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勉強の本質とは知らないことを知ることで、本来は楽しいものであり、それでも多くの人(私も含めて)が苦痛を感じる原因は、テストで評価されるからではないでしょうか。

この記事で指している勉強という言葉は、受験勉強またはテスト勉強と言い換えた方が良いかなと思っていて、そういう意味では記事内容に同意しますが、勉強という言葉をもっとポジティブに使える世の中になって欲しいです。
勉強の語源は諸説ありますが、「勉めて強いる」つまり、気の乗らないことを嫌々やるという意味があります。日本では明治時代に大変なことを嫌々やることが美徳とされる文化が出来上がってしまい、そこから勉強とは苦痛を伴うものだという言説が出てきたという背景があります。
それに対して「学び」とは、自らの興味関心に基づき受動的に進めていくものです。この記事で書かれている内容は、どちらかというと学びの話に近いのかなと思いました。
本当にやりたいこと、なりないことがあってそれに対する勉強であれば勉強は苦痛でもなんでもないですよね。
小学校や、中学、高校で勉強が苦痛なのは、ゴールがよく分からないまま勉強するからだと思います。

小さい頃は嫌で仕方なかった勉強も、なりたい自分の姿をイメージしながらすると自然と嫌ではなくなります。
小学校の低学年時分にはよく宿題プリントを2枚もらっていたことを思い出しました。宿題をすることが好きだったんだろうと思います。高学年時分には習った算数をつかって作った自作のテストをよく先生に出題していました。あの頃は本気で先生が解けない問題を作ろうとしていました。いつからか、「点数稼ぎ」とか「いい子ぶってる」と言われるのが嫌になり、一切宿題することなくなってしまいました。そんなことを思い出しました。

よくなぜ努力して勉強するのか、という問いへの答えが目標に向かって努力する過程が学べるというのがよく聞きますが本当でしょうかね?
受験戦争ではみんなそうであることを知っているように合格という目標に対して努力します。では受験戦争に参加しない方法で進学した彼らはその点において劣るのでしょうか。勉強をこなすことで努力を学ぶ、というのはあまりに逆説的ではないかとも思います。
勉強をすることの意味とは、その過程ではなく知識の蓄積とその活用にこそ意義があると思います。目標への手順は勉強する過程ではなく、数学証明問題からのフィードバックであると考える方が自然じゃないですかね?

すなわち、なぜ勉強する方がいいのか、という問いに対する答えは、知識の蓄積が選択を広げるからという一点に尽きると思います。
近道なんて無く、やり続けるしかない。いずれどうなるか、なんてわかんないが、前に進めば物事は動く。
非常に刺さる言葉↓
『誰が否定してこようとも、自分だけは、努力をした自分を否定してはいけないということ。否定した瞬間、自分の歩みは完全にとまります。

誰もあなたの足をとめることはできません。最終的にとまることを選択するのは、やはり自分自身なのです。

努力するということは、自分の足で一歩でも前へと進んでいくという、無言の「意志表明」なのでしょう。』
目的に向かって進んでいくための手段が勉強だと思います。時には苦痛な時もありますが、ゾーンに入って楽しくてしょうがない時もある。生きていく上で、人生を豊かにするために必要なことですね
#キャリアコンサルタント
受験成功は、少なくとも人生大失敗のリスクを下げる機会だと思います。

現代の一般受験は、平等に社会が評価してくれる最初で最後のチャンスのため。一般受験に才能なんて殆どいらない。実際、所属学部の偏差値1、2の差だとなんてことないけど、10、20違ってくると実感としても違うクラスタの人間。なぜかというと
「(どんなに下らなくても)受験に成功すれば社会から容易に評価されるという事実に高校生時点で気づけて、かつ青春を犠牲にできた人間」
のはずだからです