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私が国会の赤絨毯の上で駆けっこをしていたのは1992年から94年でした。着任した時は「竹下派支配」の最盛期。永田町では竹下派にあらずんば人にあらず、という空気感が重くたれこめていました。盟主・竹下登、ドン・金丸信、小沢一郎氏ら七奉行と呼ばれた重鎮が権勢をふるい、二階幹事長は小沢氏の数いる腹心の一人に過ぎず、安倍元首相はまだ国会議員になっていませんでした。それから東京佐川急便事件を契機に竹下派が分裂、自民党下野となるわけですが、七奉行が去ったり亡くなったりした竹下派を、兄の名代としてしっかりと守ってきました。私は二、三度取材しただけでしたが、NHK記者出身だけあって報道の意義について理解の深い人でした。お疲れ様でした。合掌。
質問取りにまで大変気を遣って頂き、通告と違う質問を議場ですることになっては質問取りが後々辛い目に合うのではと、毎回「この質問以外はしませんからね」と言って下さったのを覚えています。

ご冥福をお祈り致します。
【政治】兄の登氏の後継で7回も当選を重ねていたのか…。竹下派は誰が継承するのだろうか?