2021/9/9

【入戸野真弓】人とお金を“地域で循環”。デジタル地銀の挑戦

NewsPicks Re:gion 編集長
 SBIホールディングス、九州電力、筑邦銀行(福岡県久留米市)の3社によるジョイントベンチャーとして設立した「株式会社まちのわ」は、福岡を起点に「プレミアム付商品券」をきっかけとしたデジタル地域通貨プラットフォームを構築している。
 代表取締役社長の入戸野真弓氏、そして同代表取締役会長の宮島真一氏に、福岡で進む「地域×金融」の取り組みと、新たな地銀の役割について聞いた。
 地域経済圏の再興に向けて「金融」が果たす新たな役割とは?
INDEX
  • 地域に人とお金を循環させるために
  • “地域通貨”を地域で閉じさせない
  • 「PayPayより加盟店が多い」地域も
  • 地銀は、地域から逃げられない
  • “ローカルキング企業”も変化すべき
  • 大切なのは「どんな地域にしていきたいか」

地域に人とお金を循環させるために

──2021年5月、SBIホールディングス(SBI HD)、九州電力(以下、九電)、筑邦銀行の3社で合弁会社「株式会社まちのわ」が設立されました。何を目指しているのでしょうか?
入戸野 私たちの目標は「地域で人とお金を循環させること」です。そのために、2つのことを実現したいと考えています。
 1つめは、「域外の人とお金を、地域に取り込むこと」。観光や仕事で地域を訪れる人たちを地域の事業者に送客し、そこでお金を使ってもらえるようにしたい。
 2つめは、「地域の中で、人とお金を循環させること」。地域に住む人たちにも、外ではなく、地域の中でお金を使ってもらえるようにしていきたい。
──具体的にはどんな事業を?
 まちのわでは、地域に人やお金を誘導する仕組みとして、地域アプリ「まちの縁」を提供しています。
 地域通貨や、地域の「プレミアム付商品券」を電子化して、QRコード決済できる仕組みを、地域ごとにつくられた専用アプリで使えるようにしているんです。
──電子マネーを管理する「ウォレットアプリ」のようなものでしょうか。
 そうですね。ただ、私たちのゴールは、単なるキャッシュレス化でも、単なるデジタル地域通貨の流通でもありません。
 まちのわが目指すのは、地域に人とお金を循環させ、地域と人をつなぐ「地域振興プラットフォーム」です。
「プレミアム付商品券」のデジタル化は、その入り口の一つという位置づけです。
 アプリにはウォレット機能だけでなく、地域の情報発信支援機能も搭載しています。
 地域ごとのアプリに、地域に関する暮らしの情報やイベント情報、災害情報を載せることで、効果的な案内や集客・送客にも活用できます。
 地域にまつわるサービスを1つのアプリでシームレスに提供したいのです。

“地域通貨”を地域で閉じさせない

──地域通貨×地域情報を組み合わせて、「デジタル地域通貨経済圏」のようなものをつくるイメージでしょうか?
 表現が難しいのですが、デジタル地域通貨にこだわっているわけではありません。
 なぜなら、地域内で閉じてしまうと“外貨”が入ってこないので、経済圏が広がらず、豊かにならないんですね。
 重要なのは、“外貨”を獲得しつつ、地域内でお金をしっかり循環させていくことです。
 そのために、まずは地域内の人たちに向けて、その地域でしか使えない商品券や通貨が地域内でしっかり使われる環境をつくります。
 それが軌道に乗ったら、連携できる地域同士をつなげていきたいと思っています。地域間でお金やポイント、人が行き来するようになれば、地域経済圏の拡大に貢献できますから。
──たとえば、福岡と大分の地域通貨を相互利用できるようにするとか?
 そうですね。同じ「まちのわ」のプラットフォームを使っていれば、通貨の交換は簡単にできます。
 九州は有名無名の温泉が多数あります。温泉がある自治体同士が連携すれば、人とお金の行き来する範囲が広がります。温泉好きなお客さまを相互に送客することも可能です。
 1つの地域内で閉じているだけでは呼び込めなかった、新しいお客さまを呼び込むことにつなげたいとも思っています。
太宰府天満宮には年間850万人もの観光客が訪れる。福岡県太宰府市も「まちのわ」を導入している。
──どんな地域で導入が進んでいるのでしょうか?
 福岡県を中心に、九州の自治体での導入が進んでいます。最初の導入は2019年8月、福岡県宗像市で地域通貨「常若通貨」の発行を支援しました。
 プレミアム付商品券の電子化は、2020年9月の福岡県うきは市の「うきは市スマホ買い物券」を皮切りに、九州内の12の自治体で行われています。
 大分県日田市の「ひたpay」では、プレミアム付商品券の電子化に加えて、市内で使える電子宿泊券や電子商品券も発行しています。
 コロナ禍や豪雨災害で苦境に陥る観光事業者への誘客支援として使っていただいています。
 また仙台銀行(宮城県仙台市)、きらやか銀行(山形県山形市)と包括連携協定を締結するなど、九州外でも地銀との連携が進んでいます。
 今後は東北でも福岡発の取り組みを展開してく予定です。

「PayPayより加盟店が多い」地域も

──「プレミアム付商品券」は消費税アップの過渡期政策だったという印象が強いのですが。
 福岡県では10年ほど前から、地域経済振興の施策として毎年ほぼすべての自治体でプレミアム付商品券を発行しているんです。
 つまり、地域での認知度が高く、お店やユーザーにとってデジタル化の障壁は高くありません。一から加盟店やユーザーを開拓する必要がないのです。
 地域によっては「PayPay」よりも、まちのわが提供するアプリのほうが利用できる加盟店が多い場所もあります。
 また、電子化によって紙の商品券のデメリットも解消できます。
 現金化までの時間を短縮できますし、申し込みから抽選、購入、利用、精算までをアプリ上で一貫して行えるので、若年層や働き盛りの世代に対して、地域での消費を後押しできるメリットもあります。
──地域にお金が落ちるよう、加盟店を地場資本に限る、といったような線引きはありますか?
 電子化を機に、地元の事業者を意識して追加していくことをおすすめしています。
 各地の地銀さんからは、「地場のお店へ送客する機能を持たせたい」「地域の中小企業の福利厚生パッケージとして提供したい」といった相談もいただいています。

地銀は、地域から逃げられない

──「まちのわ」の創業経緯を教えてください。
 私自身はもともとメガバンクでキャリアをスタートさせ、SBI HDに転じて住信SBIネット銀行でスマート認証やカード事業の立ち上げを担当してきました。そして2018年に筑邦銀行に着任し、福岡へ移りました。
 メガバンク、ネット専業銀行、地方銀行をすべて経験し、それぞれを俯瞰すると、メガバンクには圧倒的な資金力とリソースがあり、ネット専業銀行には優れた商品ラインアップがあります。
 しかし、各地域の膨大な事業者、中小企業に深く入り込んでいるのは、その地域に深く根を下ろしている地域金融機関なのです。
 地銀が保有する細やかな地域のネットワークと、SBIが持つテクノロジーがつながれば、地域に新しい価値を提供できる。そんな思いからスタートしました。
──地域の経営者の中には「地銀はリスクを取ってくれない」と嘆く人もいます。
 地域の活力が失われた今、融資が厳しい現状は確かにあります。事業承継がうまくいかず、地元企業の数そのものも減っていっている。
 それでも地銀は、地域から絶対に逃げられないんです。
 自分たちの存在意義は自分たちでつくっていくしかない。融資が厳しいのなら、別の手段を考えなければなりません。
 だからこそ、地銀が中心となって、地域に人とお金を循環させる新しい仕組みにトライする意味は大きいと考えています。
 全国の地銀では最近、「本業支援」という言葉をよく耳にします。銀行が取引先の本業を伸ばすような施策をともに考え、取り組んでいくという意味です。
 地銀はせっかく地域に根付いているのに、これまで資金面以外で自分たちがより主体的に動いて、地域の関係者を巻き込むといった取り組みは必ずしも十分ではなかったように思います。
 しかし、これからは地域への送客支援や、取引先の拡販支援のような、積極的な支援に取り組むべきです。
 そうでなければ、地銀も取引先もここから先の成長拡大は見込めない。今まさに、地銀のビジネスモデルの転換点なのだと思います。
──融資だけではなく実行支援が必要だと。
 そうですね。はじめは、地域でしか使えない地域通貨を地銀と連携して発行すれば、それが地域を助けることになる、と考えて動いていました。
 そのうち、地域通貨に限る必要はない、どんな形でもいいから地域の事業者さんにお金が回る仕組みにすることが大事と考えるようになりました。
 地域によって課題やトライしたいことは違いますし、持っているリソースも違う。いかにして地域にたくさんの人を呼ぶか。どうすればお金を使ってくれるのか。
 それを地域の皆さんと考えながら、具現化していくプラットフォームにしていきたいと思っています。

“ローカルキング企業”も変化すべき

──地域のインフラ企業である九電が「まちのわ」に参画したきっかけも教えてください。
宮島 九電の課題も、地銀と同じです。本業の電力事業は以前と比較にならないほど厳しい。新たなビジネスモデル創出の必要性に迫られています。
 ただし、地域の発展なくしては九電の発展もありえません。持続可能な地域経済の発展に資するような事業を、地域のプレーヤーと一緒に創りたかった。そんなときに入戸野さんと出会ったんです。
宮島真一/まちのわ 代表取締役会長/九州電力 テクニカルソリューション統括本部 情報通信本部 ICT事業推進担当部長
──地域トップの企業にとって、地域の衰勢が経営に直結する、と。
宮島 おっしゃるとおりです。
 九電はもともと、地域の開発事業にお声がけいただくことが多く、地域や行政との関わりが深いのです。
 九電グループは電力インフラだけでなく、情報通信事業、ガス事業など地域の総合インフラ事業を手がけています。このケーパビリティを生かして地域振興に貢献していくことができると考えました。
 これからは「地域共創」を標榜し、地域の皆さまと一緒に新しい社会、ビジネスを生み出していくとこにより主体的に関わっていきたいと考えています。
入戸野 まちのわのアプリ、プラットフォームの開発は九電のシステム基盤の提供を受けています。
 SBI HDはブロックチェーンを活用した決済基盤を提供し、筑邦銀行は地域密着の強みを生かして、地域へのプラットフォーム導入推進を担っていただいています。
 成功事例をどんどん増やして、まちのわのプラットフォーム、九電や筑邦銀行の行政との連携のノウハウを全国に広げていきたいですね。
 全国展開にあたっては、SBI HDの全国の地銀とのネットワークを活用していきます。

大切なのは「どんな地域にしていきたいか」

入戸野 キャッシュレス化や事務効率化をしたいというお話はたくさんいただきますが、大切なのは“その先”です
 キャッシュレス化を通じて、どんな地域にしていきたいのか。その思いがある人たちと一緒に、持続可能な地域経済をつくっていくことができればと思っています。
 地域には素晴らしい商材はたくさんあるのに、まだまだビジネスになっていないことが多いと感じます。
 福岡は特に交通の利便性に優れていますし、中国や韓国も近く、アジア全体が商圏になる。チャンスはたくさんあると思います。
 仕事柄、さまざまな地域にお邪魔しますが、地域の知名度と地域の素晴らしい物がひもづいていないことはよくあります。
 地域の中にいると、自分の地域の強みに気づきにくい面はあると思います。
 まちのわを通じて、地域の強みや特色を再確認し、地域に人とお金を循環させるお手伝いができればと思います。
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