2021/8/27

経済合理性だけでは活性化できない。人を惹きつける「サスティナブルツーリズム」の創り方

NewsPicks, inc. BRAND DESIGN SENIOR EDITOR
 日本には自然景観など素晴らしい資源が豊富にある。
 その一方で、人手不足や土地特有のルールが足かせとなり、本来の魅力を伝えきれていないのも事実。これは、アフターコロナにおいてツーリズムの盛り上がりが見込まれる日本にとって、ビッグイシューといえる。
 では、自然や文化、歴史など、日本が持つポテンシャルを引き出すためには、どんなアプローチが効果的なのか。
 例えば、東京都心の生活圏の延長線上にありながらも、自然資産を豊富に保有する多摩・島しょ地域でも、活用次第では過度な負担を掛けることなくツーリズムビジネスを生み出せる。
 雑誌『自遊人』の創刊をきっかけに新潟・南魚沼に移住し、古民家を改築した宿泊施設「里山十帖」や、地方での商品開発のリブランディングなど、各地で新たな価値創造をしてきたクリエイティブ・ディレクターの岩佐十良氏に、今後どのようにしてサスティナブルにツーリズムビジネスを構築していけばいいか、そのヒントを聞いた。
INDEX
  • 「べき論」で語らない
  • 土地の魅力を引き出す「方程式」はあるか
  • 経済合理性だけでは、ツーリズムは失敗する
  • 東京の多摩・島しょ地域の魅力とは

「べき論」で語らない

──岩佐さんは、2004年に事業拠点を東京から新潟・南魚沼に移されました。どんな理由があったのでしょうか?
 理由は二つあります。
 一つは「自分たちのライフスタイルを見直すため」です。当時、雑誌『自遊人』の販売部数を伸ばすことに追われて、働き詰めの日々を送っていました。
 誌面では「日本の伝統的な食文化を取り戻す」と訴えながら、自分たちはコンビニ弁当ばかり食べているような有様で……。その矛盾を解決するため、地方への移住を検討し始めました。
 もう一つの理由は『自遊人』で食を中心にしたライフスタイルを特集していたため、より深く農業を学ぶ必要性を感じたからです。
 お米は日本人の主食ですし、いっそコシヒカリの名産地である南魚沼に行ってみようと。
──お米が、移転の理由だったんですか?
 2000年以上前から、日本の食文化の中心は間違いなくお米ですよね。それに日本の原風景である棚田や田畑の維持は、その地域の環境や文化を守ることにもつながります。
 あらゆる意味で、お米を知らなければ日本を語れないと考えています。
 2004年1月の時点で会社の一部機能を南魚沼に移転したのですが、やはり米作りは短期でノウハウを習得できるほど甘くはない。
 2年後の2006年1月に全面的に移転する決断をしまして、年数が経つうちに南魚沼での暮らしにすっかり魅了されるようになりました。
──南魚沼に移住して、岩佐さん自身に変化はありましたか?
 都市部に住んでいると、頭でっかちになってしまうものですよね。抽象的なイメージで「環境を守るべき」「田園風景を守るべき」のような、「べき論」ばかり語っていたんです。
 それで環境を守ろうと主張し続けるのはエゴにしか聞こえないなと、南魚沼に住んで思うようになりましたね。
 「べき論」だけで考えても意味はない。実際にその土地に行かないと本質的な課題も認識できないし、解決ももちろんできない、と。

土地の魅力を引き出す「方程式」はあるか

──岩佐さんは『自遊人』の運営だけでなく、食にまつわる地域の商品開発などを、数々手がけてきました。そのなかで、その場所にしかない魅力を引き出すための「方程式」が見えてきたりしましたか?
 そう簡単に見えませんよ(笑)。地域によって状況も違いますし、そこに住む人々や産業に携わっているステークホルダーがたくさんいますから。
 会社によって経営方針が違うように、共通する絶対のルールはなくて、それぞれの地域に合わせて成功の方程式を探すべきだと考えます。
 ただ一つ言えるとすれば、関係者が目標や目的を共有し、合意したうえでアクションすることはすごく重要だと思います。
 それが会社ならば社員やその家族、そして株主です。
 ツーリズムの開発であれば、そこに数十年にわたり住んでいる人々や、複数のコミュニティ、あるいは自然資産を管理する団体など、さまざまステークホルダーに同じ方向を向いてもらわないといけません。
──なるほど。具体例などはありますか?
 僕は南魚沼を中心とした7市町村にまたがるDMO法人(観光地域づくり法人)「雪国観光圏」の食関係のプロデューサーとして活動しています。
 観光庁からも重点支援DMOとして非常に期待していただいているのですが、雪国観光圏が他のDMOを全く違うところが一点あります。
 それは、民間事業者の有志が集まって活動しているところです。
「そもそも南魚沼の観光業はどうあればいいか?」「観光と地域づくりをどうやって密接につなげるか?」といったことを真剣に考える方々が集まって作った団体なんですよ。
 DMOは観光庁が観光産業振興を目的に認定する法人で、様々なプロジェクトに対して支援しています。ただ、この予算ありきで事業を進めてしまうとそこに依存してしまう可能性もある。
 でも我々の場合は違います。南魚沼をはじめとしたこの一帯がどんな地域で、どんな歴史があるのか。そしてどんな人が住んでいるのか。それをしっかりリサーチする。
 そういった文化の成り立ちを、住人と一緒に考えてから、ブランディング戦略を構築します。だから『雪と旅』という紙媒体をはじめ、PRムービーなどのクリエイティブに関しても県外の業者に任せず、「雪国観光圏」で活動する事業者が、それぞれ手弁当に近い形で作っていますね。
 「雪国観光圏」の活動は基本的にボランティア。それぞれ事業者の負担も大きいのですが、だからこそ本来やるべきことが見えてくる。
 結局その場所の観光は、土地のコミュニティに密接に関わっています。長い目で見て、どんな目標や目的があるのかを考慮したうえでアプローチしたほうが、結果的にサスティナブルなんです。

経済合理性だけでは、ツーリズムは失敗する

──産業振興といわれると、どうしても経済を回すほうが優先されがちです。でも。岩佐さんは経済合理性ではなく、まず文化をつくることが大事だと。
 目先の利益ではなく、その場所の未来がどうなるか見据えることがすごく重要です。雪国観光圏でも「100年後も雪国であるために」というスローガンを掲げています。
 温暖化の影響もあり降雪量が少なくなるなかで、このまま放っておくと雪国文化が崩壊する可能性がある。
 我々は、未来の子どもたちに雪国文化を共有したいというビジョンがあります。だから、そこから外れるのはいくら経済合理性があったとしても、絶対にやってはいけないという意識が共有できているんです。
──では、いわゆる大きなリゾートホテルを建てるといったことはNGですね……。
 規模感の問題だと思います。例えば南魚沼に500室のホテルを建てるという計画が出てきたとしても、「それはサスティナブルではない」と考えるのが僕たちのスタンスです。
 500室の客室を作ると、最低でも1,000人分の料理を毎日作らないといけないので、到底地域のいいものを提供するなんて無理なわけです。ローカルのおいしい食材を、コンスタントに1,000人分も集めるのは難しい。
 ですから、もし宿泊施設を作るとなったら、大きなホテルが一強で存在するのではなく、中〜小規模の施設が地域で連携していくべき。
 気付いたら20室の施設が30軒集まって600室になっている。そんな形が理想だと思います。
──その土地にしかない資源や文化を理解したうえで、どんなツーリズムを構築するかを考える必要があるわけですね。
 はい。ただ、そこに至るには地域に住んでいる人たちで、ある程度の「総意」を作らなければいけない。そのコミュニティごとに、さまざまな考え方を持っている人がいますから。
 満場一致で、一つの総意を持つのはとても難しいのですが、それでも議論を重ねていれば大枠の方向性は見えてくるものです。近道はありませんが、そこを粘り強く詰めて、コンセンサスをとるのが大切です。
「雪国観光圏」の場合、それが「100年後も雪国であるために」という言葉に込められています。
joka2000iStock / 
──岩佐さんも数々のプロジェクトに携わられていますが、「総意」を作るのに苦労されたことはありますか?
 一昨年、僕は福井県小浜市の特産品を生かしたブランド育成事業に、アドバイザーとして携わりました。
 現地にはサバを糠漬けする「へしこ」という伝統的な食べ物があり、各々の集落が素晴らしいへしこを作っています。ただ、それらをまとめて売るための仕組みがなかったんですよね。
 一つにまとまれば、へしこのブランドは強くなるし、お互いの技術交換といったコミュニケーションも生まれるかもしれない。
 そういった課題感から、バラバラだった「へしこ文化」を、ブランディングしてまとめる仕事を託されたんです。
 しかし、これまで交流が少ない各々のコミュニティに属する人たちを集めて、一つの方向を向かせるのはとても難しいものでした。
 関係者の方に集まってもらい、現地で何度も打ち合わせを重ねたのですが、近くに住んでいるのに「初めて会った」とか「10年ぶりに話した」くらい交流がなかった。
 地域のしがらみもあったと思うのですが、僕らが潤滑油となり、何回も会話を重ねていくことで、意思統一を目指しました。
──そこでは、どんなアドバイスをするんですか?
 我々の存在は潤滑油と言いましたが、基本的に自分たちの意見は伝えません。例えば、「南魚沼では、これが上手くいった」など、他地域の成功例は決してあげない。
 「方程式」はありませんので、個別の成功例が「小浜市のへしこ」に当てはまるなんてことはありません。
 だから、その場所に住む人の言葉に、とにかく耳を傾けます。
 小浜にはどんな人がいるのか。どんな意見を持っているのか。話を集め、つないで、はじめて適切なアウトプットができる。サスティナブルなツーリズムを構築していくには、編集の視点が必要です。
 その結果、3つの事業者で統一ブランド名とロゴを発表。製法基準を設定して、本物のへしこだけを地域で作ることになりました。
──なるほど。個別の成功例は、横展開できるものではないんですね。
 コピー&ペーストのように横展開すると、絶対に失敗すると思っています。
 もしかしたら一時のビジネスとしては成功するかもしれませんが、結果的に地域には良い結果を残さない。
 例えば、道の駅にいくと「○○コロッケ」や「○○ソフトクリーム」といった商品がありますが、必ずしも地域のブランド価値が上がっているわけではないですよね。
 何度も言いますが、その場所にしかない文化、人を深掘りしていく。それをベースにしなければ、当然ビジネスとして機能させるのも難しいと思います。
iStock / Yue_

東京の多摩・島しょ地域の魅力とは

──その場所にしかない魅力を、粘り強く聞いていくことが秘訣なのは理解しました。一方、昨今ではコロナ禍において、ツーリズムの考え方も大きく変わってきていますよね。「マイクロツーリズム」は、その一例です。
「マイクロツーリズム」は、星野リゾートの星野佳路さんが提唱した考え方ですが、僕らはちょっと見る角度が違っていて「生活観光」がこれから注目されると思っています。
 違いはマイクロツーリズムが旅を「距離」で定義する一方で、生活観光は「生活文化」で捉えていること。つまり、地域の文化が観光資源になると考えていて、それらを改めて見つめ直すのが大切だということです。
 地域の文化を掘り起こせば、そこに住む人々も興味を持ってくれるでしょう。そして将来的にインバウンドが戻ってきたときにも、非常に強力な武器になる。
 自分たちの文化を磨けば、他の地域には決して生まれない、エッジのある観光コンテンツになるんです。
──なるほど。生活観光やマイクロツーリズムの観点でいうと、東京にも多摩地域や、小笠原諸島や伊豆諸島といった島しょ地域など、豊かな自然資産がありますよね。岩佐さんがこれまで地域を活性化させてきたノウハウを活かすと、どんなことができると考えますか?
 例えば、多摩と一言でまとめても、そこに何世代も住んでいる地元住民がいて、積み重なった文化や歴史が明確に語られている地域と、地元の住民よりも移住者のほうが多くて、本当のあるべき姿が見えにくくなっている地域があります。
 そうすると「100年後の多摩をどうするか」を考えるときに、大きな温度差が生まれます。それが一番のウィークポイントになる気がします。
iStock / magicflute002
 結局、観光は街づくりと一緒で、その地域の100年後のビジョンを、サスティナブルを意識して考えなければならない。
 となると、多摩・島しょ地域も東京の一部とはいえ、そこに何世代にもわたって住んでいる人々に話を聞いて、歴史や文化について、丁寧にひもといていくことが求められます。
 時間はかかるかもしれませんが、そうすれば多摩・島しょ地域も、都外にある自然資産とは違ったサスティナブルツーリズムの方向性が見えてくるはず。
 それができれば、この地域ならではの、新たな観光の価値を提供できるかもしれませんね。
「Nature Tokyo Experience」とは?

豊かな山々に囲まれた多摩、青空と海が広がる島しょ。これらのエリアでは、日本の中心都市の顔とはちがった、「東京の自然」という今までにない魅力を感じることができます。そんな東京ならではの自然エリアに注目し、体験型・交流型の新たなツーリズムを開発する事業を応援するプロジェクトです。