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クラファン投資家の皆さんにインタビューして色々と気づいたことの一つにまさにこれがありました。億を超える資産を持ってFIREした結果、自分がやるべきことに集中する、というのはまさにカウンターカルチャーです
"人々はFIREをして今までにやって来なかったことに取り組もうと思い始めます"
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この間某外資系PEファンドのトップとお話しをしたら、「Moriさん、Die with Zeroは読んでる?資産はいかに増やすかではなくて40歳を過ぎたらいかに使い切るかを考えないとね。お金を経験に変えたり、寄付したり、投資をしたり。あっ普通に投資をしたらまた増えちゃうなあ。だから基礎研究に投資をするのがいいね。死ぬまでに資産を使い切るのは大変だよ。考えながら生きないとね」とのこと。
Financially Independentのずっと先を行っている方はだいぶ違う世界にいました。

DIE WITH ZERO(日本語版):https://www.amazon.co.jp/dp/B08K88Z2XR/ref=cm_sw_r_li_dp_E3EWB9C405NW79JKYHRQ
まだまだ「仕事は生きるための手段」という古いキリスト教の考え方が根強く、多くの中流家庭で「お金をためてできるだけ早く退職する」ことが人生の目標と思われているアメリカでの考え方をそのまま日本に当てはめようとすると少しずれます。それは投資(vs貯金)の姿勢を見ても明らかです。いちばん重要なのは「私の価値観」って何ですか?という質問かなと思いました。
どっちかっていうとコレ、ミニマリズムの生活で丁寧に生きる、みたいな世界観なんでしょうけど、そこに「資産運用で豊かな生活」みたいな話しが絡んでくるので、結局「不労所得で楽しく暮らしたい」みたいな層が飛びついてブームになっちゃってるような気がします。

占部さんを見習って、「労働が好き↔︎労働が嫌い」と「お金が欲しい↔︎お金に執着はない」という二軸で世の価値観が分布しているとすると、FIREは要は「労働が嫌いxお金に執着はない」層の生き方なんでしょうけど、そこに世の多くの「労働が嫌いxお金が欲しい」層が流入してる、ってことですかね。

いずれにしても、NewsPicksで一時期、確か落合陽一さんが言い出したか、Work as lifeという言葉がバズワード化してましたが、これとは正反対とも言える価値観で、いくつかの類型はあれ裾野は広いんでしょうね。将来は、一部のWork as life層の働きを元手に、ベーシックインカムの原資を得て、多くの「労働が嫌い」層を養うみたいな時代が本当に来るんだろうなぁ、などとも考えたりします。
FIRE(経済的独立と早期退職)、日本でも流行しています。海外翻訳本のFIRE関連書籍を読んでいるとかなりの確率で言及がある『Your Money or Your Life』。今年5月にようやく邦訳『お金か人生か』が刊行されました。
その共著者のヴィッキー・ロビンさんは近年のFIREムーブメントのインフルエンサーたちに大きな影響を与えた「FIREの元祖」的な存在です。
私たちはどうすれば幸せになれるのか。なぜ、今FIREムーブメントが起こっているのか、どういった思想なのか、根本を理解する上でとてもおもしろいインタビューです。
FIREという生き方はまだまだ少数の人たちのものです。ただ、実践する人が増え「つまらない仕事」「過重な労働」を拒否する人が増えれば、社会・経済自体が変わらざるを得なくなる可能性を感じます。
固定観念や虚栄心に追い立てられて、有限な時間を浪費してしまわないように、人生において何が重要かをしっかり考えて暮らすことの重要性が説かれています。

何かを購入するということは、仕事に費やしたエネルギーをそこに投下するということ。

例えば、すでに車を所有していて快適に走れているのに、また新しい車を買うとすると、そこで得られる効用は、対価として支払うエネルギー量、人生における投下時間に見合っているのかを問うべきです。

米国のクレジットカード所有者の大半は、リボ払いを上限まで利用しているという記事を読んだことがあります。

ローンやリボ払いなどの金利を乗せた形で、さらに支払い額を増やすことの意味を、時に立ち止まって考えなければならないと感じました。
私が十数年前にイギリスにいた時、チャリティのリーダーをしている40代の夫婦が、「キャリアでは幸運なことに早くから成功し、ある日、残りの人生を過ごすのに十分な資産があることに気付いたので、リタイヤしました」と仰ってました。リタイヤアーリーという考えは昔からあり、そこには生活する必要があるのでフィナンシャルインディペンデンスも伴っているのだと思います。ただ、昔は成功者しかそれを達成できなかったのが、今回のFIREは支出も削減するので、普通の人も達成できるコンセプトになった気がします。「足るを知る」という考えが、海外でも徐々に広まってきている気がします。コンマリの影響ですかね。
FIREという言葉をよく聞くようになっていますが、余裕のある高給取りや財を成した人がハワイでゆっくり、というイメージが想起されますが必ずしもそうではないとは述べられています。ただ、個人的にはどういう層にヒットしているのか今一つ分からない
根本として仕事が趣味のように楽しいか、金を得るための苦役か、という軸と、金に余裕があるかないかの2×2で考えると、苦役×余裕あり層は例えば金融業界で高ストレスで高級をもらっていた人など一番イメージがつきますが世の中には少数
楽しい×余裕ありの人は、やっぱり仕事をするものの、給料に拘らずに例えばNPOでもボランティアでもやりたいことをやるというのはありそう
一方で、世の中的には余裕なし層が多いだろうし、仕事は苦痛だが生きるためにやってる、みたいな人に対してFIREってどういう選択肢があるのかが良く分からないところ
なので、投資をして増やしましょう、田舎なら金はかからないよ、みたいな話なんだろうけどそれにしても無理があるように思えてなりません
お金から解放された後にも働くのは、「人間は何かに貢献したいと考える生き物」だから。
まさに、働く目的を生活のために金銭を得る手段ではなく、社会に貢献すること、自己成長につなげること、と考えるべきだと思います。
説得力のある取材記事です。ものを買う場合、その値段は人生のどれだけの時間を費やすことになるかを考えることはとても重要ですね。そしてそのエネルギーは、幸せを生んでいるかどうか。その価値があるかないかをしっかり考えようという気になりました。