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講義などではどんな質問を受けても、そのたびに
「馬鹿な質問とかこんな質問恥ずかしいとかなんて思わなくていい。あなたが疑問に思っていることは、その他大勢もたいてい疑問に思っている。勇気を出して聞いてくれてありがとう。すごく助かる。」
と発言しています。

逆に、「なにか質問しよう」という意識で会議に参加したり講演を聞いたりすると集中度も増し、満足度も高くなるような気がします。
質問の中身がどんなであれ、コメント無し、シーンとしている質問が全くない状態は、全く興味がないことと同じ。何かしらの興味があれば、質問や単にコメントでも反応を示すことですね。
自分が話側であれば、反応をされた時には興味を示してもらったと思いますから、逆の立場に立つとわかりますが、聞き手側の反応は大切です。わざわざ質問をするのに、質問の種類に良いも悪いもないので、様々な角度からの質問がくる方がむしろ多様性に富んでいるということで、あえて謙遜した言葉はつけずに質問をすることを実施したいですね。
実は「ばかげた質問」は、本質に迫っていることが多いと感じる。私が長年、研修などで提供してきた「アクションラーニング」をやるたびにそのことを実感してきた。「固定概念」を外すことで、新鮮な質問=思いもよらぬ問題解決=本質に迫ることに繋がる経験を何度もしている。どんな質問も人に思考を与え、本質に迫っていかれると思う。
いまの組織が本当に素晴らしいな、と思うのは「質問や意見ある?」と聞いて質問や意見が挙がらなかったことがないことです。

こちらも全力で答えようとするし、このやり取りの中で私が想定していたよりずっと高いところに成長している感がある。

オーガナイザーとしての自分が心がけていることは、質問してくれた人に最大限の敬意を払うことと全力で答えることくらい。組織が自力で成長してるんですよねぇ。
自分が疑問に思うことを理解するために質問をするのだから、本来「ばかげた」ことではないです。また、質問される側も質問者の疑問を大切にして答えてあげたいです。
本当に疑問に思っているなら、「ばかげた質問はない」に同意。一方で「アピールする質問」は無意味だし、時間の無駄。それは「ばかげた質問」だと思う。
>2. 同僚も疑問に思っていたことを尋ねることで尊敬される

これは特にそうだと思います。