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自民党総裁選や衆院選を前におかしな言動が続いていたましがとうとう思想的にも積んでしまった。「リベラル」をよくわかっていない。思想音痴であることを告白してしまいました。

「共同体の利害」よりも「個人の利害」を最優先させるという「リベラル」の核心。それは「究極の自己責任論」になります。考えてもみてください。リベラルとは「個人の努力では乗り越えられぬ属性」(人種とか性別とか歴史とか家柄とか)で人を区別するな。すべては個人に還元されねばならない。そういう考え方なんですから。

「個人が個人で乗り越えられぬ制約に縛られるのではなく個人の力を最大限に使って自分が幸せだと感じられる生き方をしましょう」と。これが「リベラルの価値」なんですよ。掛け値なく素晴らしい考え方でしょう?

けれども人種とか性別とか歴史とか家柄によるのでなくその人が個人の力を最大限に発揮した成果をどうやって認識するのか。しかもそれは「個人の努力で獲得可能な属性」かつ「誰もが客観的に認識できる属性」でなければなりません。

そのふたつの要請を満たそうとすると資格だとか経験だとか学歴だとかの「客観的指標」で評価しましょうってことになる(リベラルの中心的価値である「メリトクラシー」)。その裏には「個人が自由に行ないうる努力」=「自己責任」が前提としてある。それが「リベラルの核心」ということなのです。

個人を共同体に優先させようというリベラル。責任を人種とか性別とか歴史とか家柄などの「共同体」に帰属させるのではなく徹底的に「個人」に帰属させようというリベラル。「リベラル」と「自己責任」とは本質的には同じことをいっているんですよ。

枝野さんが問うべきだったのは「ではリベラルを突き詰めていくと救われない人が出てくるがそれをどうするのか?」ということだったのです。まるで最近のサンデル教授の問いそのままですね。それだけ現代的な命題でもあるわけですが。

近著でサンデル教授は「共同体の価値」に回帰しつつあるようです。しかしそれでは伝統的保守。しかも家父長的な。だから看板に傷がつくことを恐れてかサンデル教授ははっきりと結論を出していません。サンデル教授は学校の先生ですからまあそれでもいいでしょう。でも枝野さんは政治家ですよね。しかもリベラルに支持される政党の党首ですよ。さてどうします?