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唐鎌さんの問いの意図は、それは財政当局の仕事であり、金融当局の仕事ではないのではないかという、古典的かつ本質的な命題を啓発することにあるのではないでしょうか?

つまり、目的は良くても手段がどうなのか?という話です。よく考えないまま、手段が目的化していないか?という疑問を持つ人は少なくないはずです。

然るに、白河さんが仰る、ヨーロッパ発の建前が、という話で片付けるものではないと、私は考えます。財金一体化の流れの中でなし崩し的に形成された動きについては、きちんと問い直すべきです。
しつこいようではありますが、「中銀とて気候変動に関与して当然だ」という前提の風潮はどうしても違和感があり、出来ること・出来ないこと・やるべきかどうか、といった次元の議論が尽くされていないように感じます。この点、先般の日銀オペはバランスが取れた(そのような議論に気を遣った)内容であるように思えました。一方、滅多に書き換えられることの無いミッションステートメントにまで踏み込む欧州式のやり方は私は疑問です。
唐鎌さんの論考。非常に示唆深く、一読をお勧めします。
ご本人がコメントとして「しつこいようではありますが」と仰っていますが、議論が尽くされていない以上、投げかけを続ける必要があるのだろうと思います。
議論が尽くされていないということについては、私もそう感じています。むしろ議論を投げかけると、問いを投げること自体に批判的なコメントを返されたりしますが、これは宗教の話ではなく政策の話なので、中央銀行ができること、できないこと、やるべきことについて、徹底的に議論を尽くすべきというのは、仰る通りだと思います。
欧州の一連の動きに対して、冷静に議論を投げかけることのできる立場に日本(日銀)はあるのではと思います。
歴史を紐解いても、ミクロの資源配分への介入は、例えば「この戦争の遂行が大事」→「ではそのためのファイナンスを」のように、歯止めが効かなくなるリスクも伴います。(複数国の連合体であるECBは、もしかするとこの辺りのリスク感覚が若干違うのかもしれませんが。)

また、「経済への影響」は、剥き出しの補助金的なものも含め、定性的には如何様にでも説明できてしまいますので(例:「●●業を補助しないと国内産業が空洞化して雇用が減る&供給制約で物価が上がる」)、常に市中での議論を通じて健全なガバナンスを効かせていく必要があると思います。その意味で、このような論稿は重要と感じました。

やはりマクロ政策当局としては、「第一義的な責任は『政策の持続可能性』にあり、その確保が地球の持続可能性にもつながる」ということを基本としながら、政策についてオープンな議論を行っていくことが大事だと思います。
欧州から、建前が本気になる動きが加速していると思っています。日本は「建前だよね」と思ってやっていても、いつの間にか周りは本気の取り組みになっている。経路依存性を廃し、様々な動きを見定めていくことが大事ですよね。気候変動を「ブーム」とするタイトルも、ちょっとアップデートされていない感じがあります。
もともとブンデスバンクは金融政策の独立性の旗頭であり、このカルチャーを引き継いだECBは本来は政治的な決定から一線を画すスタンスだったはず。

結局、気候変動という観点が欧州としてはアメリカ、中国、途上国に対して優位性を持つ上で極めて大事ということが、欧州のあらゆる意思決定者の中でコンセンサスになっているのでしょう。