中国平安保険はAIから始めたわけではありません。まず考えたのは「顧客にどんな体験を提供するか?」というCI(カスタマーインサイト)でした。
 そしてその次に、「足りているデータと足りないデータは何か?」を吟味するBI(ビジネスインテリジェンス)を検討した。「CI→BI→AI」の順を踏まえることで、DXを成功させているんです。
西山 宮田さんの例を言い換えれば、レイヤー構造・ミルフィーユのような形を意識しろ、ということです。
 日本の企業がPoCから先に進まないのはここにも原因があります。PoCというと、データからユースケースを作るとイメージされますが、それは冷蔵庫にある野菜に一手間だけかけて見たこともない料理を作る、みたいな感じです。
 できるはずがありません。既存のツールと新たなツールをミルフィーユのように重ねて、それで新しいソリューションができるかどうかをイメージすべきです。

すべての産業でDXは起こるのか?

──今まで話されたような産業構造からの変化は、すべての産業で起こるのでしょうか。
西山 DXによる変化が起こらない業界はありません。すべての産業で起こりうると思ったほうがいいでしょう。
宮田 間違いないですね。例えば、ファンション業界と医療業界で考えてみましょう。
──まったく違う産業ですね。それでも起こる。
宮田 先の平安保険の事例然り、医療産業でも変化が起こっている、起きるべきなのは、みなさんご存じのとおりです。
 日本でも現在は効率化にとどまっていますが、データさえ揃えば個別最適化が進む分野です。病状の進行度、遺伝的な違い、周辺の環境など、患者にはさまざまな違いがあり、最適な治療法も異なるわけですから。
 一方、ファッションの世界もここ数年で劇的に変わりました。これまでは自前主義で、世界中のクリエイターたちがセンスを戦わせてファッションを作ってきた。
 その前提には、自前主義の個別化が想定する「顧客像」がありました。でもよく考えれば、顧客も常に同じ状態ではありません。気分によって、シーンによって、求めるファッションの体験は異なります。
 例えばいつ聴いても良い音楽なんてないですよね。朝起きたときに聴きたい音楽、疲れたときに聴きたい音楽、家族と一緒に聴きたい音楽、あるいは車の中で聴きたい音楽、全部シーンによっても違ってくる。
 個別の「顧客像」ではなく、体験それぞれに寄り添う次元に突入している。ファストファッションブランドなどは、その体験ひとつひとつに、徹底してデータで寄り添うことを始めている。もはや、天才のセンスひとつで勝てる時代ではなくなっています。
西山 ファッションも、医療、教育も、アートも。みんなが同じ体験をする世界ではなく、一人ひとりに合わせたものを提供する世界に入ってきていますね。
 BtoBでも同様です。未来の工場は「万能工場」をイメージしたほうがいいです。3Dプリンターという機械がありますが、工場自体が3Dプリンターになるようなイメージです。
 プログラムが入れ替わると、作られる素材や部品も入れ替わる。その背景にあるのは、「単純な仕掛けをミルフィーユのように積み重ねれば、どんなものでもできてしまう」という発想です。
 そして「何を作るか」というコマンドがBtoCのビジネスと結びついて、最終的に個々人の固有の経験を支える製品やサービスになります。もちろんそこには生身の人間でしか果たせない価値の提供が加わります。

「変わらないまま、変わること」はできない

──DXがもたらす大きな“うねり”を理解したうえで、この先、経営陣やビジネスリーダーが意識すべきことはなんでしょうか。
西山 なによりも、思考のレベルから切り替えることが重要だと思います。これまでの経営とは、まったく発想が違うことを理解する必要があるでしょう。
 経営からシステムへ、システムから経営へと双方向で行き来する。つまり、具体のビジネスを深く理解しながら、抽象度の高いテクノロジーの可能性に知悉して、それらを統合しなければいけません。
 具体から始めて抽象化し、また具体化する。その繰り返しです。
「優秀な社員にデジタルの知識を教え込めばDXはできる」という一方通行の発想のままでは、前に進みません。
宮田 「AI人材を採用して任せればいい」という発想も危ないですよね。DXが成功している企業の共通点は、DXを一部門に任せていないことなんです。会社全体が変わるんだ、という位置づけで取り組んでいる。
西山 むちゃくちゃな表現ですが、私が「太ったまま痩せたい」って言ったらどう思います(笑)? 
──……冗談としか思えません(笑)。
西山 大概の企業がそういう感じなんですよ。部門単位でDXをやるとか、DX専門の部署をつくるというのは。「変わらないで、変わりたい」と言っているようなものです。
 私はDXを「遷都」にたとえるとわかりやすいと思っているんです。平城京をいくら増改築しても、決して平安京にはなりませんよね(笑)。
 都そのものを作り変えるために、移動先の地形を徹底的に調べ、長い時間をかけて準備をし、はじめて平安京への遷都が実現したわけです。
 DXにおいても同じです。会社そのものを作り変えるために、最先端の取り組みを徹底的に調べ、長い時間をかけて自社の屋台骨を解体しながら準備をし、はじめてDXが実現するはずです。

1000年に一度の転換点をサバイブするために

──一方で、30代40代の中堅ビジネスパーソン、DXの重要性を感じつつも、自身の現場にリアリティがなく、どう動いていいかわからない人にアドバイスはありますか。
西山 経産省時代、若手には「常識を疑おう」とよく言っていましたね。本当はできることがたくさんあるのに、暗黙の前提に縛られてしまう。それはもったいない、と。
 以前、人事を担当していたとき、若手へのヒアリングで「自分の役職は管理的な仕事で自由度がないからイノベーティブなことはできない」と散々言われたんですね。それを聞いているうちに、「じゃあ、典型的な管理部門の自分がイノベーションを起こしたら文句ないでしょう」と思いまして(笑)。いろいろ考えた結果、最終的には率先垂範で米英などを巻き込んで「行政官向け政策形成スキル国際標準」みたいなものを作ってみせたことがありました。
 人事でもイノベーションは起こせます。だから、常識に縛られて自己抑制する必要はまったくなくて、自由にやってみたらいいと思うんです。
宮田 まったく同感です。
西山 それと、もうひとつ。少しドライに聞こえるかもしれませんが、自分が帰属している「会社の将来」と「自分の幸せ」は、別に考えたほうがいいと思います。
 もちろん重なる部分もあるでしょうが、「遷都」が可能かどうかは会社の判断ですから、できない会社にいるからといって後ろめたさを感じる必要はありません。遷都をすでにし始めている会社に移ったっていいんです。
宮田 人生100年時代ということもあり、所属組織に100%奉仕をすることで自己実現を図る生き方は、現実的ではなくなっていますよね。
──諸般の事情で、転職までは考えていない人はいかがでしょうか。
西山 今乗ってる「船」を作り変えながら進路を変えるか、やはり身軽になって新しく船を作るのか、どっちかじゃないですかね。
 DXの成功を個人の幸せと結びつけるなら、やはり会社の外の人とつながりを持つべきでしょう。月並みですが、人脈はやはり大切です。「この人と何かやったらおもしろそう」という人を作ることが、ひいては会社のためにもなるはずです。
宮田 「新しい体験」をどうデザインするかを考える意味でも、会社以外に多様なネットワークを持つことで、突破口が開けることもあるでしょう。個人として社会とどうつながっていけるかが、これまで以上に重要になるのではと思います。
西山 本業から離れたところも含めて、常にプロジェクトを2個3個と回しておくのもよいですね。1個だけ抱えると行き詰まったとき動けなくなりますし、いまいちな上司に当たっても余裕を持って対応できますから。
 役所だけかもしれませんが、大体いまいちな上司って「自信のない人」が多いわけです。自信がない人は何に弱いかと言うと、権威に弱い(笑)。
 なので、僕が宮田先生と知り合って共鳴したら、上司に宮田先生を紹介するわけです。たぶん何が起こるかっていうと、「おい、西山。今日、宮田先生にお会いしたらこんなよい話をしていた。そもそもこういうことを考えるべきじゃないか」ってそれこのあいだ俺が言ったやつだ、と思っても言っちゃだめです。「ああ、さすがですね」と(笑)。
 ……だんだんDXから離れてきましたかね(笑)。
宮田 金言ですね(笑)。西山さんご自身が、社会のトランスフォーメーションを縁の下で進めてきた方ですからテクニックにリアリティがある。やっぱり外側から無理矢理変革するよりは、キーパーソンが自ずとそう思うっていう状況ですよね。
西山 私自身の人生を振り返ると、組織の外で応援してくれる人、一緒にやってくれる人がいて、お互い助け合うことで回ってきたんです。
 いろんな考えの人がいて、社会は成り立っている。「目の前の上司を説得しないと世界のすべてが変わらない」ということは、まったくないわけです。
 だから、若い方には自信を持って動いてもらえたらと思います。やってできないことなんて、9割9分ないですから。
宮田 会社が変わる前に、組織の人たち一人ひとりが変わらないといけないですからね。