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呼吸器管理も、当直も、二次救急も、一次救急も、一般クリニックの外来も、コロナワクチン外来も、集団接種会場でも仕事をしている立場から考えてみます。

以前お話した例えですが、
日本の医療をたとえるなら、超省電力で容量はとても小さい冷蔵庫をたくさんそろえているようなものです。

アクセス良く、ランニングコストも低く抑えられています。
しかしその冷蔵庫に備え付けられた冷凍庫はとても小さく、しかもいつも電力が不十分なので工夫して使わなければ電力不足で冷凍庫として機能しなくなってしまいます。

現在、重症患者を収容するべき病床は底をつき、中等症患者をみる施設で診療することが増えました。

これは、電力が乏しい冷蔵庫で『温度が低めでなんとか氷を保存』しようとするような感じでしょうか。

そして、その中等症を見る病床もいっぱいになりました。

現在重症化している患者さんは、年齢が比較的わかく、回復が期待できる患者さんたちです。しかし、それだけに回復までに時間がかかり、重症病床(冷凍庫)をあけることができなくなります。

本来は氷を保存できるような冷凍庫を備えていなければならない状況で、そしてその冷凍庫を稼働できるような電力(マンパワー)を投下しなければならないのに、それだけの準備はできていません。

これまで医療裁判や報道では、予想困難な事例にも有罪判決とするような対応をしてきました。
氷を保存することを予想される状況で、その氷を受け、冷蔵庫に保存して溶かしてしまうような状況が起こったとき、そのことを受け入れる準備があるかどうか…のように思います。

クリニックの先生方も、多くの場合は冷蔵庫の機能を最大限発揮されていると思いますが、どんなにがんばっても冷凍庫の機能は持ちえません。

あまり上手い例ではないかもしれませんが…
少なくとも関東圏の冷凍庫はいっぱいになってしまいました。
願わくば、これ以上の氷が運ばれてこないことを祈ります。
拒否ではなく搬送『困難』もしくは『不可能』です。
拒否は、できるけど断る、という意味にとられます。
今の医療現場は、受け入れたくても受け入れられないのです。
これに限らず、見出しのつけ方には細心の注意を払って頂きたいです。
NPをサブスクまでしている理由は医療界の外の経済、ビジネスの話題、人のコメントや話が聞けるからです。医療界は様々なことが(安全、個人情報という大義名分のため?)世間の何周遅れかわからない状態ですし自浄作用もないのはコロナでもよくわかったし、国民皆保険制度のもと保険診療で経済合理性とは相性悪すぎですし。そもそも我々の診療行為の価値(値段)は国が決めてますからね。しかも病院が儲かりすぎないように診療報酬改定の度に利益が出すぎていたりすると削られる。「お前らの仕事に価値がない」と言われているような気分になったりします。医療者とそうでないピッカーの永遠に交わらない議論もこういうところから来てるんだろうな、と毎日眺めてます。

こういう時、社会課題を解決するにはやはりビジネスの力が必要なのかな、と最近思ってます。病床管理とか搬送コーディネートに関してのシステム構築とかを民間のビジネスとしてやってもらえるといいんだけどな。医療界もそれを受け入れて。
先日コロナと関係ない病気の患者さんを転院搬送しようとしましましたが、なんと自分でGoogleで病院の電話番号検索しながら電話をかけまくるという…(深夜3時の出来事)。「こんなことある?」と思いながらも患者さんの命のためなので頑張りましたよ汗

これまでアンタッチャブルな領域だったのでしょうが、ビジネスの力で医療界の問題を解決する人がもっと出てきてほしいです。「誰かの役に立つ」が仕事の根底だと思うのでそこに医療もビジネスも関係ないと思うんですよね。
日本の医療の特徴は、ちょっとした病気でもすぐに病院で診てもらえて、非常に安い費用で済むことです。これは、国民皆保険制度と、病院の数が多いためです。高齢者でも歩いて行ける範囲の個人病院、診療所が全国いたる所にあります。
 個人病院、町の診療所では新型コロナウィルスで呼吸困難になった人を受け入れることはできません。大規模な総合病院でなければ無理です。
 日本の医療の特徴は、個人病院を含めた病院の数では、世界でも際立って多いことです。ヨーロッパ諸国に比べると、民営の病院が多く、公営の病院が少ない、ともいえます。
医師少ない日本に世界一病院が多いという謎
https://toyokeizai.net/articles/-/208345?page=4
 個人病院の数が多いことによって、平時は全国民がちょっとした病気で気軽に安価に医療を受けることができます。しかし、大規模災害などの時は、重症者を受け入れられる総合病院が足りなくなります。
 重症者を受け入れるのは個人病院や、それより少し大きい規模の病院では無理です。受け入れ人数を増やすためには、大規模な収容施設と、医師、看護師といった人的資源が必要です。総合病院をすぐに増やすのは無理です。
 東京ビッグサイトや船の科学館に臨時の大規模収容施設をつくるとしても、人的資源に限りがあります。個人病院を休止して、臨時の大規模収容施設に勤務してもらう必要があります。それが法律で強制的にできるかというと、今の日本ではできないでしょう。病院も、民間は商売でやっているのですから、無期限で休止してコロナ医療に専従するというのは、多少の日当が出たところで割に合いません。
 この問題は、中国やシンガポールくらいなら強制的にできることですが、先進国ではだいたいできませんでした。米国のように、世界中から医療資格のある移民をかき集めている国なら別ですが。
未だに病床が余りまくってることを指摘したり(その実、精神病床が20%以上だったり、病床が多いからと言って医者がその分配備されていないから、余っている病床が使えるわけじゃないことも理解できていない)、この一年半の間の医療体制の整備不備を攻撃してる人がいますが、今まさに火災が発生しているときに、都市計画や防火設備の不備を攻撃しても詮無いことで、まずは火を消すことが肝要じゃないでしょうか?

医師=既得権益層と捉えてしまうような人たちの気持ちも分からんでもないですが(まあ僻み嫉みから来るルサンチマン以外の何ものでもないですが)、そんな人たちの中で、このコロナ禍で経営難に陥った医院も多いことを知っている人はどれだけいるのでしょうか?飲食店や観光事業者となると妙に同情的になる人も多いですが、政府からの支援金でむしろ潤っている飲食事業者もいたりしますし、この一年半の間に業態転換などいくらでも手を打つ時間はあったのに、というのは飲食店や観光事業者にも当てはまる話です。

今まさに医療の現場では不眠不休の働きと困難な意思決定の判断が行われており、それを少しでも和らげ、受けるべき医療行為も受けられない多様な患者を救うために、自分自身に何が出来るか、そのための公的機関が今すぐやって火消しに繋がることとして何があるか、を議論することが重要じゃないでしょうか?火が鎮火したあとに、都市計画の議論はしましょう。
マイケル・ルイスが、コロナ・パンデミックを描いた『最悪の予感』 (中山宥訳、早川書房刊)に、モデルナワクチン開発のきっかけをつくったカーター・メーシャーという医師が伝える「マン渓谷火災の教訓」がある。

1949年にモンタナ州で起こったこの山火事の現場におりたった15人の消防降下隊員の教訓だ。川を背にして退避すれば大丈夫だと考えた隊員たちは逃げ後れる。午後5時45分、火勢があっという間に退路をふさいだのだった。15人のうち13人が焼死したその事故で、生き残った一人は、猛烈な勢いで迫る炎に一分後には追いつかれるというぎりぎりの瞬間、登り切らなければならない前方の丘に向かって新たな火を放った。その火が焼き払った草の中に突進し、炎の本流が両脇を通りすぎていくことで、生き延びた。

山火事における火勢の加速度的な高まりと「エスケープ・ファイア」を、パンデミックにあてはめるとどうなるのか、とカーターはこんな言葉を手帖に書き留める。

(1)感染症より速いスピードで逃げることは不可能。逃げようと思う時点ですぐそこまで迫っている。

(2)大切なものを見極め、それ以外はすべて捨てる。

(3)「エスケープ・ファイア」に相当する何かを見つけ出せ。

今の日本にあてはめれば、(1)はすでに手遅れだ。(2)については、多くの人が「人々の命」と「オリンピック」の選択を思い浮かべるだろう。オリンピックは、デルタ株の加速度的な広がりを考えれば「捨てる」べきだった。

では(3)の「エスケープファイア」に相当するものは何か?

パラ中止しかない、というのが私の意見。ワクチンは40代、50代で間に合わなかった。だから緊急自体宣言で人の移動を止めるしかなかったのだが、オリンピックをやっていて、家にいろというのがそもそも無理だった。

事態の緊急性を日本人がもう一度再認識するには、パラ中止をいますぐ宣言すること。そして9月から2週間、学校の開始を遅らせることだ。10代、20代の感染が増え、それが家庭内感染で、40代、50代が重傷化しているというのが、現在のパターン。それをとめるためにも学校の休校は必要。
デルタ株の特徴を、国民に、もっと冷静に知って貰うタイミングを逸してしまいましたね。
→オリンピックをするしない、事務方の不祥事がありました。あと、都知事は一番大事なタイミングに入院してしまいました

同じコロナで症状は同じでも、感染力が全く違います。
多分、今までは満員電車でうつらなくても、デルタ株はうつるのかもしれません。また、職場は一日中いますから、マスクしていても、感染力が強ければ飛沫感染するでしょう。

黙って牛丼を食べたら、さっさと出て行く…こういうお店より、職場や電車のマスクをしても飛ぶ飛沫の方が怖いですよね。

後、テレビを観ていると、都心で出歩く人、複数人で出歩く人が目立ちます。マスクをしているので、知らないうちに声が大きくなります。

少なくとも、同居していない誰かと1時間以上過ごすならば、お互いにその前後1週間の行動を互いに開示してから会うようにした方が良いですよね。

私は、個人的にまだ大きなプロジェクトの最中なので、満員電車に毎日乗って都心に行っている人とは会わないようにしています。
→とくにワクチン接種を否定している人

今は、政府を批判している場合ではなく、自分のことは自分で対処する局面です。
診ない医者が診る医者を見捨てている現状は確かに医療崩壊。回復期の患者をはじめ、診ていない民間病院に診させる措置に期待します。
先日以下が話題になってましたが、異常事態だと認識することが重要ですね。
今できることは一人ひとりがしっかり行動を抑制すること、ワクチンをうつことに尽きるのかなと思っています。

【悲報】東京消防庁 非常用救急を含め都内ほぼすべての救急車が出払う状態が発生「もう異常事態としか言いようがない」
https://matomedane.jp/page/83561
病院不足を嘆くより、感染を減らすほうが重要。

1 法律改正してロックダウン。
2 ワクチンの普及。

感染力が増強しているので、マスク、手洗い、換気、パーティションでは感染が防げなくなっている。近傍にデルタ株感染者がいたら、それだけでアウト(感染してしまう)という印象。CDCか言う、すれ違っただけで感染、はオーバーではない。

今感染してないのは、ワクチンをすでに打った人か、あるいはたまたま、近くに感染者がいなかったというだけではないか。