2021/6/30

【カイゼン秘話】メルカリは「パーソナライズ」で世界を狙う

NewsPicks Brand Design editor
 月に1904万人が利用するフリマアプリ、メルカリ(FY2021 第3四半期時点)。

 アプリリリースからまもなく8年目を迎え、ユーザーは大幅に多様化した。そんな千差万別の好みを持つユーザーを繋ぎとめる鍵となるのが、「パーソナライゼーション」だという。

 2019年には、パーソナライゼーション機能の開発を担うチームが発足。メルカリが描く、「究極に使いやすい」アプリの姿とは。エンジニアの約半数を外国籍のメンバーが占めるメルカリの開発組織で、パーソナライゼーションチームを率いるリーダー2人に話を聞いた。

完成には程遠い、だから挑戦する

──メルカリを使ってみると、売るのも買うのも十分使いやすい。正直プロダクトとして、もう完成しているのではと感じてしまいます。
Aki メルカリはミッションとして、「新たな価値を生みだす世界的なマーケットプレイスを創る」と掲げています。
 家に埋もれているものに価値を与え、再利用できる。そんな循環型社会を、世界中で実現することを目指しているんです。
 ですが、世界の人口79億人に対するメルカリのMAU(月間アクティブユーザー数)は、まだ約1904万人に過ぎません。割合にして、0.2%。そう考えると、プロダクトのミッションへの到達度もまだ0.2%で、まだまだ伸び代だらけだと考えています。
──具体的に、何が足りていないのでしょう?
Aki 逆にお聞きしてみたいのですが、メルカリで買い物をするとき、どのようにアプリを使っていますか?
──そうですね……。欲しいものを思い浮かべて検索して、出てきた選択肢から選んで買うケースが多いと思います。
Aki そうですよね。メルカリには現在、月間約1900万人もの利用者がいて、累計出品数は20億品(2020年12月時点)を突破していますから、適切なキーワードで検索できれば、大抵のケースでは欲しい商品を見つけられるんです。
 しかしこの操作は、たとえばメルカリを初めて利用する人や、日本語に不慣れな外国人にとっては、簡単とは言えません。
 メルカリのリリース後数年は、スマホ慣れしているいわゆるアーリーアダプター層の方が多かった。それが今は、ユーザーは10代からシニア、外国籍の方まで本当に多様化しました。
 そこで、本当の意味で「誰でも簡単に」メルカリを使ってもらうための鍵となるのが、パーソナライゼーションだと考えています。
 アプリを開きさえすれば、トップ画面に自分が欲しいものが並んでいて、直感のみで使える状態。これが、私たちが目指している世界なのです。
Snehal 私は昨年3月に実施したホーム画面のリニューアルを主導したのですが、そこでも意識したのはパーソナライゼーションの側面でした。
Snehal 実はホーム画面のリニューアルは、一度失敗しているんです。
 2019年、約半年かけて1度目のリニューアルを実施しました。10個以上あった「ファッション」「スポーツ」などのカテゴリーを1つのタブにまとめたのですが、結果は不調。
 再訪率が大幅に下がってしまったんです。大きく変更しすぎたために、どの部分が受け入れられていないかの検証もできず、元に戻すことになってしまいました。
 そのあと、お客さま一人ひとりが異なるニーズを持っているという原点に立ち返り、パーソナライゼーションを軸にリニューアルへ再挑戦しました。
 最終的に、ホーム画面の見え方は大きく変えずに、アプリの裏側でパーソナライゼーションの要素を組み込んで使いやすくしたアップデート版を、2020年3月にリリースしました。
──2回目のリニューアルは、うまくいったのでしょうか?
Snehal もちろんこれで完成、というわけでは全くありませんが、アプリの使い勝手が向上したデータも出ていて、手応えを感じています。
 実は私自身も、利用者として驚きがあったんです。2回目のリニューアル後に、私のホーム画面に農家さんが売っている新鮮な野菜が出てきたんですね。
「え、メルカリでこんなに安くて新鮮な野菜が買えるの?」と。オススメされたからこそ、掘り出し物に気づくことができた体験でした。
 私は全てのメルカリのお客さまにも、この体験をしてほしいんです。「本当は欲しいのに、お客さまが認識していないもの」が、自動的に表示されている。そんなホーム画面を作りたいのです。

海外展開は、ローカライズだけじゃない

──一括りにパーソナライゼーションと言っても、実現するには様々な手法や道筋があると思います。どのように開発を進めているのでしょうか?
Snehal トライ&エラーを繰り返して、お客さまの好みを知るしか方法はないと思います。
 メルカリの利用者は本当に多様なので、全てのニーズに対応できる方法はありません。
 だからまずは新しい機能を実装してみて、反応の悪いお客さまを抽出、なぜ新機能が受け入れられていないかの仮説を立てます。その上で、仮の解決策を実装してお客さまに使ってもらう。その繰り返しですね。
Aki もちろんデータ分析も重要ですが、ユーザーインタビューも重視しています。 インタビューでは、データとにらめっこしていてもわからなかった、お客さまのペインポイント(悩みの種)が、パッと浮かび上がってくることがあるんです。
 たとえば、アプリの機能に問題があると思っていた事象が、お客さまの話を聞いてみたら実は、「発送や梱包のプロセスの面倒臭さ」が原因だったと気づく、なんてこともあります。
──パーソナライゼーションは、メルカリの今後の発展にどう貢献するのでしょうか?
Aki メルカリの海外展開においても、効力を発揮すると考えています。
 プロダクトを海外で展開する際には、大きく二つの方法があります。まずはローカライズ。各国の市場を調査して、USならUS仕様、インドならインド仕様という風に、国ごとの文化や生活スタイルに最適化させるやり方ですね。
 もう一つが、パーソナライゼーション。つまり国や文化圏に最適化させるより先に、個人に最適化させてしまう。そうすればもはや、国境は関係なくなるわけです。
 現時点ではメルカリは日米のみの展開で、すでにローカライゼーションも行っていますが、将来的に海外展開を進める際に、パーソナライゼーションの精度は、大きなアドバンテージになると考えています。

意思決定を加速させる開発体制

──メルカリのプロダクト開発チームは、数百名という大きな規模ですね。どんな開発体制をとっているのでしょうか?
Aki  2020年1月から、「Camp System」というアジャイル開発の手法の一つを採用しています。プロダクトを複数の領域に分解し、領域ごとに「Camp」というチームを作ります。その上で各々のチームが、自律して開発に取り組むのです。
 現状では、プロダクト・基盤・プラットフォームという3つのCampがあります。具体的には、プロダクトCampの一つは登録フローの構築や新規のお客さまが迷わず使えるプロダクト設計を担当し、プラットフォームCampはマイクロサービスアーキテクチャの開発・推進を担うなど。
 Camp Systemを導入する前は、「Front-Back体制」を採用し、お客さまの目に触れる部分とサーバーの開発を別々に行ってきました。しかし、互いの仕事が見えづらくなりコミュニケーションコストが増し、意思決定や開発のスピードに遅れが出てしまう結果に。
 そこで新たに導入したのが、このCamp Systemです。この体制では、フロントエンド、バックエンドの開発者、ビジネスアナリスト、UXデザイナーなど、様々な専門領域を持ったメンバーが1つのCampを構成します。
 こうすることで、問題が起きてもCamp内で相談し、解決できる。コミュニケーションコストが大きく減り、開発のスピードが上がりました
 お客さまの好みやトレンドは、ものすごいスピードで変わっていきます。そこについていくためにも、迅速に動ける体制が必要だと考えています。
Snehal また、それぞれのCampが自律的に意思決定できるようになっています。いわゆるウォーターフォール型と呼ばれる一般的な開発組織では、上から開発要件が降ってきて、それに従ってエンジニアがプロダクトを作りますよね。
 ですが、メルカリのCamp Systemは全く逆です。全社方針は踏まえた上で、Campごとに何が課題なのかを見極め、自分たちで開発の道筋を立てていくのです。 このシステムのおかげで、意思決定はかなり迅速に行われていると思いますね。

超多様な組織をマネジメントする醍醐味

──東京オフィスのエンジニアは、約半分が外国籍メンバーと聞いて驚きました。お二人ともマネジメントの立場ですが、メルカリのような多様性に富んだチームをマネジメントする秘訣を教えてください。
Snehal いま私がマネジメントしているチームは、英語話者と日本語話者が混在しています。ですからお互いが理解できるよう、簡単でやさしい英語と日本語を駆使して、意思疎通を図っています。
 そんな時に重要なのは、ミーティングの際に一人ひとりにきちんと意見を聞くこと。当たり前に聞こえるかもしれませんが、すぐにアイデアが出てこなくても、急かさずに傾聴することが重要です。
 誰でも自分の意見を言っていい、という空気を作るからこそ、多様性のあるメンバーが集まっている意義を発揮できると思いますから。
Aki 本当にその通りで、やはりチームには、難なく自分の意見を言える人もいれば、意見を尋ねないと答えられない、もしくは答えるまでに時間がかかってしまう人もいます。
 ですが、なかなか発言できない人の意見を軽んじていいわけではありません。多様なアイデアが出てくるように誘導するのは、マネジメントの役目ではないかと思います。
──とはいえ多様な意見が出すぎると、意見がまとまらずに意思決定が遅れるといった問題は起きないのでしょうか?
Snehal それは逆ですね。特に私たちのようなプロダクト開発チームには、多様な意見が不可欠なんです。私が重要でないと思った機能が、異なる文化圏の人から見たら、クリティカルなものかもしれない。
 メルカリを世界中の人に使ってもらいたいなら、自分とは異なる意見を引き出すことが大きなヒントになるのです。
──メルカリの開発チームで働くことでしか得られないユニークな点は、なんだと思いますか?
Aki メルカリはとても野心的な会社で、経営陣全員が常に新しいことを考えています。またバリューに「Go Bold(大胆にやろう)」とあるように、メンバーの挑戦を後押しする文化があります。
 だから私たちも、仕事が来るのを待っているのではなく、自分で考えて行動することが求められる
 パーソナライゼーションの開発も、誰にも正解がわからないなかで、優秀なメンバーと知恵を出し合いながら、試行錯誤を重ねています。もちろん簡単な仕事ではないですが、そこが何より面白いですね。
Snehal 私が最も印象に残っているのは、入社前に行ったSuguru(メルカリCTO・名村卓)とKen(Director of Client Engineering・若狭建)との最終面接なんです。
 普通の面接なら、「今までの経歴は何か」「どんな開発スキルがあるのか」といった実務的な質問をされますよね。
 ですが2人はむしろ、メルカリの組織の課題を包み隠さずに教えてくれたんです。「まだまだデータドリブンになっていない」「私たちのチームには多様性が足りない」という風に。
 それに対して、私も「自分だったらこうします」という意見を素直に言うことができました。自社の強みだけではなく、弱みについてもオープンで、みんなで課題を解決していこうとするこの姿勢はメルカリならではですし、ワクワクしながら働ける理由の一つだと感じます。