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10代少女にだけ有害というわけではなく、切り取られ加工された情報が社会に与える影響が大きい、まさにインフルエンシャルであることの裏返しということでしょうか。

綺麗な顔ばかり見ていると、自分に満足できなくなったり、友人や恋人にも不満を持つかもしれない。美味しそうな食事ばかり見ていると、普段の食事が平凡でつまらないものに見えるかもしれない。綺麗な景色ばかり見ていると、自分の地元がいかにも平凡な風景しかないつまらない土地に見えるかもしれない。

本当はどれもそんなことはないのですが、確かにまだ現実世界を多く知る前にネット上の情報をシャワーのように浴びると、異なった価値観、またそれによって精神的影響があるというのは全く不思議ではありません。

インタグラムが悪いというよりも、ネットだけに依存せずバランスよく現実社会との接点を維持できるか、そういうことなのかなと思いました。
SNSビジネスは、人が自然に持っている「承認欲求」を儲けの源泉にしている。
承認欲求は、満たされても満たされても、自分の幸福とは関係がない。他人からどれだけ承認されても所詮は他人の価値観に基づくものだからだ。
老若男女関わらず、自らの価値観が形成されていない人にとって、承認欲求には際限がない。だからアヘンのようにこの手のビジネスは拡大してきたし、これからもそうだろう。
ただ、この研究のようにSNSの問題については、だんだんとデータも収集され、分析的なアプローチが可能になってきている。国家にとってメリットがなければ将来的に規制対象となるだろう。逆にFBなどがSNS税などを追加的に収めるならばタバコのように生き残るか・・・
WSJは「Facebook files」と題し先週5回にわたってFacebookの闇ともいえる部分を暴く特集記事を展開しています。今やインフラともいえるFacebookの問題だけでなく、WSJの取材力のすごさにうならされました。
https://www.wsj.com/articles/the-facebook-files-11631713039?mod=hp_lead_pos11
人生をハレとケに分類するとしたら、ハレの瞬間を数多く投稿するのがinstagramなどのSNSの特徴。

したがってタイムラインはハレが大きく埋め尽くされ、それを見るたびに自分自身の人生の当たり前の基準が知らず知らずに上がっていく、という構造があるように思います。

人生の山と谷を漏らさず記録し、受容できるようなライフログが人生を豊かにするように感じるのですが、SNSはその役割を担ってもらうのはなかなか難しいですよね。
依存症については、精神科医の松本俊彦さんの『薬物依存症』(ちくま新書)がとても詳しく説明してくれているのですが、この中で述べられていることは、薬物依存などの依存症は、つらい状況への自己治療として生じる、ということです。例えば、家庭内がDVなどでつらい状況に対して、アルコールを飲むことで自分を慰めることを続ける、というのがアルコール依存になる、という具合です。
その観点から見てこの問題が複雑なのは、人と人の繋がりを確保することのストレスを解消するためのツールが、人と人の繋がりをむしろ希薄化させ、かえって不安やプレッシャーのストレスを生み、依存症を生み出している、ということかと思います。
人間と人間の手触りのある繋がりというものを結局の所SNSは全く代替できないどころか、切り刻むものなのかもしれません。
インスタに限らず、SNSを見ると煌びやかな人が多くて疲れる事がある。さらにこれはたくさん共感を得られるはずと思って発信しても、いいねは全くと言っていいほどつかない事もよくある。別にいいねが欲しいわけじゃないっていう気持ちになりかけるんだけど、やっぱりいいねは欲しい。さらに画像や動画で凄さを感じると、追いつける見込みを感じない一般の普通に生きてる僕たちは嫌悪感に陥ることもあるだろう。気楽に生きる方法をみんなで求める世の中になっても良いのかなと思う時があります。
SNSの中毒性は以前からいわれていることです。何事も、見すぎ、使いすぎ、◉◉すぎには注意が必要。

サービス提供者であるFacebookなどは、タバコと同様に、利用者への注意喚起をする義務があります。はやくそういう対処をしたほうがいい。
テレビやラジオには放送法や倫理委員会などかなり厳しい規制があります。青少年(だけではありませんが)にとって有害とみなされれば規制の対象になります。これは公共の電波を使うためです。
ネットにはそれがない。あくまでも自主的に規制されるのを待つしかない。なんでも規制すれば良いとは思いませんが、さすがに野放しでいいのか、と疑問に思います
発信されることへの自己の共感、自己が発信したことへの共感を求める気持ち(そしてそれが満たされたときの中毒感と満たされなかったときの不安)。
共感含めた感情的欲求は人を動かす力がある。ただ一般的に共感にはあまりマイナスのイメージはなく、無意識的に排他的になったり多様性を排除したりする傾向もあるように感じる。下記でコメントしたことだが、そういった共感との付き合い方を個人も社会もプラットフォームも向き合う必要があると感じている。
https://newspicks.com/news/6196254

上記でも紹介した「共感という病」という本は、その観点でオススメ。
共感という病:https://amzn.to/3kizOkC
別にSNSだけの話ではなく、ニュースやYoutube、雑誌、どんな情報媒体も同じリスクをはらんでて、当然情報の泉としての"良さ"もある。膨大な情報量に対する距離感の取り方は、本来家庭教育の中で早い段階から教えていくべきものではないのかな。プラットフォーマーがいくら注意喚起しようとも、中国みたいに強制的な規制がかからない限り、コントロールできないでしょ。そこに責任を追求したり、逆に責任を果たしてるとアピールされても、実勢を伴わないから虚しく響くよね。