2021/8/2

【徹底検証】なぜカリスマ経営者の下では社員が育たないのか

NewsPicks Brand Design editor
たかが会議、されど会議。ここに、衝撃的なデータがある。部長職以上の会議に投資する年間平均時間は、434.5時間。従業員1万人規模の企業では、ムダな会議によって年間15億円の損失が出ている(パーソル総研)。いかに「ムダな会議」が悪なのかがわかる数字だ。これを聞けば、どんな経営者でも「会議をなんとかしなくては」対策を急ぎたくなるだろう。
それに対し、「会議を変えても何も変わらないが、参加者自身が変わればすべてが変わる」と断言するのが、企業の圧倒的な成長を支えてきたデルフィーコンサルティング代表・久保田記祥氏だ。
では、何が企業の成長を阻害するのか。カリスマ経営者が陥りがちな罠とは何か。同社の事例から明らかにする。

なぜ目標を達成できない組織が存在するのか

「会議のための会議」という言葉があるが、ここにその「負」を示すパーソル総研のデータがある。
部長職以上の会議に投資する年間平均時間は、434.5時間。上司層の「会議がムダだ」と感じる割合は、27.5%。従業員1万人規模の企業では、ムダな会議によって年間15億円の損失(ムダに費やしている人件費)が生まれている、というものだ。
データには表れていないが、コロナ禍で指摘されているのが、リモートワークの浸透による会議数の増加だ。人を集める=会議のハードルが下がったことにより、自分は一度も発言しない会議、つまり「ムダな会議」が増えたと感じている人も多いのではないだろうか。
パーソル総合研究所・中原淳(2017-8)「長時間労働に関する実態調査(第一回・第二回共通)」
では、ムダな会議を洗い出し、可及的速やかに整理しよう。
経営者であれば、こう考えるのが一般的だが、デルフィーコンサルティング(以下、デルフィー)代表・久保田記祥氏は「待った」をかける。
「会議は経営そのものです。ムダな会議をなくすだけでは、マイナスをゼロにすることしかできない。そこで私たちは、日常的に行われる会議を経営の本質的な問題解決の場に変えるメソッド『すごい会議®』のコーチングを行っています。
といっても、効率的な会議フォーマットを提供するのではありません。会議を通じて、組織が得たい成果を手に入れるサポートをするのです」
「すごい会議®」とは、アメリカで1975年に生まれた会議手法。
「会議」と名付けられているが、改善するのは会議ではない。実際の会議で行われる、意思決定や問題発見、そしてコミュニケーションを強化することが、会議ひいては経営そのものの強化につながるのだ。
アップルやP&G、モルガン・スタンレーなど名だたる企業への導入実績があり、その数は日本でも年々増え続けている。
「掲げている目標から逆算して、達成のために必要な手段を見つけることはどんな組織でも可能です。それでも目標を達成できない組織が存在するのは、経営者が達成に必要な判断をしていないから。
たとえば、『業績を倍に伸ばす』という目標があって、達成のためには『投資を倍にする』という手段が必要だとします。
私から『では社長、投資を倍にしますか?』と言っても、ほとんどの経営者は『いや、今のタイミングではないかな……』などと実施しない説明(言い訳)をしますね」(久保田氏)
つまり、多くの経営者が口では「目標を達成させよう」と言っていても、自己矛盾を認識せず、目標するための意思決定をしていなかったり、夢を語る気持ちよさに溺れていたりするのだ。

「社長、綺麗事はいいので、本当にほしいものは何ですか」

では、デルフィーはそんな経営者や組織をどのように目標達成へと導くのか。
「まず、私たちが『こういうやり方がありますよ』と答えを教えることは絶対にありません。
そもそも、同じ組織であっても部署ごとに、同じチェーンであっても店舗ごとに課題やその解決方法、解決の優先順位は異なります。また、別の組織でうまくいったナレッジを共有しても、状況がよくなる保証はない。いや、そんな甘い話はまずありませんよ」(久保田氏)
だからこそ、問題解決の手法自体を身につけることが重要なのだ。久保田氏によれば、手法だけを身につけてもまだ不十分。
経営者が「自分が口にしていること」と「実際にやっていること」のギャップに気づき、それがなぜ生まれているのかを理解し、原因を根絶しない限り、本質的な課題解決にはならないという。
「ですから、私がコーチングの最初にする質問は至って単純です。『社長、口ではそう言ってますが、本当にほしいもの、やりたいことは何ですか』と」(久保田氏)
本心と口にしている目標にギャップがあるうちは、本心を満足させる意思決定しかしないし、目標達成のための答えが見えていても、自分に負荷がかかるような解決策は採用しない。
たとえば経営会議の場で、期日を守らない責任者や常に目標未達の責任者に対して「終わってるな」と言えないとする。その場合、経営者の潜在意識には「こいつが今やめちゃうと困るしな」「尊敬される経営者でありたい」という思いがあるはずだ。
それを自覚してはじめて、「売上を上げるためには、尊敬されたい気持ちを捨てなくてはいけない」もしくは「(簡単には見つからないが)売上2倍と、尊敬されたいという思いを両立させられる施策はないか」と、本来目指すべき結果につながるアクションを探すことができる。
久保田氏はこれまで、本心を聞き出したときに、怒りだす経営者を多く見てきた。
本来の目標を達成するために最適な手段を部下から提示されていたのに、自分の本心とはそぐわないからと、その提案を蹴っていた。業績が伸びない原因は部下にあると思っていたのに、自分こそが元凶だったと気づけば、ショックも大きい。それが「怒り」として発現するのだ。
「『社長、もう一回聞きますけど、本当はどっちがほしいんですか』なんて質問を何度も浴びせるのは、こちらだってキツいときがあります(苦笑)。
しかし、私たちの目標はクライアントに気に入られることではなく、『クライアントを圧倒的に成長させること』。だから、『こんなこと言ったら、もう二度と依頼は来ないかもしれない』と思っても、やるしかないんですよ」(久保田氏)

「カリスマ経営者」が陥りやすいコミュニケーションの罠

では、「すごい会議®」を組織に導入すると、実際にどのような変化が起こるのか。
外食チェーン「塚田農場」などを運営するエー・ピーホールディングスは、2019年度、絶対に黒字化しなくてはならない状況で、デルフィーに相談を持ちかけた。COOの野本周作氏は、次のように話す。
「2001年設立で、12年に上場したものの、15年頃から業績が伸び悩みました。17年度は最終赤字、18年度は最終赤字だけではなく営業赤字。3年連続で最終赤字になると上場廃止になることから、絶対絶命でしたね」
野本氏が入社したのはその2018年度の中頃。入ってから感じた大きな課題の一つが、社内のコミュニケーションだった。
幹部たちが経営者の考えの真意をくみ取れないまま、現場社員にまで指示が落ちていくことで、経営者が本当にやるべきだ、目指すべきだと思っていることと、やった結果がかみ合わないことが多々ある状況だったからだ。
「弊社の場合、創業者である米山久が持つ天性の経営感覚が強みの一つなのですが、その感覚が具体的な策にまで落とし込み切れていないケースも多かった。
具体的な話はできないのでたとえ話をすると、『富士山に自転車で登るぞ』と米山が言ったとします。『えっ、自転車!?』と思っていても、米山の指示なのでみんなは自転車を探しに行く。
でも本当は、経営者の前提条件や思考のプロセス、言葉の真意を理解できるまで、諦めずにコミュニケーションをとるべきなんですよ。『とりあえずいい自転車を探しますが、どうして自転車なんですか?』『お金はかかりますが、ヘリをチャーターするともっと楽に、早く登れますよ』と。
すると、『早く着くなら手段はヘリでもいい』という答えが返ってくる可能性がある。
創業者は事業を立ち上げたときに自分で具体策まで考えて、実行してきた歴史があるから、会社が大きくなっても具体策で指示を出す。
iStock.com/metamorworks
社員はその『具体策』を実行しないといけないと思いがちだが、本人は実はそこまでこだわっておらず、『目的が達成できる別の手段があるならそれで構わない』『むしろそっちのほうがいい』と思っている。
そんな状況なのに、『そんなのムリだ』と思いながら取り組めば、まともな結果につながるわけがないんです」(野本氏)
当時は、会議やミーティングの場でも、質問に対して明確な答えが返ってこないケースも多かった。「なんで目標達成できなかったの」という質問が飛んでも、達成できなかった理由ではなく「◯ヶ月後までにはできると思います」という、ちょっとずれた答えが返ってくる。
いつまでに、誰が、何をするべきかが明確でなく、掲げた目標に対する振り返りもきちんと行われず、責任を他人に求める空気ができあがっていた。
「実は、前々職では『すごい会議®』が根付いていて、執行役員だった自分もトップチームのメンバーとして経験していたんです。だからこそ、『すごい会議®』がないコミュニケーションがとても気持ち悪かったし、反対に、そこが改善できれば復活できるだろうなと思えました。
ただ、米山から『すごい会議®』を導入するのはどうだ、と尋ねられたときは、正直に『この会社には必要。ただ、自分が参加すると思うと、正直気が滅入る』と答えました(苦笑)。
状況を改善するために必要なのは間違いありませんでしたが、大変なこともわかっていましたからね」(野本氏)

目標達成を建前抜きの最優先事項にできるか

デルフィーのファシリテートのもとで会議を行うことで、米山社長の発言だけでなく、その頭の中で描いていることも含めて共有できるようになってきた。
経営者の意図を幹部が汲み取り、そこも含めて現場に落とし込んでいくことで、会社全体でより納得感を持って仕事に当たれる状況が構築されていったのだ。
しかし、社内コミュニケーションが改善する一方で、別の大きな問題が発生した。消費増税前の買い控えが進んだことで、主力の塚田農場の業績が大きく落ち込みはじめ、歯止めが利かない状態に。
黒字化のために絶対に負けられない年末年始商戦、このままでは戦えない。
そこで米山社長が9月末の会議で下したのは、年末年始商戦を乗り切り、黒字化するために、野本氏に塚田農場事業を担当させる、という決断だ。
写真提供/エー・ピーホールディングス
「それまで僕は、中国事業の撤退や国内外の赤字事業の再生などを手掛けていましたが、そのときは『全部放っぽり出して、塚田農場をやれ』と言われた。
自分で言うのもなんですが、結果的にその判断は正しかったと思います。そのときは『社長、無茶言うなー。どうしようかな』と思いましたが、あの苦境を乗り越えるには、あの手しかなかった。
今思えば、米山にとっても非常にストレッチのかかる、クリティカルな決断だったと思います。
目標達成を建前抜きの最優先事項にしなければ、絶対にできない決断だった。それを乗り越えたことで、米山も自身のカリスマ性をより強固な強みにできたのでは、と感じています」(野本氏)

「これをやって」と言われた途端、人は動かなくなる

エー・ピーホールディングス同様、カリスマ経営者ならではの課題を抱える企業は少なくない。焼酎「宝山」などで知られる鹿児島の酒造メーカー、西酒造もそのひとつだ。
たとえば困難な課題に直面したとき、経営者自身はそれを乗り越えることができる。しかし社員も同じように問題を抽出し、解決策を講じられるようになれば、より大きな成長を狙えるはず。しかし、現実はそううまくいかない。代表の西陽一郎氏は次のように振り返る。
「成長を促すために繰り返し社員に働きかけても、なかなか変化が起こらない。なんでわかってくれないんだろうと困っていたときに、『すごい会議®』の存在を知りました。
久保田さんという第三者が介在することで、まずは自分のやり方の『言語化』が十分でなかったことがわかりました。それを『形式知』に昇華させることで、はじめて社員に『伝わった』感覚が得られたんです」
これは、「できる」人には「できない」人の気持ちがわからない、という単純な構図だ。
西氏の働きかけに対して、社員は「応じなかった」わけではない。単に、理解できなかったのだ。西酒造は、デルフィーのコーチングを受けることで、社員との共通言語を手に入れた。それは、さまざまな課題解決の礎になる。
「もうひとつの反省点はすごく酒造メーカーらしい話で、『飲みニケーション』です。もちろんコミュニケーションという意味では一定の効果はありますが、飲みの席で発信したことはなかなか定着しない。なにせ、お互いに酔っていますから(苦笑)」
「正直、自分の経営のやり方が変わったわけじゃない」と西氏は付け加える。
やり方は間違っていなかった。伝え方がわからなかっただけなのだ。そうしたコミュニケーション不全を取り除くことで、組織の成長の土台が整えられる。
iStock.com/kanzilyou
では、「すごい会議®」はなぜ組織に「圧倒的な成長」を促すことができるのか。久保田氏は「簡単なことですよ」と説明する。
「私の経験上、人って、誰も他人の言うことを聞かないものなんです。唯一聞くのは、自分が聞きたいこと。『自分がやらなきゃ』とコミットできるのも、(私たちのサポートで認知を広げた結果)自分で考えて、納得したことだけです。
つまり、『これをやってくれ』と言われた途端に、やる気がなくなるんですよ。
だとしたら、まずは経営者が自分の本音に立ち戻って、コミュニケーションや意思決定を見直すべきです。それこそが掲げた目標を絵に描いた餅で終わらせず、組織を圧倒的に成長させる最初の一歩なのです」