「心理的安全性」という概念は、まだ、日本人には早すぎる。
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「日本人は、反対意見と、人格攻撃を区別できない人が多い。」
「だから、知識労働者に必要とされる「率直な物言い」が、そのまま対人トラブルにつながる。」
「そういう意味では、「心理的安全性」という概念は欧米の文化に根差すものかもしれない。」
「まだ、日本人には早すぎるのだ。」
労働者どころか身近な人でさえ無難な言葉を選ぶところがあるんだよな……
心理的安全性の向上より場の空気を維持する方がまだまだ重視されそう。組織で勝負している際に問題や課題、失敗を「個人の責任」にしている限りは、心理的安全は無いと思う。
失敗は基本的には「組織のリーダーの問題」である。そしてそれは「実現不可能な計画、戦略の失敗である」と、思えるかどうか。
「いや、あいつが悪意を持って行った」
「部下のレベルが低いからダメだった。他のメンバーならなんとかなった」
みたいなのは、自身のリーダーとしての戦略ミスを、他責しているだけ。そのメンバーを受け入れて対応すると決定し、受容したのは自分であると思い切れるか。
そういったリーダーの元に、初めて心理的安全が生まれると思う。心理的安全性を誤解している人が多すぎないかな…。何でも言っていい、ネガティブなことでも言うことが良いわけではなくて、勇気を持って、あるいは安心して言える気持ちに1人1人がなれる、組織や場のベースにあるものだと思う。それは意識して作っていけるものでもあると、エドモンドソンさんの本で感じた。