2021/7/19

「個」の時代が来た。組織はまだ変わらなくていいのか。

NewsPicks Brand Design Senior Editor
個が輝く、自走型の組織をどう作り出すか──。経営資源の中でも最も重要な要素「ヒト」の能力を最大限活かすため戦略人事へのシフトが進んでいる。組織に眠る人事データ活用の潮流の中で、注目を集めるのが「タレントマネジメントシステム」だ。しかし、もちろんツールを導入する“だけ”で、魔法のように組織が変わるわけではない。人事データ活用成功のカギはどこにあるのか。

ヤフー「People Analytics Lab」のラボ長として、人事データ活用に取り組んだ経験を持つ伊藤羊一氏、人事・現場が使いやすいタレントマネジメントシステムとして評価を得るHRBrain取締役の中野雄介氏が、これからの時代に採るべき、人事データ活用の重要なポイントを語り合う。

「個」を活かす人事データ活用への道

──Zアカデミア学長や“伝えるプロ”としての活動など、リーダーや次世代育成分野での活躍が印象的な伊藤さんですが、実は2017年に、ヤフーの人事データ活用の専門組織「People Analytics Lab」の立ち上げを担われていたとか。どんな経緯だったのですか。
伊藤 「僕が作る」と宣言したからですね。
 そもそもリーダー育成にあたって、「リーダーとは何か」を定義するとき、僕の答えは“Lead the Self”です。
 自分が熱狂している、つまりLead the selfされているからこそ、結果的に人がついてきて「Lead the people」になる。
 そこで人事としては、相手は何に熱狂するのかという視点で「個」を活かすシステム設計を考えるべきですが、組織運営ではある意味、ばらばらに向いた個を一方向に束ねようとする強制力が働きます。
 ですが、やはり個の活躍は多様な方向性にある。
 個の熱狂と、組織のゴール。このギャップは、データで埋めていく必要がある、と思ったんです。
 今、ヤフーでもメディアやコマース事業では、蓄積したデータを分析し、ビジネスを最適化することが当たり前に行われています。しかし、人事領域ではデータ活用がまったく進んでいないという問題意識もありました。
 そこで当時、考えたのが、いわゆる「ゆりかごから墓場まで」のようにイチ社員のデータを1レコードでつなげる仕組みです。
「夢を抱いて入社した彼は、希望通りに進めているのか」「どんなパフォーマンスを出しているのか」から、「日々、社食で何を食べているのか」みたいな些細なことまで、一人の社員に関わるデータを一気通貫で見える化できないかと考えたんです。
──そんな細かなデータまで?
伊藤 もちろん理想ですよ。でも、データから〈普段と食べているものが変わった→入退室の時間がズレた→欠勤が目立つようになった→最終的に退職してしまった〉といった相関が見えてくるかもしれない。
 とにかく事前にネガティブな兆候がわかれば、個人と組織にとってマイナスの結果になるのを未然に防げるのでは、と。
 そこで立ち上げたのが「People Analytics Lab」でした。

人事データが抱える「3大疾病」

 ところが、スタート直後、いきなり壁にぶつかります。
 たとえば、当時は無料で朝食を提供していたので、この受け取りデータと出退勤時間の関係を見ようとしたのですが、関連付けにものすごく時間がかかって……、こんなに大変なの?と。
 ばらばら病、まちまち病、ぐちゃぐちゃ病……ヤフーも人事データの「3大疾病」の重症患者だったんですよね。
 縦割り業務によってデータの有無や所在がわからず、形式もばらばら。データの評価方法や収集頻度に連続性がなく、存在がまちまち。打ち間違いや記載方法の不一致が多発し、データがぐちゃぐちゃ。
 本格的な分析に取りかかる前に、そもそもデータベースをそろえないとダメだと判断し、データ整備に着手。
 社内のデータが一箇所にたまる状態を作るのに1年、そこからダッシュボードのようなカタチでデータをアウトプットできるようになるまでに、さらに1年。トータルで2年ほどかかりました。
 この頃、僕の手には負えないと専門の知識を持ったメンバーに引き継ぎましたが、これが本当に骨が折れる作業で……(苦笑)。
 だから、僕は「HRBrain」のように導入によって、一箇所にデータを集積できるサービスの活用は積極的に進めるべきだと思いますね。

データ活用の先に「意志」はあるか

中野 うなずくことばかりです。同様の課題に多くの企業がぶつかっているのが、現在の人事データ活用の領域です。
 そもそも個人に紐づくデータはその性質上、オープンにできないものが多く、構造的にばらばらになりやすいんです。
 我々のサービスを導入されるお客様も、まずは点在した社内データを集め、データクレンジングから取り組まれるケースがほとんどです。
 加えて、よく起こりがちなのが、経営トップから「データを使って何かやってよ」と指令を受けた人事が取り組みを始めたものの、目的がそもそも抜け落ちているケース。
伊藤 あぁ、わかります。データ活用に限らず、今、盛り上がるDXなども最たる例ですが、「何のために」という意志が抜け落ちやすい。
 人事データの活用によって、何を実現したいのか。
 目的という「意志」がなければ、大量のデータの海に溺れるだけで、何もできませんからね。
中野 「HRBrain」では、採用から人事評価・人材育成・人材配置や優秀人材の長期活躍のためのデータ活用まで、戦略人事を実現するための多様な機能を提供しています。
 しかし、目的が不明瞭な状態で、最初からあれもこれもというのでは、なかなか結果は出ません。
 まず、どんな課題を解決したいのか。カスタマーサクセスが目的を一緒に整理するところから伴走し、それに合わせたデータ整備や、ツールの使い方を提案しています。

足元の課題解決から、総合的なデータ活用へ

 たとえば、私たちのサービスの強みのひとつに「パフォーマンスデータ」の活用があります。
 人事評価プロセスを効率化するプロダクトがあるのですが、これを日常業務の中で継続的に使っていただくだけで、わざわざデータをインプットしなくても自動的に個人のパフォーマンスデータが蓄積されていくんです。
 社内からデータを集め、整備・統合して……というプロセスを難しく感じるお客様でも、自然とデータ活用の第一歩を踏み出していただくための仕組み作りは重要だと考えています。
 そして、ここにたまったパフォーマンスデータをほかの人事データと掛け合わせることで、次の課題解決につながっていく。
伊藤 以前は、HRBrainのようなタレントマネジメントシステムを導入するメリットは、「便利になること」だと思っていました。
 しかし、実際は「データがきちんとたまっていくこと」にこそ、最大の価値がある。
 ヤフーでもデータを整えるだけで2年かかりましたが、データが戦略的に使える状態になるまでには4、5年はかかると長期戦を覚悟すべきです。
中野 確かに、この手のデータはたまればたまるほど精度が上がり、判断も的確にできるようになります。
 データの蓄積に時間がかかる部分はありますが、我々は同時にお客様が短期的な成果を出すためのサポートも大切にしたいと思っています。
 直近で最も優先度が高い課題を見える化し、細かくステップを踏みながら解決する。
 それを繰り返すことで、社内の協力を得やすくなり、長期的なデータ整備も進めやすくなるからです。
 短期的な目に見える効果と長期的なデータ活用の実現、その両者に並走することに、我々の存在意義があると思っています。

経営の責任と人事の役割

伊藤 先ほど意志の話をしましたが、結局、これだけ中長期的な投資を決定できるのは、経営者だけです。
 それに、リーダーやハイパフォーマーとひとことで言っても、どんな社員を望むかは、企業によって幾通りもあります。
 ここをはっきり決めて、「こんなリーダーを育成していくんだ」「目指すべき組織のカタチはこれだ」と人事部に提示していくのが、経営トップの責任ですよね。
 経営者の意志表明がなければ、人事部だけではやりようがないし、実際、困惑している担当者の話も聞きます。
 一方で、人事は経営者だけでなく、事業サイドともしっかりコミュニケーションしていくべきでしょう。
 経営者が意志を表明し、それを事業サイドに落とし込んでいく。そのハブとなるのが人事の役割です。
中野 その際、蓄積したパフォーマンスデータがあれば、それを共通の基盤としながら具体的なリーダー像や組織像を言語化することもできますね。
 人事がポジティブに経営にコミットするとき、データはひとつの武器になります。
伊藤 ただ、いちばんダメなのは、HRBrainみたいなサービスを使ったら“魔法の答え”が出てくると思っているパターン。
 データにすべてを委ねるのではなく、まずは仮説を立てて、それを検証するためにデータを補完的に使っていくべきです。
中野 おっしゃる通りで、データは新しい示唆を得たり、意思決定の精度を上げるための補完的な情報として扱うべきもの。
 大前提として、そこに経営者の意志や方針があることはとても重要ですよね。

個が輝く「自走型組織」へ

伊藤 人事というと、どうしても守りのイメージで語られがちですが、実際は経営にポジティブに攻め込める存在です。
 しかし、多くの企業では、そのマインドチェンジが進んでいません。人事部自体が守りの業務に固執してしまうケースもありますね。
 しかし、これまでのやり方では、多様性の時代のマネジメントはできません。
 過去を一度捨て、新しい仕組みの構築に真剣に取り組むべきタイミングが来ています。
中野 同感です。より個に着目される時代が来たというのは、我々も強く感じているところです。
 伊藤さんがおっしゃるように、Lead the selfし、熱狂する存在を社内にどうすれば増やせるのか。
 旧来の「管理型組織」では経営陣やマネジメントなどの管理者が決断しなければいけないシーンが多く、スピードや変化が求められる今の時代では、ここがボトルネックとなります。
 そうではなく、我々がHRBrainを通じて生み出したいのは、それぞれの個が課題に向き合い、自発的に解決に挑む「自走型組織」です。
 社員一人ひとりにフォーカスしたデータを活用すれば、個人の貢献意欲を高めたり、適性に合った配置をしたりできるようにもなります。
伊藤 何度も言いますが最終的に大事なのは、個が輝くことです。社員一人ひとりが輝き開放されつつも、最終的にみんなが同じ方向に向かっている状態。
 一見、矛盾しているようですが、これを実現することはできるんです。
 だからこそ、人事がどういう存在で何をしようとしているのかが、これまで以上に大切になってくる。
中野 長期的な目標だからこそ、人事が細かくチャレンジを繰り返し、結果を出していくことが第一歩になると思います。
 それがデータ活用に踏み出す自信にもなりますし、経営を変える原動力にもなる。その強力なサポートができる存在として、我々も進化を続けていきます。