[東京 28日 ロイター] - 東京五輪の参加選手たちは、新型コロナウイルスの大流行によって家族や友人に会えない孤立した環境に置かれながら国の期待を背負ってきた。その重圧が心の健康(メンタルヘルス)に影を落としている。

27日の団体総合決勝を「途中棄権」して驚きを誘った体操女子のシモーン・バイルス選手(米国)は、世界の重みを肩に背負ってきたような感じだったと語った。新型コロナ大流行がもたらした悲しみ、喪失、制約が、その重圧に拍車をかけたようだ。

「ふつうなら選手村で歩き回ったりできる。世界の重みを感じるのはしんどいものだ。膨大な練習をやっているが、そのはけ口がない」

選手らの五輪前の練習は、ロックダウンや運動施設へのアクセス制限によって妨げられてきた。大会が1年延期されたことで出場資格判定の日程に懸念が生じたほか、ウイルスに感染せずに渡航できるかという問題も持ち上がった。

家族や友人は東京のスタンドで声援を送ることができない。選手たちの移動も厳しく制限されている。

米国の体操チームは、新型コロナ対策のために選手村の喧噪を避け、近くのホテルに滞在している。これは五輪体験の輝きをそぐものだ。

バイルス選手は「環境が素晴らしくないと言いたいのではない。新型コロナの感染を避け、規約その他すべてを守るために私たちが選んだことだ」と語った。

家族とはビデオチャットやテキストメッセージで連絡を取り合えており、「支援はあり余るほど得た。最後の瞬間まで耐え抜きたかったが、ご覧の通り、そうはいかなかった」

やはり高い期待を背負って五輪に出場した競泳女子のケイティ・レデッキー選手(米国)は、バイルス選手の重圧が理解できると言う。米国民は、自分がメダルを取るかどうかより世界で起こっている事をもっと気に掛けるべきだとも語った。

レデッキー選手は新種目の1500メートル自由形で金メダルを勝ち取った後、「オリンピアンであるということは、みな互いを気に掛け合い、常に、そして困った時には助け合わなければならないということだ」と話した。

<険しい道のり>

選手たちは東京に着く前から、新型コロナがもたらした新種の重圧に直面していた。ロックダウン中でも練習できる手段を探し、自身と家族、コミュニティーの健康を損なわずに五輪出場資格を獲得する必要があった。

体操女子団体で米国を下し、金メダルを獲得したロシア・オリンピック委員会(ROC)のアンジェリーナ・メルニコワ選手は「2019年からずっと険しい道のりだった」と語った。

「パンデミックによって五輪が延期された時、私たちの練習拠点は閉鎖されていた。私たちは1年半にわたって隔離され、その間ずっと練習していた」

新型コロナ大流行の初期段階に、あるいは試合そのものによって感染した選手もいる。感染すれば、何年間ものきつい練習が台無しになりかねない。

競泳のトム・ディーン選手(英国)は五輪までに2度新型コロナに感染し、何日間も隔離されて練習を中止せざるを得なかった。それでも27日には200メートル自由型で金メダルを勝ち取った。

「この1年間に2度新型コロナに感染した。自分のアパートに1人きりで座っている時、五輪の金メダルははるか彼方の出来事だった」

同じく感染しても、ディーン選手ほど幸運ではなかった選手もいる。

感染して1カ月間入院したフェンシングのオ・サンウク選手(韓国)は、男子サーブル個人の準々決勝で勢いを失い、最終的に敗れた。

オ選手は試合前ロイターに対し「体力が落ちた感じがする。そのことを考えるたびに自信が薄れていく感じだ」と語っていた。

世界中にいる無数の人々と同様、五輪出場選手も愛する人たちを新型コロナで失った。バイルス選手のチームメート、スニサ・リー選手は東京大会に備える途中におばとおじを失った。

ケニア陸上のティモシー・チェルイヨット選手のコーチ、バーナード・オウマ氏は「表彰台で人々が目にするのはアスリートだ。あるいは、1番を取らなければならない走る機械だ。だがコーチである私の脳裏には、社会的課題に直面する1人の人間の姿も見える」と語った。

(Gabrielle Tétrault-Farber記者、Elaine Lies記者)