2021/8/11
【木下斉】「人口に依存しない地域経済」への転換が必要だ
日本全体の課題として「地域」をいかに活性化させるべきか? 近著『まちづくり幻想』(SB新書)で地域再生にまつわる“幻想”を鋭く指摘した、エリア・イノベーション・アライアンス代表理事の木下斉氏に、人口減少が避けられない地域の目指すべき方向性について話を聞いた。
INDEX
- 「人口が増えれば何とかなる」は幻想
- 地域は“経済”に向き合ってこなかった
- 中核都市を軸に地域経済を循環させる
- 歴史的・文化的コンテクストは金では買えない
「人口が増えれば何とかなる」は幻想
──地方創生政策に多額の予算が使われたものの、地域の人口減少が止まりません。なぜでしょうか。
木下 理由のひとつは、「人口が増えれば地域は再興する」という幻想を抱えたことです。
「地域への人口移動、人口分散」は地方創生政策の掲げたビジョンでしたが、そればかりに注目し、地域の産業や経済が抱える本質的な課題と向き合ってこなかった。
団塊ジュニアが出産期を迎える1990年代後半から2000年代前半までに、出生率増加につながる具体的な手を打てれば、状況は違ったかもしれません。
しかし国は、若い世代が子どもを産み育てるのに必要な環境をつくるのに失敗してしまいました。
2014年の地方創生政策では「東京圏への転入超過ゼロ」を目標とした施策を打ち出しましたが、これも誤りでした。
地域からの人口流出は止まらず、東京をはじめとした大都市圏への人口凝縮が進んでいます。
──新型コロナウイルスの感染拡大後、東京から地方への移住が加速しているとも言われています。
その手のニュースを目にする機会は増えましたが、データを見れば間違っているのは明らかです。
2020年のコロナ禍においても東京23区は1.3万人、東京都全域は約3.1万人の転入超過。移住した人の多くは東京圏の埼玉、千葉、神奈川に引っ越しています。
いわば“東京経済圏内”での移動が増えただけの話で、地方移住が進んだわけではありません。
日本全体の人口増加は見込めず、大都市圏から地方への移住も広まらない。つまり、今後も地域に人は増えないことは確実になってしまった。
いよいよ、「人口さえ増えれば何とかなる」という幻想を捨て、「人口に依存しなくても持続できる地域経済」のあり方を真剣に考えるべきときが来たのです。
地域は“経済”に向き合ってこなかった
──地域が衰退する本当の原因は何だと思われますか。
一言でいえば、“経済”と向き合ってこなかったことです。
地域の人口と産業のバランス、訪れる観光客数の適切な規模、投資の費用対効果。これまでの地域振興施策には、それらの視点が欠けていました。
インバウンドブームがそのいい例です。アジアから訪日観光客が押し寄せ、「爆買い」したものが何だったのか、金額は一人あたりいくらだったのか。
データを見れば、コロナ前から訪日観光客の一人あたりの観光消費額は全然伸びていません。横ばいか、むしろ下降傾向でした。
そもそも、インバウンドの消費額は日本国内の旅行消費額全体の17.2%(2019年統計値)にすぎないんです。
それなのに、大型クルーズ船に寄港してもらうために何百億円もかけて港湾整備をする、地方空港をつくるといった、大きな設備投資をする地域が次々と生まれている。
イニシャルコストは国からの補助金で賄えるとしても、その設備を管理・運営するランニングコストは地域財政から支出されるのです。
ならば投資した分以上に稼がなければなりませんが、ドラッグストアなどでの爆買い程度で回収できるはずがない。
地域経済のためにつくったものが、逆に地域のお金をどんどん外に送金する仕組みになってしまっている。そんな例は全国各地にあります。
──大きな投資をして短期的には盛り上がっても、中長期的には地域経済にとってマイナスになっている。
地域を活性化させるためには、“地域が持続的に稼ぐ仕組み”が不可欠であるにもかかわらず、その視点が欠けていたのです。
沖縄を考えてみてください。あれだけ観光客が来て、新しいホテルがたくさん建っているのに、沖縄県の県民所得が毎年着実に上がっていくような上昇トレンドにあるでしょうか。
せっかく観光客に来てもらっても、待ち構えているのが海外資本のホテルや東京資本のショッピングモールばかりでは、実質、地元の経済圏にはほとんどお金が落ちません。
地元の人が頑張って働いても、せいぜい多少の雇用が生まれる程度の効果しかないのです。
本来であれば、行政が観光業のおいしい部分は地元との合弁でやってもらうような誘導施策を打って、地元振興に確実につなげるべきだと思います。
しかし今の行政は、地域の構造的な課題の解決より、目の前の課題解決に目が向いてしまっている。
数年に1度の選挙や異動に振り回されるからでしょうか、非常に近視眼的です。
だから、国からお金を引っ張ってくるのが一番手っ取り早いし、評価もされる環境になってしまっている。スポットで大規模投資をやろうという話になりやすい。
行政だけでなく、地域の産業も同じです。自力でお金を稼ぐより、役所から補助金を取ってくるほうが効率がいいという思考に陥ってしまっています。
国の補助金を“もらう”という発想から、“自立して稼ぐ”という発想に切り替えることができるかどうか。
それが生き残れる地域と、そうでない地域の分岐点になると思います。
中核都市を軸に地域経済を循環させる
──地域が“自立して稼ぐ”ために、何がヒントになるでしょうか。
ひとつは農林水産業です。日本の地方エリアは自然豊かで、国際的にも高い評価を受ける農林水産業が根づいています。
これからの地域経済は、その立地優位性を生かした産業で独自性のある価値をつくり、持続可能な地域経済を“自前”で構築していくことが不可欠です。
たとえばヨーロッパには、人口減少の問題を抱えながらも、農林水産業を軸にしぶとく経済基盤を持ち続けている地域がいくつもあります。
フランスのシャンパーニュ地方にある小さな町、エペルネーはその好例です。人口は2.3万人ですが、住民一人あたりの平均所得額はフランスでトップクラスを誇ります。
なぜエペルネーがこんなに豊かなのか。シャンパーニュの一流メゾンの本社が多数集積しているからです。
大手や老舗のメゾンだけでなく、シャンパーニュ関連のスタートアップも立ち上がっている。町には商談やセラーの見学などを目的に世界中から人が訪れています。
地元の原材料を使って地元で価値をつくり、世界を相手に売る。だから地元にお金が残り、地域経済の循環がしっかりと回っているわけです。
──地元の生みだす独自の価値に基づいて、持続的な経済圏が生まれている。
一方で、シャンパーニュ地方にはランスという中核都市があります。ランスにもシャンパーニュメゾンはありますし、ここからエペルネーをはじめとする町や村に観光に行く人も多いようです。
このように、地域の中核都市の繁栄と、周辺地域の価値を高めることは決して無関係ではありません。
小さな町だけでは繁栄できませんから、人流、物流のハブとなる中核都市との連携が重要になります。
日本の地方都市も、周辺の農山漁村との関係を再設計し、同じ経済圏にある地域の価値を広げていく役割を担っていくことが必要になると思います。
歴史的・文化的コンテクストは金では買えない
──日本の地域産業には、グローバルに通じる価値が決して少なくない。
重厚長大系の産業は残念ながら衰退しつつありますが、日本には魅力的な農林水産業や伝統産業がたくさんあります。ポテンシャルはあるわけです。
最近は全国に農林水産業でもしっかり稼ぐ若手が出てきて、経済的にも成功し始めています。
こういう人たちは日本全国をフラットに見ていますから、“東京が最上”という意識がまったくないですね。
質の高いワイナリーが集積している北海道余市町にIターンでやってきてワインのブドウ栽培に取り組む方がいますし、富山県南砺市の山奥で地元の食材を使った料理を出すオーベルジュを始めたシェフもいます。
北海道、北陸、九州などで、旅館やホテルといった地元資本と連携し、周辺に小さいけれども評価の高いレストランの集積する地域が出てきています。
──立地優位性を生かして、自分で“稼ぐ人”たちが地域で目立ち始めている。
そう思います。ローカルなものには、地域の歴史的・文化的コンテクストが色濃く反映されますよね。それはお金では買えない。その土地にしかないものです。
その土地にしかないものに外の知見や現代の最新技術が加わると、また新たな価値が生まれる。どんなに遠くても、わざわざ行って体験したいという目的になります。
原料を出すのと、加工して付加価値を付けて出すのとでは、間違いなく後者のほうが地域にお金が落ちます。地域経済が循環しやすくなるのです。
地域経済を強くしたいなら地場資本を投資して、小さくてもいいから地元の魅力を生かした産業を地道につくっていくことが必要なんです。
外から簡単に来たものは、簡単に去っていきます。それでは地域に何も残りません。
これからは、地域の潜在的な価値を顕在化すること、その土地にしかない価値を外の人にどう高く売っていくかに真剣に向き合う時代なんだと思います。
日本は、東アジア圏では最初に工業化に成功して経済発展を遂げ、近年は他国にさきがけて少子高齢化、人口減少、地方の衰退に悩まされてきました。
これまでの“安くたくさん”をベースにした経済成長ではなく、成熟した付加価値を高めたものを少量提供し、“小人口でも豊かになる経済成長”を目指せば、それが日本の地域の持つ新たなアドバンテージになると思っています。
執筆:横山瑠美
撮影:小林由喜伸
デザイン:小田稔郎
取材・編集:呉琢磨
撮影:小林由喜伸
デザイン:小田稔郎
取材・編集:呉琢磨