新着Pick
187Picks
Pick に失敗しました

人気 Picker
平和祈念式典に参列してきました。
今年は長崎市長の平和宣言起草委員として推敲のプロセスを見てきたのですが、最初から最後まで一言一言が魂の込められた言葉となりました。わかっている文章なのに、聞きながら涙が出ました。

そして被爆者代表の岡信子さんのお話も心に刺さるものでした。看護学校生として、自らも被爆し、家族の無事を案じながら救護する様は、まさに医療従事者の個人の姿と現場の惨状を物語っており、新型コロナウイルスと戦う皆さんと重ねずにはいられませんでした。

自分達ではコントロールできないウイルスとの戦いに疲れている今こそ、人間が引き起こしている戦争の愚かさについて考えるべきではないかと思います。
簡単ではないけど、ただ大切な人の命を守りたいという思いと、同じ世界を生きる人間同士の対話から、信頼の連鎖は生み出せるはずだと思っています。
記憶を伝える活動が難しくなる状況では、これからを生きる世代が積極的に記憶を受け継ぎにいく姿勢が求められます。オリパラの熱狂や新型コロナへの不安もありますが、この時期だけでも、映像、対話、書籍等どんな形でもいいので、人間が起こした惨禍の記憶を受け継ぐことに時間を使いたいです。
長崎に原爆を落とされた日本がなぜ、核兵器禁止条約に参加しないのか。世界から多くの批判を受けている。政府としては事実上、アメリカの核の傘で守って貰っているので決断するのが難しいのだが、唯一の被爆国として核兵器をなくすために賢明の努力をすべきだ。
他界した父は、長崎に原爆投下された前日に、長崎入りする予定でした。佐賀にある実家で大家族の長男として、まだ10代だった彼は、食べざかりの兄弟家族のために食料を買いに長崎へ出発したそうです。ところが、運良く旅の途中で体調不良で動けなくなり、長崎へ当日たどり着けなかったそうです。「なぜ自分が助けられ、多くの方が犠牲になったのか」と、生前感慨深く何度も話していました。

その他にも、多くの壮絶な戦争時代の体験を両親がしてくれたことは、今でも記憶に鮮明に残り、平和な時代に生きていることに感謝しかありません。戦争を経験した世代の語り部が少なくなっている今、改めて私たち世代が次世代へつなぐ、平和に対する責任と願いを考えさせられます。コロナ禍で「普通の生活ができる幸せ」も改めて想いながら。
中国と北朝鮮が日本を射程に入れる核を持って米国と対峙し、核を持つ国同士が相互確証破壊で安定状態になったとき、持たぬ国の安全が却って脅かされる安定不安定のパラドックス。犠牲者を思い平和を念じつつも、複雑な思いを抱かされる昨今の世界の情勢ではありますね・・・。
私は初めての専任教員として赴任したのが長崎大学で、最初の年に「長崎の地に来たのだから」という思いと、正直に言えば「一体どんな時間なのだろうか」という知的な関心も動き、追悼式典に参加しました。

しかし、原爆投下の時間、平和の鐘と浦上天主堂のアンジェラスの鐘が鳴り、黙祷を捧げる中、まさに今、私の頭の真上で、あの原子爆弾が炸裂したのだ、全てが吹き飛ばされ、粉々になり、また怪我を負った人々の地獄の苦しみ作られたのだということを感じ、大変恐ろしいことだったのだと、とても良くわかりました。
観念的に感じていたものが、物理的な爆心地近くの空間に立ったことで、現実だたのだと感じました。

二度とこのような残酷な兵器を使うようなことが繰り返されてはならない。
絶対にこのようなことは繰り返してはならない。
そのために私に出来ることは何だろうか、どうしたら良いのだろうかと思いました。
核兵器のない平和な社会というのは、言葉で言うことは簡単だけれど、これは本当に大変なことです。
一人ひとりの思いや考えは、無力に思えるかもしれない。実際、小さな力しか無いという事実もあるでしょう。祈ることしか出来ないのかと思う時もあります。
でも、私とあなたが、どちらの方を向いて生きるのかを決定することは、誰にも奪うことの出来ない自由であるということもまた事実です。そのことをまず大切にしていただきたいのです。
私は毎年この時間が来る度に、向いている方向を再確認する時としています。
皆様もぜひお願い致します。
福岡生まれの福岡育ちですが、8月9日は登校日で午前11時2分には黙祷を捧げていました。黙祷。
世界から核兵器がなくなるという理想は実現できるのでしょうか?

誠に遺憾ながら、核兵器が存在することによって大々的な世界戦争が抑止されているという事実があります。

また、多くの国々が核兵器を廃絶したとき、隠し持っていた国が他国を脅すという恐れも払拭できません。

個人的には、実現可能なソリューションを追求すべきだと思います。
原爆・被曝により亡くなられた方々を哀悼し、復興を成し遂げられた皆さんを表敬します。

そして、オリンピックが閉会した翌日に、改めて平和の意義を考えたいですね。これが所与でなく、様々な意思と複雑な仕組みが混在する世界の中で維持されている事も。
長崎に原爆が投下されてきょうで76年。
九州は台風の影響が懸念されていたようですが、式典は予定どおり午前10時45分から行われるそう。
日本に投下された二つの原爆。その後の、被爆や反核/核廃絶運動・原水爆禁止運動の違いから「怒りの広島、祈りの長崎」と言われますが、近年は怒りの長崎だよね、とどなたか指摘されていたな...浦上天主堂だけでも残されて入ればよかったんだけど....原爆ドームがのこされた広島、浦上天主堂が取り壊された長崎。それぞれの街の歴史は異なる。