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とても濃厚なインタビュー。半導体、そしてその歴史から考える未来に興味がある方は是非読んでいただきたい。

『日本の半導体メーカーの多くは、総合電機メーカーやITメーカーでした。総合電機メーカーで、そこのトップが「半導体をどう見ていたか」ですよね。つまり、「部品である」と見る企業が多かった。』
この言葉が重い。部品だけでなく、装置メーカーに対しては「出入り業者」として見ていたと思う。そこには「セットメーカーである自社・自部門が上」という前提があったのではないかと思う。

日本の総合電機メーカーは、現在も競争力がある日本の電子部品メーカーや半導体製造装置メーカーを育てた。それは国産化したいという技術者の思いや、そのなかで日本語でのコミュニケーションでツーカーで行け、作りこまれていった。
一方で、力をつけた独立的な部品メーカーや装置メーカーは、早くから世界を見た。そして徐々に日本での従属的な立場から、世界でのパートナーとしての供給者に自らを変えていった。だけど、半導体メーカーの多くは、総合電機の一部門で、そういう意思決定にならず、弱体化した。
こういった推移は、4月の「私の履歴書」がまさにこの東氏の月で、そこからも伺える。その中で経営もグローバル基準で磨かれた。就任されて間もない90年代半ばに、同じく装置メーカーのLam Researchのトップで友人でもある方に悩みをぶつけ、投資家の重要性や種類の話もされている(下記リンク)。多くの大企業より10~20年間早いと思う。その20年間で試行錯誤をすれば、経営自体も磨かれるし、経営が磨かれた結果として業績の差も複利で大きく出る。それは従業員の雇用・給与・成長にも、長期で複利で効く。
https://newspicks.com/news/5776958

日米半導体協定の影響は、マクロで大きい。
その制限下でもファブレス・ファンドリーモデルを作れなかったのか、90年代半ばとか00年くらいにエルピーダを作って技術開発と投資で東芝のNANDのように競ることが出来なかったか。部品は下、総合電機同士ではくっつきたくないし、くっついたとしてもポジションで平等になりたい。こういう非メリトクラシーの影響は大きかったと思う。
20年かけてダメになったので20年かかるというのはその通りだと思う。これからの20年をどう戦略的にやっていけるか。
大手の元副社長さんは「当社では、士農工商半導体と言われていた」とおっしゃってましたー半導体の地位が低いということですが、部品としてしか見ていないという今日のお話とシンクロしました。
顧客の開発ニーズを取り込んでいかなくてはならなかったというご指摘ももっともで、「選択と集中」なんていうときに、どういう単位で切り分けていかないといけないか、単に商品や(過去に定義された)事業で分けると失敗するという深い示唆があると感じました。
もう25年以上のお付き合いになる、いつも元気で明るく、自ら動き、しかし、評論家が嫌いな東さん。ハワイのITPCが印象に残る。
先日も、ご一緒したが、なお、若さを忘れない。
スパコンでも誰も使わなくなったベクトルコンピュータを作り続けてて、無駄なことしたよね。

地球シミュレータとか京コンピュータとか、その技術を誰も使ってない。

本当にお家芸なら、なぜ日本の技術を誰も使ってないの? 本当に日本のお家芸なの?? 日本入ってないよ。結局日本の半導体関係者が製造業ばっかりで、IT系のソフトウェアが中心になってないのよ
この連載について
政治・経済の話題に関するNewsPicksオリジナルのインタビューやレポート
東京エレクトロン株式会社(とうきょうエレクトロン、英:Tokyo Electron Limited)は、東京都港区赤坂に本社を置く電気機器メーカー。半導体製造装置およびフラットパネルディスプレイ製造装置を開発・製造・販売している。この分野でのシェアは国内首位、世界で第3位。TOPIX Large70構成銘柄。 ウィキペディア
時価総額
8.01 兆円

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