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20年前のあの日から、アメリカの分断が始まったのかも知れません。
前年の11月3日、揉めた米大統領選。フロリダ州で、ほんとうは勝っていたゴア元副大統領を破って共和党・ブッシュ候補が当選して大統領になってしまったのが悲劇の始まり。同じことが繰り返されないことを祈るばかりです。
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テロを起こすのは「テロリスト」なのか、「テロリストを生む価値観」なのか。この20年間、「テロという行為を行う主体」と「テロという行為を引き起こす価値」の間での問いに、答えのないまま二つの戦争を起こし、未だに答えがない。
他事ながら、人生で3度かかわったWTC。日本にまだ高層ビルが少なかった1978年に訪れて吹き抜けのロビーの巨大なエレベーターに度肝を抜かれたのが初めてで、戻って来ると夢にも思ってもいなかったこのビルの北棟(1WTC)の北東の角に部屋を貰って信託会社の立て直しのため1992年に赴任したのが2度目のことでした。1993年2月に地下の駐車場が爆破される最初のテロに見舞われて、暗い階段を2時間かけて降りて雪の地上に出て、立ち入り禁止になったビルの近所のパインストリートに仮オフィスを構えて数か月過ごしたものでした。点検補修を終えて戻ったオフィスの机の上に置かれていた“Welcome back to the World Trade Center”と記された濃紺のマグカップは今でも我が家に眠っています。
そして3度目が2001年9月11日のテロでした。当時担当していた事業本部傘下の現地法人がビルの近所のパインストリートにあって、同じく支社がハドソン川を挟んだ川向に存在し、ワールドトレードセンターの地下を通る地下鉄で通勤している従業員が多くいたのです。一杯機嫌で家に帰ってテレビを見たら飛行機が突っ込んだ様子が放映されていて、その後、ビルが崩れる様子を見たんです。即座に横浜の自宅からニューヨークに電話を入れて夜を徹して安否確認し、翌朝には全員の無事が確認できました。一旦現地法人に辿り着きながら状況を見に出てビルの崩壊の砂塵に巻き込まれて埃だらけで命からがら戻って来た社員もいたそうな。
全てが無に帰したグラウンドゼロを訪れ、再建なったWTCをコロナ禍直前の昨年1月に再び訪れましたけど、あの2本のビルの喪失感は今でも癒えません。あれから20年の月日が流れたわけですね・・・ 平和な世界が戻って来ることをひたすら念じるばかりです。
お互い自分達の主張や利益を通すための行動がこのイタチごっこを産んでいます。ただ、そこに固執しているのはトップ数パーセントの人だけで、そのために大多数の平和を求める人々が巻き込まれる世界はどうにか変える必要があると思います。
もう20年なんですね。会社のテレビで見て衝撃を受け、現実のものと思えなかったのを今でも覚えています。
20年後の今、パンデミックの最中でのタリバン政権復活や米中冷戦の顕在化、香港の中国化などまた世界は不穏な方向に向かっているのを感じてしまいますね。
アフガンから急いで撤退したのもこの20年の式典のためかと思うと、長い間の駐留と撤退で亡くなった人がいるという事実が重たい。撤退自体はいずれはせざるを得なかったのかもしれないので、その意味では節目に区切りを付けたというのは一つの成果なのかもしれないが。
一日平均1,642人がコロナで死亡してる現在、2977人の追悼式典を開いてるのが謎

https://www.nytimes.com/interactive/2021/us/covid-cases.html

https://twitter.com/Covid911s/status/1436630703408652288?s=20
もう20年になるのですね。
あの日、日本で、家に帰ってきてから翌日の朝までずっと起きていて、どのように過ごしたか今でも鮮明に思い出せます。
CNNのアンカーが涙ぐみながら放送していたのを、涙を流しながら観ていました。

私の人生の中で一番衝撃的な歴史です。これ以上の衝撃的な出来事が起こらないことを祈ります。
あれから20年。NHKでも明日、NHKスペシャルがあり、Netflixでもドキュメンタリーが公開されたりと、改めて注目が集まっています。衝撃的な映像が頭に残っていますが、改めて向き合いたいなと思います。
どんな相手であれ「力」で相手を負かすのは本当にスッキリするものです。だからこそ「スカッとなんちゃら」なんていう番組が流行ったり、論破なんて言葉が流行ったりするんでしょうね。なろう小説の常套手段といえば、圧倒的暴力、権力で無法な相手を黙らせるというものです。相手が悪ければ暴力は許されますか?万引き犯を死なせることは許されますか?

悪を倒すために振り上げた拳同士が戦争を生みます。では悪を赦して拳を下ろすことは正しいのでしょうか。
戦争をしない誓いは立派ですが、戦争屋に対して戦争の誓いはどれほどの意味を発揮するでしょう。何を奪われようとも赦せるならばそれもいいかも知れませんが。

結局は自分の周囲に火の粉が降り掛からなければなんでもいいと思う国民性なんじゃないかと最近思えてきました。
アメリカに非常に大きな傷を残した9.11。

一方で、この裏側でこれ以上の一般市民の方々がアフガニスタンやイラク、中東エリアなどで犠牲になっている。
先日のアメリカの誤爆も、もしフォーカスを当てると亡くなった方々にはそれぞれの人生の物語があったはず。

只々世界が真の平和になることを心から祈ります。