【夫馬賢治】なぜいま「ESG」がここまで注目されているのか

2021/7/29
「NewsPicks NewSchool」では、2021年8月から「ESG人材養成」を開講します。
プロジェクトリーダーを務めるのは、ESG投資の日本の第一人者である夫馬賢治氏です。
今回は開講に先駆け、夫馬氏が過去に出演したMOOC「企業競争力を高めるESG入門」の内容をハイライトし掲載します。

世界では10年以上の歴史がある

ESGが今、なぜ注目されているのか。今回の講座では、この疑問を紐解いていきたいと考えています。
まずESGとは、環境であるEnvironmentのE、社会であるSocialのS、企業統治であるGovernanceのGと、それぞれの頭文字をとった略語になります。この環境・社会・ガバナンスが、現代の投資や経営において重大要素と言われています。
そのESGが、なぜこれほどまでに投資家を中心に盛り上がってきているか。その背景には、先進国から新興国にシフトしつつある経済、気候変動、移民労働者の増加、グローバル化やデジタル化など、世界規模の変化があります。
過去10年でこれらの変化は急速に進み、2030年までの今後10年間で、さらに加速すると考えられています。世界的な潮流のなか、企業経営も変化に対応していかなければ、将来的に淘汰されていくのではないか。
投資家を中心としたそういった懸念が経営者にも届き始めたことで、大きな注目を浴びています。
ESGという言葉が日本でも浸透し始めたのは、この3年ほどの間。ただ、世界的に見ると、投資家がESGに注目し始めたのは今から15年前の2006年のことです。
残念ながら長きにわたって、日本人はほとんど知ることなく、世界では10年以上の歴史があり、今後も成長していくと考えられています。
夫馬 賢治/株式会社ニューラル代表取締役CEO
著書『超入門カーボンニュートラル』『データでわかる 2030年 地球のすがた』『ESG思考』 。2013年にサステナビリティ経営・ESG投資コンサルティング会社を創業し現職。ニュースサイトSustainable Japan編集長(https://sustainablejapan.jp/)。ハーバード大学大学院修士(サステナビリティ専攻)課程修了。サンダーバード・グローバル経営大学院MBA修了。東京大学教養学部(国際関係論専攻)卒。環境省、農林水産省、厚生労働省でのESG関連有識者委員会の委員。ハーグ国際宇宙資源ガバナンスWG社会経済パネル委員も歴任。CNN、FT、Washington Post、Forbes、NHK、日本テレビ、テレビ朝日、テレビ東京、J-WAVE、TBSラジオ、日本経済新聞、毎日新聞、プレジデント等取材多数。世界銀行、自民党、EU欧州委員会、外務省、環境省、日弁連、公認会計士協会、外資投資銀行、金融機関、大手上場企業、国際NGOからの講演依頼多数。

ESGとSDGsの違い

また、日本でのESGは持続可能な開発目標であるSDGsとセットで語られがちですが、両者には明確な違いがあります。
ESGが2006年から投資に組み込まれ始めた一方、SDGsは2015年に国連が定めた目標になります。気候変動のための国際条約であるパリ協定も、同じく2015年に採択されました。
ESGは、SDGs やパリ協定より9年も前から動き出していました。当然ながら起源もまったく異なります。ESGは投資や経営に環境・社会・ガバナンスを組み込むことで、自分たちの目指す方向に進んでいく“手法”。
一方のSDGsは、17の世界的目標、169の達成基準、232の指標からなる持続可能な開発のための“目標”と、“手法”と“目標”で、両者に大きな違いがあります。
世界が大きな変化の時代を迎える今、投資家はその変化に対応するためにESGを経営に取り入れているかどうかで企業の成長性を見ています。そんななかで、投資家が最も危惧しているのが気候変動のリスクです。
世界経済フォーラムが毎年1月、スイスのダボスで開くダボス会議には、各国大臣や投資家、エコノミストといった経済界の重鎮が集結します。コロナ禍での今年のダボス会議では、最も警戒するリスクとして気候変動が挙げられ、次に感染症が続きました。
第二群として天然資源や生物多様性、人間による環境災害、異常気象が続いていましたが、いずれも気候変動に関連した問題です。それほどまでに、今の経済界では気候変動リスクが強く認識されています。
実際、国際決済銀行という、国際金融の要になっている機関による「グリーンスワン」というタイトルのレポートで、「今後の金融危機は気候変動で起きる」と記されました。さらにアメリカの中央銀行でも、同様の危惧をレポートで提言しているほどです。
投資家が気候変動リスクに着目するのも当たり前と言える状況ですが、ほかにも人口問題や新興国の台頭、移民労働者など、問題は山積みです。これらの経済リスクも当然認識されていて、機関投資家はそれぞれのリスクにどれほどの対策を行ったかスコアリングをし、各企業をジャッジしています。
もちろん、ESG投資を行えば本当にパフォーマンスが上がるのか、という疑問も出てくると思います。ただ、海外では世界最大の資産運用会社であるブラックロックをはじめ、ESGに基づいた投資のリターン増加は揺るぎない事実としてデータで公表しています。
写真:da-kuk/istock.com

経営上のメリットも大きい

経営上でもESGのメリットは大きく、未来に向けて先んじて動くことで企業競争力を高めることができます。
経営の要素にはヒト・モノ・カネ、加えて情報があり、例えばおカネの面では注目を浴びているESGは、投資家からの出資や銀行からの融資といった資金調達が円滑に進みやすく、資本コストを下げることができます。
ヒトの面では、長期的な成長が見込まれる企業であれば、優秀な人材が集まりやすくなります。モノの面でも他社に先んじて手を打てるかどうかが、大きなメリットにつながります。
例えば、気候変動によって原材料の調達が不安定になるリスクへの備えがあれば、不測の事態にも対応できます。研究開発などで今後必要となる技術を開発できれば、特許などの知的財産権における戦略を有利に運ぶこともできます。
もちろん、投資家や上場企業に限った話題ではなく、ESG投資が株価に反映されない非上場企業も、決して無縁ではありません。非上場企業でも、取引先や融資を受ける銀行から、ESGに関するリスクへの対応を要求されます。製品やサービスのサプライチェーンに関わる企業すべてが、ESGからは逃れることはできません。
その顕著な例がAppleになります。実はAppleは業界で、「Apple監査」と呼ばれるほど、ESGに関する要求が厳しい企業として知られています。
現在、Appleと取引をしようとすれば、差別やハラスメント、強制労働、賃金、といった雇用関連はもちろん、有害廃棄物や排水管理、大気排出物管理など、サプライヤーは厳格な取引基準を求められます。
たとえどれほど良い製品をつくろうが、いくら価格が低かろうが、ESGの面で定めた取引基準に達していなければ、Appleは取引を打ち切るほどの厳しさです。
2020年だけでも49カ国の計1142社の状況を監査し、全社にスコアをつけています。その監査の厳格さから、2014年の段階では対応ができていない企業も多かったものの、2019年までには多くの企業が従業員の待遇や環境、大気排出物などの改善を進めていきました。
一方で、厳しい監査基準も自分たちが先んじて動いていれば、Appleのような大手企業への販路も広げられ、企業競争力の向上にもつながると言えるはずです。
写真:istock.com/carterdayne

花王のESG戦略

ESGに力を入れる日本企業の例としては、花王が挙げられます。花王の場合は、「持続可能な原材料の調達」「リサイクルシステム」「製品のイノベーション」「水資源」という要素を経営リスクだと考えています。
しかし、それらのリスクが顕在化しないうちに対応することで企業競争力を上げられるとし、各々について具体的な目標やアクションを設定しています。
日本でも近年に話題に上るプラスチックのリサイクルも、花王の目線では環境リスクのひとつとして映っています。そもそもプラスチックは石油由来のため、二酸化炭素排出の問題があります。
海外では既に二酸化炭素を排出すると炭素税が徴税されるなど、このままではシャンプーやハンドソープも値上げをせざるを得なくなる状況のため、花王では石油由来ではなく、再生プラスチックでボトルを製造しようと事業転換を始めています。
「水資源」という観点も、シャンプーを販売する花王にとっては避けて通れません。実は水源の問題は、日本でも数十年後には直面するという予測が既に出ています。花王では将来的にシャンプーやハンドソープの販売を継続するため、水の循環や水資源の課題解決の優先順位を高く置いています。
花王では将来のリスクに対応し、企業競争を高めるため、「SMART」と呼ばれる目標設定のためのフレームワークも用意しています。
それぞれの基準の頭文字で構成され、まずSは「Specific」で具体的であること。次のMは「Measurable」で、計測可能であること。Aは「Achievable」で、達成可能かどうか。Rは「Relevant」で、経営戦略と関係があるか。そして、最後のTは「Time based」で、達成の期限が明確な目標設定とされています。
ESGは今のところ、環境配慮や社会貢献といった言葉が連想されるかもしれません。ただ、それらの抽象的な言葉は定義もなく、実際の取り組みまで落とし込むには難しいと言えます。
現実にESGでの取り組みで求められるのは、SMARTのように、どのように目標を設定し、実行していけるか。ESGは絵空事や学校で聞くだけの話では、決してありません。
対応しなければ、取引先からの契約が切られる可能性もある以上、ESGを取り入れざるを得ないという時代が今、到来しています。
(構成:小谷紘友)
※後編に続く
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