2021/11/4

BtoBのデジマ活用に、“最も”求められる核心部とは

NewsPicks Brand Design chief editor
 保守的なBtoB企業が、デジタルコミュニケーションに力を入れ始めた。
 世界的な産業再編と競争激化で、自社の訴求を迫られていたところに、コロナ禍のダメ押しで、非対面営業の強化が待ったなしとなったのだ。
 だが、環境に迫られただけで、すぐにうまくいくものだろうか。
 イントリックスは、10年以上にわたりBtoB企業に特化したデジタルコミュケーション支援を、戦略・クリエイティブ・テクノロジーの視点から推進してきた。
 BtoB企業がデジタルコミュニケーションの取り組みを成功させる秘訣はどこにあるのか。そのポイントを、数々の企業に長期伴走しているイントリックスのCTOを務める猪目大輔氏と、セールス・マーケティングディレクターの西原杏子氏の言葉からひもといていく。
INDEX
  • “周回遅れ”のBtoB企業が変わってきた
  • デジタル活用のカギを握るのは文理の融合
  • イントリックスが手掛けるBtoB企業のデジタルマーケティング改革
  • トレンドを追いかける前に、基礎を固めよ

“周回遅れ”のBtoB企業が変わってきた

──連載1回目では、日本のBtoB企業のデジタルコミュニケーションが欧米に大きく後れを取っているとうかがいました。
猪目 私も、欧米のBtoB企業と比較すると15~20年の開きがあると感じています。
 日本では、7~8年前からMA(マーケティングオートメーション)、SFA(セールスフォースオートメーション)、PIM(商品情報管理)などのツールを活用する企業が増えはじめていました。
 しかしその多くは、道半ばでとん挫したり、ツールを使いこなせないなど、目的達成に至っていません。
 これは、ツール導入をシステム観点からしか見ない「部分最適」であったことが要因です。
──なぜ、部分最適ではうまくいかないのでしょうか。
猪目 たとえば、MAは顧客接点をトラッキングして商機を推定し、優良客には手厚く、一般客にはそこそこに、といった属性に応じたコミュニケーションをするツールです。
 ところが、システム的に導入できても、コミュニケーションし分けるほどの大量・多頻度のコンテンツの制作体制がなかったりする。
 デジタルコミュニケーションの利点は、顧客ごとに対応できることですが、これだと、顧客の区分けはできても、コンテンツ不足で、対応は画一的なままなんですね。
──それではツール導入の意味がないですね。今はその反省から、企業の姿勢も変わってきているのでしょうか?
西原 部分最適でつまずいた話は山ほどあります。こうした経験を踏まえ、「全体最適」視点の必要性が理解されるようになってきました。
 部分的な取り組みは助走としては必要だったと思いますが、デジタルの特性はプロセスを一気通貫にできること
 つまり縦割り組織に横串を刺せることなので、真のメリットは、全社的な取り組みでなければ得られないんです。
猪目 早くから試行錯誤を繰り返してきた企業の中には、トップがコミットする形で、全体最適に取り組む企業が出てきています。
 たとえば、売上高1,000億円規模の機械メーカーが、グローバル共通のデジタルマーケティング基盤を作るために、2年で6億円を投資した例があります。
 その判断の裏には、同じコストで、限定された国の海外販社を作るよりも、グローバル全体のデジタル強化をした方が価値は大きいという考えがありました。
 プロジェクトは経営企画主導。営業・マーケや情報システム部門、主要国の販社などから成る横串チームで推進したことで、新たな基盤づくりは成功裏に終わりました。

デジタル活用のカギを握るのは文理の融合

──とは言え、ただでさえ思い通りにいかなかったデジタル活用をさらに大規模に推進するとなると、ハードルは高くありませんか?
猪目 デジタルコミュニケーションは、情報発信をただWebサイトやSNSに変えればいいというわけではありません。
 情報の網羅性、蓄積性、リアルタイム性、拡散性、双方向性など、デジタルの特性を活かした新しいBtoBコミュニケーションのあり方を考え、そのための業務フローやルール、情報システム基盤を整備する必要があります。
 そのための肝となるのが「文理融合」です。
──文理融合とは、どういう意味でしょうか?
猪目 ブランディングやマーケティングを文系、ITシステムを理系とするなら、両者を融合的に進めることが欠かせません。
 ですが、融合は簡単ではありません。
 そもそも、ブランディング・マーケティングはこれまで、大がかりなITシステムを使うことはありませんでした。
 しかし、デジタル時代に入り、社内の組織がそれぞれに情報発信をするようになると、顧客接点は急増し、複雑化するデータの管理・活用にITシステムが欠かせなくなってきました。
 あまり経験のないITシステムを突如使わねばならなくなったことで、ブランディング・マーケティング部署は四苦八苦しています。
 一方、システム部門のこれまでの仕事は生産、在庫、販売事務など、“決まった”プロセスをIT化することが中心でした。
 ですが、デジタルマーケティングは歴史が浅く、“あいまいな”プロセスをIT化しなければならないことが多いため、システム部門もまた頭を抱えています。
 大規模なデジタルプロジェクトを成功させるには、ブランディング・マーケティング担当がITシステムを理解し、ITシステム担当がビジネスを理解することが、欠かせない条件となります。
西原 少し前まで、Webサイトのリニューアルは、企業の広報部門かシステム部門のいずれかが管轄していることが多かったんですよね。
 サーバやシステムの調達といった理系のテーマ、コミュニケーション設計という文系のテーマの両方は昔から存在してはいましたが、当時は、お互いが必要なときだけ支援を仰ぐことでなんとかなっていました。
 しかし、現在の高度化したデジタルマーケティング基盤の構築には、広報・IT部門の密な連携に加え、営業部門の継続的な関与が欠かせません。
 広報とITの部門連携すらまだこれからなのに、強い対面文化ゆえにデジタル活用に消極的だった営業部門の参画で、文理融合はますますハードルが上がっています。
 ただ、この1〜2年はお客様の文理融合が少しずつ前進していることも感じています。
 私たちにご相談くださる部署も、新設されたデジタルマーケティング部や、社長直下のタスクフォースプロジェクトなど、ブランディング・マーケティングとITシステムの融合を試みる体制が増えてきました。
──先行する海外のBtoB企業は、文理の融合もうまくできているということでしょうか?
猪目 たとえば、第1回でも触れた世界最大の農業機器メーカーであるジョンディアの部品EC。
 まず、メーカーの直販ECと代理店の役割分担の再定義が必要です。ECは、代理店のやるべきことに影響を及ぼすからです。
 また、多種多様なユーザーが使うので、どんな人でも直感的に使えるインターフェースが欠かせません。
 この機能は、すでにあった業務用部品オーダーシステムがベースになっているので、そこにはない、顧客情報をデジタルマーケティングに活かすための新たなシステム設計が必要になります。
 これらはどれも、文理によるひざ詰めの議論が必要で、それがもう20年前にできていた。これが欧米との差です。

イントリックスが手掛けるBtoB企業のデジタルマーケティング改革

──実際に、大規模プロジェクトではどんなことをするのか、イントリックスで手掛けた例で教えてください。
猪目 たとえば、精密測定機器のリーディングカンパニーであるミツトヨさん。戦略策定からサイトリニューアルまで約2年の歳月をかけ、最近新たなサイトを公開しました。
ミツトヨのHPより抜粋
 当初はWebサイトリニューアルやPIM導入、MA導入など複数の部門プロジェクトが個別に走っていたのですが、その重要性から途中で全社統合プロジェクトに格上げされました。
 トップをはじめ経営層の高いコミットメントにより、社内リソース確保・体制づくりがなされ、文理横断のプロジェクトとなったのです。
 なお、プロジェクト自体は2年でしたが、プロジェクト化に至るまでに、3年程度の時間を要しています。大きな投資だったので、関係各者の理解を得るのに、それくらいの期間が必要でした。
西原 光電子部品・機器メーカーの浜松ホトニクスさんは、2016年よりご支援させていただいています。
 一番大きな取り組みはグローバルサイト群の刷新で、アメリカ・欧州・アジア・日本向けの4サイトを抜本的にリニューアルしました。
 製品は大きく部品と完成品があり、お客様も購買プロセスも、検討期間も欲しい情報もそれぞれ全然違う。これを1つのサイトでどう対応するかが、大きな課題でした。
 そこで、製品体系の見直しから行ない、コーポレートサイトには珍しいお気に入りや閲覧履歴の管理機能を提供し、お客様の関心に合わせて情報を出し分けることにしたんです。
浜松ホトニクス様の「閲覧履歴管理ページ」
 各サイトは、国別にローカライズされたコンテンツを出し分ける仕組みを持ち、各国の事情に合わせたマーケティング活動を可能にしています。
 また、生産中止品とその代替製品、RoHS指令(電気・電子機器における特定有害物質の使用制限に関するEUの法律)や、CE(EUの法律が定める安全基準を満たすことで表示できるマーク)といった性能基準を満たしている製品の検索を、データベースと連携。
 さらに、データベースの管理画面のUI改善も実施しました。社内システムの使い勝手はないがしろにされがちですが、これによって生産性が上がり、情報入力が増えたことで、Webサイトの鮮度が向上しました。
 事業部がITシステムを、そして、ITシステム部門が事業をしっかりと理解されていたことが、プロジェクト成功の最大の要因だと思います。
 ナノレベルの精密・高精度な真空成膜技術を持つジオマテックさんも、新規事業開発とグローバルマーケティングを目的としたデジタル活用に力を入れています。
 スマートフォンに触れると、画面が上下左右に動いたり、拡大や縮小ができますよね。これはガラスに電気を通す、高精度な膜をコーティングすることで可能になります。
 同社はその技術を駆使して、様々な分野に進出したいと考えていて、海外向けの英語のサイトを作り替えることにしました。
 まず着手したのは、「誰に」「何を」「どのように」伝えるかの解像度を上げること。海外での販売実績がそれほどなかったので、どんな人がこの技術を求めているか分からなかったのです。
 検討を進めると、同社の高精度な膜には様々な付加価値があり、幅広い応用の可能性が見えてきました。
 たとえば、光を反射させない技術は、博物館の展示品を囲むガラスに使えるかもしれない。そんな仮説をいくつも立てながら、凄さを端的に理解できるような動画を制作しました。
 その反響は大きく、それまで年に数件だった海外からの問い合わせが大幅に増えました。この時あらためて、見えにくい技術の可視化の意義を実感しました。
 ジオマテックさんではこれをきっかけに、技術をわかりやすく効果的に伝えるため、製品開発主幹の方と積極的にアイデア交換するなど、デザインやコンテンツ拡充のための部門横断の取り組みを強化し、良い結果につなげられています。
──様々な事例が出てきましたが、イントリックス自身は、文理融合にどう対応されているのですか?
猪目 イントリックスでは、人と組織の2つのレベルで文理融合を図っています。
 まず「人」。たとえば、私はCTOとしてデジタルマーケティングの基盤づくりに関わっていますが、事業戦略や製品をしっかり理解することから入り、マーケティングやコンテンツ、組織のあり方の議論にも加わっています。
 なぜなら、先述したように、デジタルマーケティングは歴史が浅いので、業務フローが確立されていないからです。
 となると業務フローづくりにITシステム側の人間が入り込まないと話が前に進みません。その結果、BtoBの事業や業務フローについて自然と知識が身に着つきました。
西原 猪目とは逆に、私は文系出身者ですが、ITに興味があり、最近まで当社のシステムコンサルティング部門に属していました。
 プロジェクトでは、コンテンツ企画・制作とシステムコンサルティングの両方を手伝っています。
 このようにイントリックスでは、文理のテーマを行き来させることで、文理融合人材を意識的に増やそうとしています。
猪目 次に「組織」ですが、「戦略」「テクノロジー」「クリエイティブ」の部門を持つことで、文理融合を図れるようになっています。
 仮にクライアントが、戦略をコンサルティング会社、クリエイティブを制作会社、テクノロジーをSIに任せたとしましょう。
 うまくいく時は良いのですが、もし三者が異なる意見を持ってきたら、クライアントが正しい判断を下すのは容易ではありません。
 結論を出すには、戦略、クリエイティブ、テクノロジーのバランスのとり方を知っていることが必要です。
 イントリックスは3分野の専門家を社内に有し、適切な落としどころを探る経験を豊富に持っている点が、大きな強みだと思っています。

トレンドを追いかける前に、基礎を固めよ

──変化の激しいデジタルで、三位一体を実現しながら、トレンドを追いかけるのは、理想であっても大変そうですね。
猪目 それは優先順位付けの問題だと思います。
 多くのBtoB企業にとって、今大事なのは、トレンドを追いかけることではなく、デジタルマーケティングの基礎を作ることではないでしょうか。
 野球をする中学生が、メジャーリーグの大谷選手を真似したくなるのはわかりますが、それはあくまで、バッティングとピッチングの基礎ができてからのこと。
 現在、日本のBtoB企業でデジタルマーケティングの基礎ができていると胸を張れる会社はほとんどないはずです。
 であれば今は、使いこなせる可能性の低い新技術やツール、サービスを調べるのはそこそこにして、基礎づくりに集中すべきです。
西原 基礎づくりとは、自社の事業特性を鑑みて、デジタルマーケティングのあるべき姿を描き、到達年数のめどとタスクの優先順位をつけてロードマップに落とし込むこと。
 そして、組織のあるべき姿と必要な人材を明確にし、人材育成と運用の自走化を行なうことです。
 たとえば、計測・制御機器メーカーの国内最大手である横河電機さんは、まさに基礎固めに力を入れている只中にあります。
 最初は、デジタルマーケティングを推進するためのガイドブック制作を当社でお手伝いしました。
 横河アメリカのデジタルマーケティング先進拠点としての知見を棚卸しし、グローバル共通で使えるノウハウに再編集したのです。
 さらに、社内向けの研修を全12回で実施し、その録画を他の社員にも見てもらうなど、ノウハウを蓄積・循環させる仕組みも構築しました。
 連載第2回のダイキンさんのお話にもありますが、グループ内にある先端ノウハウを世界で共有することは、効率的な基礎づくりに大変役立ちます。
猪目 もう一つ、事例を挙げるなら塗装機器や空気圧縮機で高いシェアと技術力を持つアネスト岩田さんです。
 同社にとって、「ハードウェア」から「サービス提供」へとビジネスモデルを変革する中、デジタルマーケティングの活用は必然でした。
 2年ほど前に30代の方々が中心となってデジタル推進チームを立ち上げ、数年がかりの計画で顧客接点のデジタル化を推進しています。現在は、まさに土台づくりのフェーズです。
 デジタル推進チームもITシステム部門も、顧客の情報収集から購買までのデジタル接点を俯瞰的にとらえる基本動作が身についており、文理が一枚岩となっています。
 最近では本社に撮影スタジオを開設。社内のデジタルコンテンツ制作チームによる企画・発信の内製化にも力を入れています。
 BtoBの製品・サービスのわかりにくさを考えると、社外に頼らず、自らわかりやすいコンテンツづくりに取り組むことは、一つの方法論ではないでしょうか。
──確かに、何をするにも基礎は重要なのに、デジタル活用では忘れられている気がします。
西原 デジタルが急速に普及し、経営計画にも組み込まれるようになったので、みなさん、現状を顧みずに「とにかく早くやらねば!」と焦ってはいないでしょうか。
 でも、何事も基礎が重要です。
 メーカーは通常、マザー工場で新しい生産技術を確立してから海外工場に展開しますよね。「おのおのどうぞ自由にやってください」ではないはずです。
 生産技術だけでなく、デジタルマーケティングも、本社の基礎づくりへの関与が必要ではないでしょうか。
猪目 業務システムの世界に「スパゲッティシステム」という言葉があります。全体最適を考えず、個別システムを積み上げた結果、もはや解きほぐせなくなってしまった状態を揶揄しています。
 ともすれば、BtoB企業のデジタルマーケティング基盤も同じ運命をたどりかねません。
 BtoBとデジタルの親和性は高く、取り組みが加速しようとしていることは歓迎すべきことです。
 しかし、今は、大事な基礎づくりの時。
 見えないことが多いからこそ、文理双方の視点であるべき姿を描き、進むべき方向を定めることが何よりも大切なのではないでしょうか。
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