2021/9/29
日本初「アートをみんなで所有する」ANDARTの勝算
NewsPicks Inc. brand design, editor
2021年3月、あるデジタルアート作品が、約75億円(6900万ドル)で落札された。
Beeple『Everydays - The First 5000 Days』(出典:CHRITIE’Sウェブサイト)
老舗オークション「クリスティーズ」に出品されたのは、アーティストBeepleによるNFT(非代替性トークン)を用いたデジタルアート。
この落札額は、現存アーティストのオークション金額第3位となった。
近年、世界的に盛り上がりを見せるアート市場。しかし日本では、世界に比べてアート産業の市場規模がかなり小さい。
そもそもアート産業の実態を把握しようにも、未整備な情報が多く、長らく市場規模ですら信頼性の高い形で明らかにされてこなかったのだ。
1990〜2000年代前半は十分なオークション出品数が観察されておらず、オークションハウスも1カ所だけに限定されていたという。
日本のアート市場規模を欧米と比較して、かなり小さいことがよく取り沙汰されるが、これは商品性の違いであると考えられる。
欧米や中国ではアートはその定義からも商品性からも明らかに認識されている。美術品のための税制も整備されている。
美術館やメディアも巻き込んだアートの商品性の認識の変更が必要となるが、そもそも価格推移を分析して資産性を証明することも必要となる。
(「日本のアート産業に関する市場調査2020」(一社)アート東京、(一社)芸術と創造「第3部:考察と今後の課題」より引用)
日本人は「見るけど買わない」
「日本のアート産業に関する市場調査 2020」 (アート東京 / 芸術と創造調べ)によると、日本は美術館の来場者数が世界トップクラスだ。
そんな「アート好き」な国民性にもかかわらず、アート作品の流通総額は全世界のうち3%以下。
日本人のアートの「鑑賞」と「購入」の間には、大きな隔たりがある。
現代アートと骨董を含む全世界のアート市場規模は、現在約6兆〜7兆円。一方で日本の市場は3000億円ほどで、さらに現代アートに限ればわずか300億円程度にすぎない。
その背景には、これまで日本国内に「アート作品を買う場所がなかった」ことがある。
特にtoCのアート売買の場は、ほぼギャラリーと百貨店のみで、一般の消費者に広くアート作品が流通しているとは言い難い。
アート市場に挑むスタートアップの勝算
既存プレイヤーによる強固な業界構造のなかで、一般には手の届かない金額で作品が売買される「閉ざされた」日本のアート市場。
そこに挑むのが、2018年創業のスタートアップ企業ANDART(アンドアート)だ。
同社は日本初のアート作品の共同保有プラットフォーム「ANDART」、アート作品のセレクトストア「YOUANDART」など、アート購入をテーマに事業を展開している。
ユーザー数は2021年に1万人を超え、その約7割が初めてアート作品を購入した人たちだという。
なぜ、いちスタートアップ企業がクローズドなアート市場に挑戦できたのか。日本市場のポテンシャルはどこにあるのか。
代表取締役CEOの松園詩織氏に聞いた。
日本にない「買うカルチャー」を作る
──「日本にはアート購入の文化がない」と言われるなかで、ANDARTのローンチに踏み切った背景には、どのような勝算があったのでしょうか。
松園 「所有の概念が変化している」時代性と、「これまでアートを購入できる手段がなかった」新規性ですね。
私はもともとアートが好きで展覧会にもよく行くのですが、作品がどこで買えるのか、そもそも購入できるのかなんて考えたこともありませんでした。「見るけど買わない」の典型ですね。
「好きなものを手に入れたい」ニーズがあるのに、日本ではこれまで気軽にアート作品を手に入れる手段が存在しなかった。
逆に言えば、選択肢や機会さえあればアート作品を買う人はもっと増えるかもしれません。
前職で国内アートフェアのプロジェクトをを担当し、マーケティング目線でリサーチした際にも、やはり「日本ではアートを買うカルチャーが生活に根付いていない」と実感しました。
また、最近では「買わずに利用する」「いらなくなったら他の人に譲る」などさまざまな所有の形が浸透していますよね。
シェアリングやサブスクリプション、フリマアプリなど、モノの持ち方の概念が変わってきています。
たとえば、シェアリングが登場したばかりの10年前には、「個人でモノを持たない」仕組みに懐疑的な人もいたはず。
ですが、人々の中に「新しい所有」のニーズがあったから、さまざまなサービスが生まれ、所有の選択肢のひとつとして浸透しています。
いま少しずつ話題となっているNFTやアート投資も同様です。
こうした、みんなが「気になるけど、まだよく分からない」ところにビジネスチャンスがある。投資家にも「必ずアート業界は来る」と自信を持って言えます。
「アート作品購入×新しい所有」というテーマにポテンシャルを感じて、2018年にANDARTを起業しました。
1万円でウォーホルのオーナーになれる
──「アート作品購入×新しい所有」、ですか。「ANDART」でできる所有の形とはどういうものかを教えてください。
「ANDART」は、弊社が所有するアート作品のオーナー権を一口1万円から購入できるサービスです。
オーナー権とは、各アート作品の共有持分権(所有権)であり、優待を受けられる権利のこと。
取り扱うのは主に現代アートです。バンクシーやアンディ・ウォーホル、KAWSなど、35点(2021年9月24日現在)の作品を取りそろえています。
Andy Warhol『KIKU』 (F&S II.308)(出典:ANDARTのHP「取扱作品」)詳細は画像をタップ
ユーザーは権利購入してオーナーとなった作品を、デジタル上でコレクションしていきます。
これまで手が届かなかった高額作品や、家に飾りづらい大型作品なども気軽に購入できるのが特徴です。
取り扱うアート作品は基本的に弊社が買い切っていますが、一部「コレクター出品」もあります。
これは、「新たに作品が欲しいけれど、今ある作品を手放したくはない」というアートコレクターの方に、所有権の何割かをご提供いただく仕組みです。
従来、作品を所有する場合には、持つか手放すかという「0か100か」の選択肢しかありませんでした。
それがANDARTを介すると、自分が大切に思う作品を多くの人と分かち合えるようになる。
コレクターの方々にとっても、そんなふうに「新しい所有」を体験していただければと思っています。
──それぞれが好きな金額だけ支払って、「共同で所有する」ということですね。
その通りです。ANDARTはデジタル上での新しいコレクション体験を提供するサービス。
従来の画廊などで作品を購入する業態とは、まったくビジネスモデルが異なります。
「作品を家に置けないなんて意味がない」という意見を頂くこともありますが、物理的なモノをそばに置くだけがすべてではないと考えています。
デジタル上で好きな作品を気軽に購入しコレクションする楽しさと、定期的に生でも作品に会いに行くという新たな所有の形を提案しています。
具体的には、気に入った作品をより気軽に、デジタル上で権利として購入できて、時には実物を鑑賞できる。
そんなリアルとデジタルのバランスの取れたサービスをANDARTは目指しています。
また、今年の4月に弊社の株主に迎えた寺田倉庫株式会社では、作品をオンラインで管理できるアプリをリリースされました。
実物が手元になくてもコレクションを管理し楽しめる仕組みは、これからもっと増えていくと思います。
──こんな質問は無粋かもしれませんが、そもそも美術館で鑑賞するだけでなく「アートを所有する」ことで得られるメリットとは何でしょうか。
これは実際にぜひ体験してみていただきたいのですが、一番は「アイデンティティが豊かになること」かと思いますね。
「見たことある」だけではなく、実際に経済的関与=購入するかしないかは実は大きく違うと思っています。
“好きなものを買い、集める。”という行為を通して、より手触り感を持ってアートを感じたりより深く知りたくなったりという循環も起きています。
自分自身が何に惹かれ、共感し、選び、買ったか。コレクションとして可視化されていくことで、その人のアイデンティティが深みを増すのだと思います。
これはファッションや音楽のプレイリストを通して、他人を知るきっかけになるという事象と同じですね。
「所有権」へのシフトが画期的といえる理由
──この9月からは「ANDART」の商品である「オーナー権」は、従来のサービス内での優待を受けられる「会員権」から「所有権」に変わりました。この変更で、ユーザーにはどのような影響があるのでしょうか。
大きく2つありますが、明確に変わるのは「アート所有権がユーザーのものになること」「マーケットでリセールした際に売却益を還元できること」です。
所有権をユーザーさんにお渡しすることにより、作品そのものを売却するかの意思決定にユーザーの方が参画することも可能になります。
これまではANDARTが作品を購入し、代表してオーナー権を保有していましたが、その法律上の所有権(共同持分権)を各ユーザーにお渡しします。
弊社は引き続き、オーナーの方々の代表として作品の仕入れや維持管理など運営を担当します。
所有権がユーザーにあることで、法律的にも作品の所有権がユーザーの資産となります。
また、万が一ANDARTが倒産してもアート作品を守れる点もポイントです。私たちはスタートアップ企業なので、「ANDARTがつぶれたら作品も押収されてしまうのでは」と心配ですよね。
「ANDART」会員同士で売買するだけでなく、外のマーケットにリセールしやすくなることは、アート作品の「資産性」という側面をよりお楽しみいただけると考えています。
──アート作品の「資産性」とはどのようなものでしょうか。
マーケットでの「資産性」とは「将来にリセールできること」。ただ資産として持っているだけでなく、いずれ売り出して利益やキャッシュを生む可能性がポイントとなります。
「ANDART」ではアート作品ごとに最低保有期間を定めて、期間が満了した際はオーナー総会を開きます。
そこで作品オーナー様の多くが「一般のマーケットに売りたい」と判断すれば、作品を手放すことが可能になる。つまり再度売り出すことができるんです。
アート作品は世界中で価値が認められ、リセールバリューが高い。
グローバルマーケットで資産性の高いものを1万円から購入できることは、これまでアートに興味のなかった人にとってもメリットになると考えています。
リアルマーケットでは大幅な価格上昇も
──なるほど。そもそもアートの資産価値とはどのように決まるのでしょうか。作品の価格は株式のように変動するのですか?
まず、世界的に評価が確立されている人気作家であれば、急に作品の価値が完全なゼロになることはほぼないかと思います。
アートの価値のコア原理は「希少性」にあります。
あらかじめ上限が限られた作品に対して、世界の需要が高ければオークションの場において入札合戦が始まり価格が上昇する。需給のバランスがどう働くかなんです。
実際、今年7月に行われた「毎日オークション」では、共同保有作品のバンクシーの『Jack and Jill』のエディション違いの作品が約1500万円(ANDARTの出品価格 670万円の約2.1倍)で落札されました。
Banksy『Jack and Jill (Police Kids)、2005』(出典:ANDARTのHP「取扱作品」)詳細は画像をタップ
このようなリアルマーケットでの大幅な価格上昇も、アート市場では常にあることです。
アートにお金を払う「ポジティブな循環」
──アートを資産として考える理由や、面白さが分かってきた気がします。
何かに投資して価値が上がったり、利益が出たりすればうれしい。そこが一般的な投資の面白さでもあり、「ANDART」のサービスにも通じています。
でも、正直に言えば、アートを完全に投資と捉えるとすると、これまでの業界慣習もあり一次情報がまだ出づらかったり、流動性が高くないなど難易度は高く、利益を出したいなら株式や不動産の方が手堅いかもしれません。
ANDARTが提供するのは、あくまで「これまでのアート購入をデジタル化すること」。
リアルなアートマーケットにおいては作品の価値が上がるものもあれば上がらないものも当然出てきます。
ANDARTの現状の会員も「価値が上がるから」ではなくて、「好きな作品を買う。その先に価値が上がったらうれしい」という順番のモチベーションの方が多いです。これは現状いるアートコレクターのリアルでもあります。
また、作品の価値が上がるということはつまり、「自分と共感する人が増えた」から。
そのうれしさは、ただ利益を上げるだけの投資とはまた違うポジティブな循環につながると思います。
私個人としては、ビジネスとしてアート事業に取り組んでいますし、コレクターにとっても利益が出る仕組みはあった方がいいという立場です。
ただし、アートを金融商品のように扱いたいわけではありません。利益はあくまでも副次的なものだと捉えています。
スタートアップでも世界に挑戦できる
──「新しいアート体験」をもっと広く届けるには、何がポイントになりそうでしょうか。
とにかく、私たちが「良い作品」を仕入れ続けることに尽きると思います。ANDARTが考える「良い作品」とは、ユーザーが欲しいもの。
マーケティングチームで日々ニーズを探って、マーケットや会員の反応から作品を見極めて仕入れるように心がけています。そのために世界中のネットワークを拡大中です。
たとえば、弊社は貴重なバンクシーの作品を仕入れられるチャネルとつながっています。
作品を調達するネットワークやコネクションは簡単に構築できるものではありませんから、こうした話題性のある作品を手配できることも強みです。
「ANDART」では自社のサービスにとどまらずアートとの出会いを後押ししている。 ANDARTを通じてGMOインターネットグループ代表の熊谷正寿氏が購入したバンクシーの「風船と少女(Girl with Balloon)」は、9月5日に渋谷フクラスにオープンした「世界一小さな美術館@GMOデジタル・ハチ公」で展示されている。
また、アートは非言語で境界がなく、スタートアップ企業でもグローバル市場でチャレンジし得るテーマです。
「アートが好きで購入する」ニーズは圧倒的に海外の方が高いので、来年には海外進出して、ポテンシャルを試したいですね。フロムジャパンのアート、アーティストを海外に広めていく手段としても有効だと思っています。
アートの購入や所有を、日本のニュースタンダードにしたい。
未来には、海外アーティストの作品や日本のアーティストの作品がもっと充実して、「好きだな」と思った作品を当たり前にANDARTでやりとりできる状態を作りたいです。
ANDARTではオーナー権を3枠以上持つ方を対象とした限定イベント
「WEANDART」を開催。バンクシーなど共同保有作品の展示や、ライブペインティングなどを体験できる。
応募は10月15日(金)まで。詳しくは
こちら日時:10月30日(土)〜10月31日(日)、12:00-18:00
場所:WHAT CAFE
執筆:柴田祐希
撮影:小池大介
ヘアメイク:大坂ひとみ
デザイン:ソートアウト
取材・編集:安西ちまり