2021/8/20

グーグルに会社を売った「初めての日本人」とは何者か

コルク 代表取締役社長
 佐渡島庸平プロデュースによるデジタルコミックへの挑戦──。第1弾の『スタートアップル!』が好評を博し、早くも第2弾となる『リーチ ―無限の起業家ー』が8月21日から連載開始となる。
 本作は「グーグルに企業を売却した初めての日本人」として一躍注目を浴びた加藤崇氏の自伝をもとに、裸一貫、シリコンバレーで奮闘する物語を描く。
 果たして加藤崇とは何者なのか? 
 連載開始前日に、佐渡島氏がその一端を詳らかにする。
INDEX
  • ロボットエンジニアと“最悪”の出会い
  • ハリウッド映画のような買収劇
  • 駆け抜けた青春と次のステージ
  • 「大の漫画嫌い」成毛眞が繋ぐ
  • 佐渡島さんは僕を世界一わかっている

ロボットエンジニアと“最悪”の出会い

佐渡島 現在、加藤さんはシリコンバレーで水道管の劣化をAIで予測、診断する「FRACTA」という会社を起業されていますが、今回の物語の主人公を知るにあたり、その原点を教えてもらえますか?
加藤 僕は、もともと起業家マインド全開の人間ではなく、第一歩はサラリーマン。だから、読者のみなさんに近いと思います。
 大学で物理を学んで、卒業後は東京三菱銀行(現・三菱UFJ銀行)に入行しました。そこでひとしきり揉まれて、ビジネスの裏表を知り、銀行を辞めた。25歳のときですね。
佐渡島 決断が早い!
加藤 世間的にはエリートサラリーマンと呼ばれる立場なのでしょうが、中身のない仮面ですから。そこから武者修行だと、色々な企業に飛び込んで、企業再生を手掛けました。
 そんななか、2011年の年末に、高校の友人から紹介したいと話があったのが、東大のロボット研究者だった中西(雄飛)さんと浦田(順一)さんです。
 当時は不景気で、ベンチャーへの投資は下火でした。そもそもアイデアやテクノロジーがあっても、そこから製品やサービスを作って、ある商流に乗せて売る企業活動に仕立て上げることができる人材が非常に少なかった。その点、僕はうってつけだと、友人の伝手で紹介されたんです。
 しかし、出会いは最悪でした。
 今では笑い話ですが、彼らが真剣にプレゼンしてきたのは「AKB49」ですからね。つまり、AKB48の49番目のメンバーをロボットで作ろうというものでした。
 というのも、ヒト型ロボットの最先端の知見はあっても、それをどうプラクティカルな場に出していくのかというイメージがない。本格的に取り組むには莫大な資金が必要だし、数億円の研究費の範囲ならエンタメ路線くらいしかないというのです。
 そこで僕が「何がAKB49だ、ビジネスを舐めるな!」となり、大ゲンカです。
佐渡島 のっけから熱いですね(笑)。
加藤 でも、彼らのほうが熱かった。特に中西さんは、「僕はロボットに人生をかけてきた。そのロボットをバカにされるなんて許せない!」と強烈にブチ切れました。
 もちろん僕はロボットを貶したわけじゃなく、ビジネスを甘く見るなと怒ったのですが、彼は彼で天才であると同時に、ある意味ロボットしか見えていない人でしたからね(笑)。
 そんなふうに小さな会議室で大激論していて、僕はちょっと震えました。「この人たち、最高だな」って。
 当時の僕は、企業再生の現場でグリーディな世界と接点を持ち、ファンドなんかに揉みくちゃにされて、経済というものの、いやったらしさをこれでもかと思い知り、絶望を通り越して一周したくらいの時期でした。
 だから、「ロボットに対して純粋じゃない!」とカンカンに怒っている彼らが、めちゃくちゃカッコよく見えたんです。
 彼らと一緒に仕事ができると思うと、興奮して1週間眠れなかったくらいです。新しいことが思いつく瞬間って、頭がずっと回転して、寝付けなくなってしまう。ようやく眠れたと思ったら、中西さんがヒーローインタビューを受けている夢を見たりしました。
 それから妻に「凄いヤツに出会って、何かになるから、とにかくよろしく!」と伝え、中西さんと浦田さんにも「まだ何をするか決まってないだろうけど、とにかく俺が助ける。こんな情熱持っているヤツは他にいないから、きっとうまくいくよ!」とだけ言ってスタートしました。

ハリウッド映画のような買収劇

佐渡島 なかなか粗いスタートですね(笑)。
加藤 ですよね(笑)。でも、今思うと、起業としてすごく正しい形だったと思います。何かスパークするものがあって、お金など抜きに純粋に突っ込める。僕の出発点は銀行ですが、お金を稼ぐこと自体には興味がなく、本質的にはオタク的人間なんです。
 だから、意外と天才たちにも怪しまれず、「この人だったら信用できるんじゃないか」と思ってもらえる。最近は、結局のところ、それが僕の才能のすべてだと気づき始めました。
佐渡島 自伝のタイトルも『クレイジーで行こう!』ですからね。起業してからは順風満帆でしたか?
加藤 良い面と悪い面があって、良い面はアメリカ国防総省の国防高等研究計画局(DARPA)がロボティクス・チャレンジとして世界中から知見を集めていたことです。DARPA主催のチャレンジは、そこからGPSや自動運転技術などの重要なテクノロジーが生まれてきた歴史があります。
 インターネットもDARPAの前身であるARPAで開発されたARPANETから発展したもの。当時は東日本大震災での原発事故などがあり、次世代のテクノロジーとしてロボティクスに白羽の矢が立っていたのです。もちろん、僕らも最大の目標として参加しました。
国防高等研究計画局(DARPA)のロボティクス・チャレンジ・エキスポ (Photo:Chip Somodevilla/Gettyimages)
加藤 一方、悪い面は資金繰りです。これには相当苦労しました。国内のベンチャーキャピタルを10社以上回って、全部こっぴどくやられました。
 中西さんや浦田さんのやっていることは、本当に世界をシェイクするような内容が詰まっているのに、まったく理解されない。強い憤りを感じつつ、なんとかエンジェル投資家などから資金をかき集めていたのですが、あまりに理解されないので、次第に自信もなくなっていくんです。
 そんな折、アメリカの大学院を卒業した友人から、知人がグーグルに勤めているから紹介してくれるという話がきた。しかし、その頃には国内で散々やられていたので、だいぶ疑心暗鬼でした。当時は、テレカンも音声がすごく悪くて……。
 ところが、海外の反応は国内とはまったく正反対でした。
 グーグルはもちろん、シリコンバレーに拠点を構える老舗でクラシックなベンチャーキャピタルほど、僕たちの研究に興味を持ってくれる。
 特にグーグルは「とにかく今すぐ見に行く」とまで言い出した。送られてきた来日スタッフのリストにアンディ・ルービンの名前があって、「検索したらAndroidの創業者って書いてあるぞ。本当に来るのか?」とざわついていたら、本当にすぐに来た。
 僕らの人生のターニングポイントが、突然訪れたのです。
佐渡島 もの凄いスピード感ですね。
加藤 アンディとの出会いも強烈でした。ひとしきりロボットのデモをやって、最後の段で、学校にあるような長机とパイプ椅子にみんなで座って話していたのですが、後半に入るとおもむろにアンディが話し始めました。
 僕らは「国内のベンチャーキャピタルみたいに、結局、カネになるのかとか文句を言ってくるんだろうな……」と身構えていたのですが、アンディは「とにかく素晴らしい!」と訥々と褒め続ける。次第に顔も興奮を抑えきれないというふうに紅潮してきて、「この素晴らしいものを、どう世界に解き放つのかが重要だ!」と力説し始めました。
 「なんで急にこんなことになっているんだ?」と、僕らは混乱しっぱなしです。「10億円くらい投資してくれたら御の字だな。グーグルが投資してくれたら国内のベンチャーキャピタルも少しは投資してくれるかな?」くらいに考えていたのに、いつの間にか「私が一本電話すれば、今すぐにでもグーグル本社から多額のお金を入れられる」なんて話になっていた。
 ただ、呆気に取られていると「でも、そうじゃない」と続いた。「ほら来た! キャピタルものってのは結局こうだ」と僕は我に返る。散々持ち上げて、目の前にジュラルミンケースを置いて、中身は空。これまでは、そんなことの繰り返しでした。
 しかし、アンディはこう続けました。「ヒト型ロボットの産業を立ち上げるには、1000億円投下したって全然足りないし、そもそもSCHAFTだけでそれをやるのは不可能だ。だから、会社を丸ごと売ってほしい」と。
 僕らはロボットの制御には長けていたのですが、プロジェクト化するには手や足のパーツ、ギアやモーターなど、さまざまな専門のテクノロジーが必要です。だから、グーグルでドリームチームを組みたい。そうやってぶつからなければ、新産業は生まれないと思うとアンディは熱弁しました。
 僕らは全員ジョードロップ、顎が外れるみたいな感じで、「何言ってるんだ、この人は?」と困惑しきりです。
 それをよそに、アンディは「珈琲を飲んでくるから、戻ってくるまでにいくらで会社を売るか決めておいてくれ」と言う。いきなりそんなことを言われて、その場で話し合うわけですが、まあ、まとまるわけがありません(笑)。結局、「CFOなんだから、加藤さん言ってよ」となり、僕が話をすることになりました。
Androidを創業し、Google技術部門担当副社長となったアンディ・ルービン (Photo:Kim Kulish/Gettyimages)
佐渡島 その場でですか?
加藤 そうです。「では、ディール開始だ」とアンディが言うと、視察団の一員だと思っていた女性が実はM&Aのプロで「今から1か月半でディールをクローズする」と宣言しました。「そんなの到底無理だ!」と思っていると、彼女はこう言いました。
 「大丈夫。それに、本当に面白いでしょ。私はこれまでアンディと色々な会社を買収してきたけれど、いつもこういうシーンを目の当りにするの。私たちが入ったときと出ていくときで、目の前の人たちの人生が180度変わる。だから、これからあなたたちの人生も変わるのよ」
 ちょっとハリウッド映画みたいですよね。

駆け抜けた青春と次のステージ

佐渡島 こうして「初めて会社をグーグルに売った日本人」になったわけですが、加藤さん自身はグーグルには行かなかったんですよね。
加藤 アンディと接点を持てたことは嬉しかったです。でも、ディールをやっている間に、20人くらい入れ代わり立ち代わりグーグルの実務担当者が出てくるのですが、それがいかにも大企業のクラーク(事務員)という人たちばかりで辟易としてしまって。
 大企業のカルチャーにもう一度戻るのは本当に嫌だったので、固辞しました。
佐渡島 他のメンバーはグーグルに?
加藤 僕以外は全員。DARPAのロボティクス・チャレンジもSCHAFTが優勝しました。でも結局、ほどなくしてアンディが社内の政治闘争で失脚し、会社を去ってしまった。
 ベンチャーが往々にしてそうであるように、支柱を失うと、スタビライザーがないから迷走するんです。ジェームス・カフナーという有名なロボットエンジニアがプロジェクトを引き継ぎましたが、彼もすぐにトヨタに引き抜かれる。
加藤 そうやってSCHAFTやボストン・ダイナミクスなど8社くらいが集まったヒト型ロボットプロジェクトのドリームチームはばらばらになっていきました。
 天才って、めちゃくちゃエッジが利いている分、言うことを聞かないし、会社のルールも守らないオオカミみたいな連中なんです。
 だから、支柱がなくなると、会社がホールドしておけなくなる。支柱とは、哲学、ロマン、情熱、あるいはそれらを体現する人のことです。これは、決してファンディングのようなものでは代替が利きません。
 人生をかけるとき、何かが立ち上がるときは、必ずそうした支柱があって、それを抜きにして大企業のある意味普通の人々が天才をインテグレートすることは、ほぼ不可能です。グーグルですら無理でしたから。
 SCHAFTのメンバーも散り散りばらばらで、「あのときの夢は何だったんだ?」という感じではありますが、今はみんな、自由にやっているようですね。
佐渡島 これまでのお話は、わずか2年足らずの期間に起こったこと。まさに一瞬で駆け抜けた青春ですね。
加藤 DARPAという超加速器があって、天才たちにテーマを与え、そこ向かって彼らが寝ずに取り組んだ2年間の軌跡ですね。
 グーグルもSCHAFTが優勝すると思っていたらしく、振り返れば、あれだけクイックなディールを作るということは、他の企業に買収されてしまうことを相当恐れていたのでしょう。
 シリコンバレーというのは、「アーリー。早すぎる」と思っていたら、その次の瞬間には「レイト。はい終わり、遅すぎました」という、とても厳しい世界なので。
佐渡島 加藤さん自身は、SCHAFTを売却した後、どうされたんですか?
加藤 最初は、ベンチャーキャピタルをやろうと思っていました。とにかくベンチャーキャピタルには禍根があると。SCHAFTの一件がBloombergや海外メディアにたくさん取り上げられていたので、主に海外の投資家が僕に直接メールを送ってくるようにもなっていました。5億出したい、20億すぐ出したい、というような人たちが一気に集まった。
 しかし、いざ始めてみたら、嫌になってしまって(笑)。
 僕は結局、頭がいいわけじゃなくて、体当たりで仕事をするタイプなんです。それなのに、ベンチャーキャピタルだと企業の中の人たちに一向に近づけない。こっちは安く買いたい、向こうは高く売りたいと思うから、どこまで行っても精神的な距離が近づかないんです。
 そうではなく、もっと手を握り合って、人生も何もかも一蓮托生でやるのが僕の性に合っている。だから、「やっぱりベンチャーキャピタルはやめました」と、方々に謝りに行きました。

「大の漫画嫌い」成毛眞が繋ぐ

佐渡島 そこから漫画の物語であるシリコンバレーでの起業、FRACTAへと繋がっていくわけですね。僕と出会ったのは2019年、FRACTAを起業して4年目でした。それまで、どんな4年間でしたか?
加藤 SCHAFTよろしく、いつも通り、FRACTA起業もすごく楽しかったですね。僕は毎回、自分が楽しいと思うことしかなかなかやらないので。
 ピーター・フランクルの『らくらく数学パズル塾』を眺めて解くみたいなもので、何か問題を出されて、解けたら単純に嬉しいんですよ。だから物理なんかを専攻したわけですが、社会的な課題をテクノロジーによって解いた、しかも世界で初めて解いた、というふうに思えることが何よりの喜びでした。
 バカみたいに大きな金額は動かなくても、日本人として頑張れている、足跡を残せている、他の人たちができなかったことをできている、という高揚感が今も続いている気がします。
佐渡島 僕が加藤さんと出会ったのは、成毛眞さんの紹介でした。「佐渡島君が漫画にしたほうがいいヤツを紹介する」って。でも、成毛さんの漫画が嫌いは有名、僕にも面と向かって「漫画は読むに値しない」って言い放つくらいなんです。
加藤 ちょっとぶっ飛んだ人ですよね(笑)。
佐渡島 その成毛さんが、「面白い人」じゃなくて、「漫画にしたほうがいい人」って言うくらいだから、これは“超ド級”だなと思い、すぐに会いましたよね。
加藤 佐渡島さんが新人漫画家を集めて合宿しているところに、僕がお邪魔して。
佐渡島 こちらこそ、すごく有り難かったです。というのも、僕が今、新人漫画家たちに接するときの方針として掲げているのが「人は人に磨かれる」ということなんです。
 漫画を描いているだけじゃ面白い漫画は描けなくて、できるだけ漫画業界以外の人と出会って、漫画家自身が人間的に成長していくことで面白い漫画が描けるようになっていく──これが僕の持論です。
 さらに言えば、人が人に磨かれるとき、相手が一流であるほど自分も一流の磨かれ方をする。僕自身、井上雄彦さんや三田紀房さん、安野モヨコさんに磨かれて、その磨かれた状態で小山宙哉さんを磨きにいって、という時間を過ごしてきました。
 そして今、新人漫画家とお互いを磨き合っているわけですが、そこに加藤さんのような漫画業界では出会わないタイプの超一流の“異物”が混ざると、磨かれ方もまったく違ってくると思いました。
 その意味で、今回の『リーチ 無限の起業家』は、僕らにとっても超一流の漫画家になれるチャンスをもらったと思っています。だからこそ、最高のチームで担当するし、掲載時期を決めず、納得がいくまで仕上げきるとお伝えしたんです。
加藤 それがまさか2年もかかるとは、思ってもいませんでした(笑)。
佐渡島 SCHAFTの話と比べると余計に、ですよね。ただ、やはり人を育てる、作品を育てるというのは、それくらい時間がかかるもの。僕にとっては、結構あっという間でした。
加藤 実際、SCHAFTも起業から売却が2年間だっただけで、それまでに中西さんや浦田さんの研究は長い時間をかけて積み上げられていたわけですからね。

佐渡島さんは僕を世界一わかっている

佐渡島 今回、やっと満足がいくところまで手が届き、こうしてNewsPicksに持ち込んで、公開できる運びになりました。
 これから読むみなさんには、これまでのインタビューでなんとなく加藤さんの人柄や経験は理解してもらえたかと思うのですが、それとは別に、僕が改めて漫画にする際に念頭に置いていたことがあります。
 それは熱い男であり、熱さの中に知性もある加藤さんが、なぜFRACTAにそこまでの情熱を注ぐのか? その根っこにある行動原理やビジョンを描き切ろうということです。
 それらはこれまでの著作やインタビューでは、いまひとつ明らかになっていません。だからこそ、漫画という見えやすいもの、伝わりやすいもので表現する。そして、漫画を通じて加藤さんのビジョンが世の中に伝われば、共感が生まれ、そのビジョンが一歩実現に近づく。
 漫画嫌いの成毛さんが僕と加藤さんをつないだ裏には、そうした意図があるんじゃないかと勝手に解釈しているんです。
 だからこそ、ご家族のこと、特に亡くなったお母様との関係性を抜きにしては、この漫画は成立しない。亡くなった母をどう弔い、どう生きていくか? それが加藤さんの根っこには常にある。
加藤 おそらく佐渡島さんは、僕のことを世界で一番わかっている人です(笑)。妙な印象になるかも知れませんが、第1話ができたとき、僕は自分のことがようやくわかった気がしました。
 なぜ企業再生にこだわったのか? FRACTAに情熱を注ぐのか? そのまま銀行を辞めずに、デリバティブなどの金融商品を売って、ボーナスをもらうのが本当は一番いいわけです。
 実際、ニューヨークあたりに高飛びして優雅な生活を謳歌するのが、日本のバンカーのひとつの黄金ルートでもあります。しかし、そうした人生にまったく興味がわかなかったのはなぜか?
 僕は立ち止まる暇もなく、衝動に駆り立てられるように動いているのですが、佐渡島さんの漫画を読んで、今まで顧みることのなかった自分自身を突きつけられた思いがしました。
 やはり、自分では自分のことを意外とわかっていなかった。
 そして、自分自身を理解して何より嬉しいのが、自分はこれからもっとデカいことができると確信できたことです。きっとこの先も絶対に何かやる――FRACTAの先があるんです、僕の人生には。
 そのときに、自分の行動原理がわかっていたら、そこをドライブするような形で物事に意識的に組み込んでいければ、もっとデカいこと、つまり世の中を良い方向に変えていく仕事ができる。
佐渡島 漫画家は現実の人間の芯にあるものを掴めて初めて、芯のあるキャラクターが描けるようになります。だから、漫画の主人公に値する人物を取材するということは、漫画家にとってすごく重要な行為なんです。
 最後に、タイトルの『リーチ 無限の起業家』に込めた意味についても、少しだけお話しさせてください。ここには色々な意味をかけているわけですけれども、その中に、加藤さんとお母様の関係性も重要な要素としてあります。
 手をつなぎ合った感覚を持てないまま母を亡くし、その代わりにさまざまな人としっかりと手をつなごうという思いを持って生きている。人と人がつながる、つなげる。そうしたことが、加藤さんを象徴していると考え、『リーチ』としました。
 そして、そうした行動原理に基づいている以上、加藤さんにはFRACTAの先も必ずあるはず。ただ、成功すればするほど色々な人、色々な意見が集まり、加藤さんの中で何が正解かわからなくなる瞬間が訪れるかもしれない。それでも、加藤さんは無限に起業し続けると思うんです。それが母の弔いでもあるから。
加藤 おそらくそうでしょう。漫画を読んで、改めてそう思います。僕は活字中毒のほうですが、漫画はイメージの伝達の密度、イメージを転写する力がずば抜けていますね。
 たとえば、第2話に姉が出てくるのですが、「どうやって姉のことまでこんなに理解したんだろう?」というくらいそっくりです。見た目はもちろん、しゃべり方や雰囲気がそのままでびっくりしました。活字で説明しても、おそらく漫画以上には伝わらない。空恐ろしいポテンシャルには震えるばかりです。
 ですから、みなさんにもこの作品を通じて、僕が体験してきたシリコンバレーでの映画のような出来事やつながり合えた人たちの生き様を、リアルに感じてもらえたら嬉しいですね。