2021/9/22

【必修】デジタルを動かす「プログラミング・ネイティブ」を育てる

NewsPicks Brand Design / Senior Editor
 社会のDXが進み、あらゆるサービスにデジタルが介在する。そんな時代に向けて小・中学校でのプログラミング教育が必修となり、子どもたちが遊びながらプログラミングを学べるようなビジュアル言語やツールも増えている。
 今回取り上げるのは、渋谷のITベンチャー第1世代であるサイバーエージェントと1990年代から基礎学力を重視した個別指導に取り組むスプリックスが協業し、「教育×IT」をマスに広める「QUREOプログラミング教室」。すでに全国約2500カ所に展開された教室は、デジタルネイティブの次の世代の育成を始めている──。

渋谷のIT企業×長岡の教育企業にできること

── 渋谷のITベンチャーの第一世代であるサイバーエージェントと、長岡で創業し、学習塾や教育ツールを全国に展開してきたスプリックス。両社はどんな経緯でジョイントし「キュレオ」を立ち上げたのでしょうか。
飯坂 スプリックスは「教育×IT」で世界No.1を目指して、「森塾」や「自立学習RED」といった個別指導塾を全国で数百拠点展開しています。
 教育には流行り廃りがありますが、私たちは顕在化したニーズに合わせてプロダクトを作っていくスタイル。プログラミング教育のニーズは小学校でプログラミングの必修化が発表された2018年から急激に高まり、その前後から我々も教育ツールの開発と事業化に取り組んできました。
 その際、CA Tech Kidsのプログラミング教材「QUREO」に出合って一目惚れし、このレベルのプロダクトを短期間で作ることは難しいと考えて、お声がけしたのがきっかけです。
上野 CA Tech Kidsは、もともとサイバーエージェントの小学生向けプログラミング教育事業として2013年に設立されました。初期から小学生向けプログラミング教室「Tech Kids School」を運営し、その教育ノウハウとサイバーエージェント社内のゲーム開発のノウハウを融合して開発されたのがプログラミング教材の「QUREO」です。
 2018年2月にQUREOをリリースし、スプリックスさんとの協業が持ち上がったのが、その年末。わずか3カ月ほどで話がまとまり、2019年4月には両社のジョイントベンチャーとして「株式会社キュレオ」を設立しました。
── それから「QUREOプログラミング教室」を展開して、2年で2500拠点。すごいスピードです。
上野 最初は、学習塾というとコンサバティブでITと縁遠いイメージがあったので、正直、うまくいくのか半信半疑だったんです。しかも、東証一部上場の教育企業で、本社が新潟。はたして、サイバーエージェントの社風とマッチするだろうか、と。
 でも、ご一緒してみてベンチャー企業が真っ青になるぐらいのスピード感と推進力に度肝を抜かれました。衝撃でしたね。
飯坂 スプリックスは教育事業を通して学力格差をなくすことを目的にし、科学的に物事を見る企業です。
 教育という正解のない世界を少しでも改善し続けるために「数値」を判断軸に据えているため、以前からITやデータも活用しながら教材やサービスを開発してきました。現場のフィードバックを重視し、素早く意思決定を行えるのがユニークな点であり、強みでもあります。
 社風として、一度意志決定があれば、マネジメントから現場までが躊躇せず全力で取り組む。そして結果が出れば、そのフィードバックをまた数値化し、改善につなげる。現場での人と人の対話を重要だと考えるからこそ、組織や仕組みにおいてはすべてを数字でコントロールする文化があるんですよ。
上野 EdTechがブームになり、ベンチャーを中心にテクノロジーの側から教育にアプローチする企業は多くあります。一方で、個別指導塾というこれまで教育ビジネスの本丸を手がけてきた企業が、自前でITを使った教育コンテンツを開発しているのは希有な例。
 話を聞くたびに、本気で「教育×IT」で世界No.1を目指すという思いが伝わってきました。

最高の教材があっても“学び”は得られない

── サイバーエージェントでは2013年からTech Kids Schoolを開校しています。当時からプログラミング教育にはニーズがあったのでしょうか。
上野 Tech Kids Schoolは、IT企業であるサイバーエージェントが、将来のIT人材を育成するための場としてスタートさせた、小規模なプログラミングスクールでした。当時は事業としてスケールさせることよりも、社会貢献としての側面が強かったと思います。
 私の考えでは、プログラミング教育の市場には大きく分けて今までに3つのフェーズがありました。
フェーズ① 黎明期
 1つめは2013~2016年の初めごろ。この頃子どもにプログラミング教育を受けさせようと考えていたのはイノベーター層です。語弊を恐れず言えば、意識が高く、可処分所得があり、教育熱心で、親自身も経営層だったりIT企業に勤務していたりする方が多かった印象。
フェーズ② 成長期
 2つめは、2016年4月に安倍元首相がプログラミング教育必修化を宣言してから2019年まで。親御さん自身はITがよくわからないけれど、その重要性は理解しているというアーリーアダプター層のニーズです。
フェーズ③ 普及期
 そして、2020年以降が3つめのフェーズ。学校でプログラミング教育が始まったことをきっかけに興味を持った一般層のニーズです。事実、QUREOプログラミング教室の生徒は小学校中学年以上が主でしたが、2020年以降は低学年から入校を希望する親御さんが増えています。
 Tech Kids Schoolがカバーできるのは、イノベーター層か、せいぜいアーリーアダプター層まで。2013年には同様の教室はほとんどなく、サイバーエージェントが実践的なプログラミングを教えることに価値を感じて地方から渋谷に通う生徒もいらっしゃいました。
 でも、高度IT人材を育てようというアプローチは、教育として広く普及させるものとは異なります。第3のフェーズを目前にスプリックスさんと出合い、より広い展開に踏み出せたのは、今思えば奇跡的だったなと感じます。
── では、QUREOプログラミング教室には、1997年から数多くの塾経営をしてきたスプリックスのノウハウがどのように生かされているのでしょう。
飯坂 今のお話しの流れでいえば、スプリックスの強みは家庭や地域の環境によらず、広く基礎教育を普及させること。
 私たちは創業以来、もとから勉強が好きで得意な子ではなく、教室の後ろにいる“その他大勢”の子たちに成功体験を与え、勉強を好きになってもらえることを目指してきました。
 森塾やREDなどスプリックスの学習塾では、生徒は自立学習を前提に開発された教材を使って自分で学習し、講師は生徒をモチベートしながらわからない点をサポートする役割を担います。
 その意味で、「QUREO」にもさまざまな自立学習を促進する工夫が凝らされていたのは理想的でした。ゲーム感覚でプログラミングを学び、スモールステップでできることを積み上げていくQUREOの特徴は、スプリックスとの親和性がとても高かった。
 我々が持つ教室展開や、一人ひとりの生徒に向き合う個別指導のノウハウがあれば、講師がプログラミングのプロでなくても授業が成立するからです。
上野 IT企業はいいツールがあると、「早く使ってもらおう」「SaaSモデルで展開しよう」といった発想になりがちですが、教育ツールを普及させるには、教室や指導者が重要です。いい教材があっても、生徒に学習を丸投げするだけでは成果が出にくいんですよね。
 私たちがこれにいち早く気づき、スプリックスさんとの協業に踏み切れたのは、Tech Kids Schoolを運営した経験があったからです。
飯坂 学習を継続するためには、子どもたちが自身の成長を実感するための客観的評価も重要です。スプリックスでは小学生から高校生を対象とした「プログラミング能力検定」を開発し、2020年12月から実施しています。
 現在はレベル4までをリリースしており、各レベルで10~15項目のプログラミングの概念の理解度を測ることができます。
 このような指標があれば、親子や先生が学習成果や課題を共有でき、次に取り組む目標が明確になります。試験後は、現時点の理解度と、理解できていない概念の学習法をフィードバックします。
上野 プログラミングが一般化するならば、いろいろな目標があることは望ましいことです。検定でひとつ上のレベルを目指す子も、自身が書いたコードでコンテストに出る子も、ただゲーム感覚で楽しむ子もいていいということですから。

1億3,000万人の“プログラミング・ネイティブ”を

── すでに小中学校ではプログラミング教育が必修化され、2022年度からは高校での必修化も決まっています。おふたりは、この先にどんな展望をお持ちですか?
飯坂 現在、QUREOプログラミング教室の教室数は、全国に2500弱。スプリックスとしてお取り引きのある教室はおよそカバーできたと考えています。
 この先は、教材としての「QUREO」、プログラミング能力検定ともに、他の学習塾やプログラミングスクールへの導入数を増やしていく。加えて、最終的には公教育のツールとしてより広く普及させるような未来を目指しています。
 プログラミング能力検定は、すでに東京都港区など自治体単位でも導入されるようになり、手応えを感じています。
 小学校では1人1台のタブレットやPC端末を支給するGIGAスクール構想も進んでいます。そのデバイスを使って定期的に検定を行うようになれば、プログラミングに興味を持つ児童も増え、キュレオやスプリックスのことを知ってもらうこともできます。
 高校での「情報Ⅰ」必修化に合わせる形で、プログラミング能力検定では現在のビジュアルプログラミング言語に加えてテキスト言語による受検も可能となります。彼らが社会に出るころには、プログラミングはITリテラシーを示すための必須教養になっているはずです。
 2025年には大学入学共通テストの基礎教科として、プログラミングやデータ統計処理を含む「情報」が導入されます。いずれは英語におけるTOEICのように、プログラミング能力を示すグローバルな尺度にまで成長させていきたいです。
上野 現在のQUREOはビジュアル言語を使って感覚的にロジックを学ぶ内容になっています。教材としてのUIはある程度完成しているので、今後はテキスト言語などより高度なことを学べるように、コンテンツを拡充していくことになるでしょう。
 2013年にTech Kids Schoolを設立した当初、小学生だった生徒がもうすぐ社会に出てきます。先日、サイバーエージェント、DeNA、GMOインターネット、ミクシィの4社で開催するオンラインカンファレンス「BIT VALLEY 2021」にTech Kids Schoolを卒業した高校3年生の女の子が登壇したんですが、彼女らはプログラミング・ネイティブ世代。
 すでにコードをバンバン書いてプロダクトを作り、学校の勉強や研究にもプログラミングを活用している。まさに次世代IT人材なんですよ。
── 必修化によって義務教育でプログラミングに触れることで、子どもたちにはどんな可能性が広がるでしょうか。
飯坂 プログラミングが必修になるということは、小学校低学年から日本人全員がテクノロジーの仕組みに触れるということ。このインパクトはとても大きい。
 彼らのなかでエンジニアやITのスペシャリストになるのは一部かもしれない。でも、初等教育のうちにプログラミングに触れた子たちは、社会に出て課題にぶつかったときに、それがITで解決できるかどうかを直観的に判断できます。
 また、プログラムは100%ロジカルで、正しく命令を記述すればそのとおりに動くし、あいまいな指令では動かない。バグには必ず原因があります。
 これは、物事には因果関係があり、原因を突き止めれば解決できることを学ぶためのいい練習になるんです。
上野 まさにそこですよね。楽しみなのは。
 たとえば、将来医療の道に進むとしても、AIやデジタルツールを使わないわけにはいかない。自分が仕事で直面する課題を解決するために、「ノーコードだったらツールを作れる」とか、「社内のエンジニアにどういうツールを開発してほしいか頼むことができる」でもいいんです。
 私は、本職のエンジニアを1万人増やすよりも、1億3,000万人がプログラミングについて理解しているほうが、国としてのデジタル活用が進む気がするんですよね。
飯坂 同感です。プログラミングが必修になるからといって、みんながITエリートになるわけではない。ただ、ロジカルに物事を考え、プログラムやアルゴリズムを理解するリテラシーは、間違いなく底上げされるでしょう。
 まずはプログラミングに触れて、コンピューターという機械を動かしてみること。そうやって大雑把にでも仕組みを理解できれば、技術を恐れず、課題があっても解決できると信じてチャレンジする心が育つのではないか。私はそこに、希望と期待を持っています。