2021/6/30

【入山章栄氏と考える】サステナビリティと企業成長を両立させる方法

NewsPicks / Brand Design  編集者、クリエイティブディレクター
 多くの企業が、SDGsなどサステナビリティに対する取り組みを強化している。一方で、これらの取り組みの目的や影響に対して、真の理解にいたっていない企業やビジネスパーソンも多いとされている。
 自社の取り組みは、以下の五つの誤解でとどまっていないだろうか。振り返ってみてほしい。
外部へのアピール材料にとどまらないサステナビリティ課題への取り組みとは何なのか。本業を成長させ利益を創出しながら環境・社会価値を高めていくことは可能なのか──
早稲田大学ビジネススクールの入山章栄教授と、著書『SXの時代 究極の生き残り戦略としてのサステナビリティ経営』を上梓したPwC Japanグループの坂野俊哉氏、磯貝友紀氏が、サステナビリティを軸にした企業戦略について鼎談した。

「やらされSDGs」では生き残れない

──サステナビリティを重視した経営に対する関心が高まっています。日本企業の取り組みの現状をどう評価されますか。
坂野 サステナビリティ経営とは、企業が長期で利益を出し続けていくために経営資源を配分していくことであり、本業の片手間で社会貢献することではありません。
 10年後も20年後も利益を生み続けていくには、まずその企業が市場から求められ続け、必要な原材料や人材などを確保し、社会から信頼され続ける必要があり、一つでも欠ければ企業の存続に大きな影響を及ぼします。
 企業にとっては取り組みの一つではなく、経営戦略そのものなのですが、こうした理解はまだ浸透しているとはいえません。
入山 「世の中の流れだから」「投資家の要望があるから」といった「やらされ感」が強く、自分事として捉えきれていない企業が多い印象です。結果として取り組みそのものが、遅れてしまっています。
 その最大の要因は、企業トップの任期が短すぎて、経営に長期の視点を持つことが難しい点にあると思います。
──なぜ、長期の視点が必要なのでしょうか。
入山 サステナビリティの問題は、全て長期目線で取り組まなければ解決できない課題です。しかし、率先して取り組むべき大企業の多くは、トップの任期が4年程度と短いこともあり、短期での成果が見えにくい目標を自分事として捉えられない傾向にあります。
 実際、先進的な取り組みをしている企業には、同族経営が目立ちます。トップの任期が長く、子や孫の代の幸せが自分事になりますから、結果としてサステナビリティ経営が実現しやすいのです。
磯貝 サステナビリティ経営は、親、子、孫の三代の亀が重なっているところをイメージしてもらうと理解しやすくなります。一番下の土台となる親亀は環境価値、その上に乗る子亀は社会価値、そして一番上の孫亀が企業価値です。
 親亀である環境が毀損されれば、社会や経済は成り立ちません。例えば、原材料が高騰したり、調達そのものが困難になることは十分考えられます。
 事業活動の基盤である環境や社会を長期にわたって維持しながら、事業を持続的に成長させることがこれからの経営に求められています。
坂野 これまでの企業の利益の構造には、企業活動を通して環境に負荷をかけるなど、外部に悪い影響をもたらす「外部不経済」が織り込まれてきませんでした。
 自然の自浄作用でなんとかできる範囲では許されてきたわけですが、もう自浄作用の範囲をはるかに超えてしまっています。
 これからの企業経営では、地球や社会にかけた負担を元に戻し、差し引きゼロにしていくことが必須条件となります。
入山 サステナビリティはどの企業にも共通する課題である反面、一つの企業だけでできることには限界があるので、「だったらウチはやらなくていいだろう」と考える企業が出てきます。いわゆる “フリーライダー”の問題です。
 こうした企業はいずれ存続が危ぶまれることになるでしょうが、そこにリソースを割かずに済むので足元では得をしたように見え、本気で取り組んでいる企業のモチベーションに少なからず影響してしまいます。
坂野 サステナビリティ経営は、何でもいいからとりあえず環境や社会に良いことをして外部にアピールすることではなく、企業として生き残るために事業基盤である環境や社会を維持することだということを理解してもらう必要があります。
 放置すればめぐりめぐって自社の業績に悪影響を及ぼし、自分で自分の首を絞めてしまうのです。
磯貝 「日本企業は昔から“三方よし”の経営を実践している」という声も聞かれますが、その“三方”が目に見える狭い範囲にとどまっていないか、遠い海外で働く労働者や生態系が含まれているのかといったことを問い直し、時間的、空間的に視点を広げていく必要があると思います。

「大量生産・大量消費でないと儲からない」は本当か?

入山 長期視点でのサステナビリティ経営は、結果としてイノベーションを起こしていくことだと考えます。
 どんなに不確実で先が見通せない時代であっても、SDGsに代表されるサステナビリティに関する問題は、10年後にも未解決課題として残っている可能性は極めて高い。これらの問題の克服を目指す経営そのものがイノベーションなのです。
磯貝 それこそが、サステナビリティに向けた全社的な改革、「SX(サステナビリティ・トランスフォーメーション)」です。
 環境・社会への取り組みはコストでしかないとか、企業活動で得た利益を圧迫すると考える人も多いのですが、両者は決してトレードオフの関係ではありません。
 まずはトレードオフの発想から脱却し、ビジネスの成長と環境・社会課題の解決を両立させるために、どんな戦略をとっていくべきかというトレードオンの発想に転換していく必要があります。
──サステナビリティの取り組みを、コストではなく成長の源泉にしていくことは可能なのでしょうか。
坂野 他社に先駆けてこのトレードオンを実現できれば、競合に対しても優位に立てます。当然ながら簡単なことではないので、それまでの過程で多くの企業が「壁」に突き当たります。
 この「壁」は大きくつの五つのパターンがあります。「大量生産・大量消費じゃないと儲からない」「社会・環境投資は3年で回収できない」「社会課題解決は事業の柱にならない」「市場制度・インフラが整うまで有効な手は打てない」「消費者の意識がまだ低く市場がない」という五つの壁です。
磯貝 例えば、「大量生産・大量消費じゃないと儲からない」という壁を乗り越えるには、大量生産と消費の裏にある大量資源消費と廃棄から脱却しながらスケーラビリティのある方法を考えていくことが、解決策のヒントになり得ます。
 これまでは買い替えを促してきたメーカーが、製品を交換可能な構成単位(モジュール)に分けて設計し、故障の際には該当部分だけを修理交換できるようにする「モジュール化」に取り組んで成功した事例が海外にあります。
 短期的な売り上げにはマイナスかもしれませんが、顧客を囲い込むことで長期的な利益につながりますし、買い替えのたびに他社との競争にさらされることもなくなります。
 詳細は拙著で解説していますが、いずれの壁にもトレードオンに変えていけるヒントは必ずあります。その基本的アプローチは、イノベーションと市場創造です。
 一見して乗り越えることが困難に思える壁ほど、その向こうには大きなビジネスチャンスがあり、実現できた場合の優位性は大きくなります。
入山 まさにイノベーションですね。「投資を短期で回収できない」という第二の壁は、私が冒頭でも指摘した長期視点を持てない経営と共通します。
 企業は常に四半期決算という評価にさらされていますが、近年、企業は株主のためだけに行動すべきであるとする「エージェンシー理論」よりも、多様化する全てのステークホルダーのために行動すべきであるという「ステークホルダー理論」が台頭してきています。
 海外を中心に、サステナビリティ経営を重視する機関投資家も増えていますね。
坂野 エージェンシー理論でいう株主自体が、かなりステークホルダーに近づいてきていると思います。今や世界で最大の機関投資家は年金基金なので、企業の実質的な大株主は社会一般の働く人々とも言えます。
磯貝 私たちは金融機関などもご支援していますので、本当に将来の利益につながるサステナビリティ活動は何なのかということについて、アナリスト・機関投資家と事業会社の双方の理解を深めていくことも目標の一つに据えています。
入山 10年後、20年後を見据えた挑戦はその時点での投資額は小さく済むので、失敗を恐れずどんどん進めていくべきです。
 重要なのは軸をブレさせないことで、揺るぎないビジョンを持つことです。両利きの経営でいう「知の探索」です。やがて大当たりするものが出てくるので、そこで「深化」、要するにしっかり投資して回収すればいいのです。
磯貝 何か新しいことを始めるときに、今までのデータで裏付けを求める声もありますが、データで証明できるような過去の延長線上で考えるのではなく、全く新しい未来をつくり出していく発想に転換する必要がありますね。
入山 おっしゃる通りで、“常識”を変えていくことも重要だと思っています。私たちが考える常識は意外と狭い世界でしか通用しないので、企業がそれを変えていくことは可能だからです。
 例えば、日本で当たり前と思っているビジネス倫理が、他国では通じないこともあります。
 特定の地域でしか通用しない常識、いわゆる「ローカル・ノーム」に対し、「人命は尊い」といった人類共通の規範を「ハイパー・ノーム」と呼びます。このハイパー・ノームは、意外と少ないんです。
坂野 CO2を垂れ流すのは害悪であるということはローカル・ノームを超えて、ハイパー・ノーム化しているといえるでしょう。地球が毀損すると、その上に乗っている経済も回らなくなるということです。
 これまで数十年かけてようやくコンセンサスを得てハイパー・ノーム化したことがSDGsとして世界共通のゴール設定されたのです。
入山 そうですね。人間はローカル・ノームで論争が起きると、ハイパー・ノームに解決の指針を求めようとするので、今後はSDGsが物事の判断軸となっていくでしょう。
 例えば、欧州の自動車業界はEVシフトの流れをうまく醸成し、日本メーカーとのシェア争いで優位に立とうとしています。
 実際には多くの環境対応車がある中でEVがベストかどうかは分からないのですが、EVシフトが気候変動を食い止める有力な手段だという常識を作り出すことで企業価値を高めているのは興味深い。
磯貝 こうした動きに対しては、「自分たちに都合の良いルールを作っている」という批判もありますが、自社のビジネス成長と環境問題への貢献を両立させるルールメイキングに成功したともいえます。
 生き残っていくための土台を自ら作り出す姿勢には、見習う点も多くあります。

自社の強みを生かしてどう社会に貢献できるか

──日本企業がサステナビリティ経営で成長していくために、必要なことは何でしょうか。
入山 ガバナンスです。私はさまざまな場面で「トップの任期を伸ばし長期視点で経営せよ」と提言していますが、必ずと言っていいほど「独裁に発展するのでは」という指摘を受けます。
 確かにそのリスクはありますが、それを防ぐためにガバナンスがあり、社外取締役が存在するわけです。企業がSXを断行し、長期で成長を続けていけるかどうかは、最終的にはガバナンスに帰結すると思います。
磯貝 私も同感です。サステナビリティ経営では、長期的には利益になることが、短期的な利益を犠牲にしているように見える局面も多く、執行部門は苦しい意思決定や行動を迫られます。
 こうした局面を乗り越えるためにも、監督と執行は明確に分離し、執行部門が長期的な目線を忘れないようにするガバナンスが必要です。
坂野 2020年に菅内閣総理大臣が、2050年までに温室効果ガスの排出を実質ゼロとする「ネットゼロ宣言」をしたことで、日本企業の環境意識が急激に高まりましたが、こうした外発的な要因やルールで一斉に取り組みを始めても差別化はできません。
 成長につなげるには、いかに内発的に、自分事としてやっていくかが重要です。
 そうなると、結局は、自社の強みを生かしてどう社会に貢献できるかということに行きつきます。こうしたストーリーがあれば、株主や他のステークホルダーの理解も得やすく、長期目線を持つ投資家にアピールもできるはずです。
磯貝 トップはもちろん社員一人一人が腹落ちするには、従来のKPIと同様にサステナビリティに関するKPIを評価する仕組みを整え、目の前の仕事が社会にどう影響していくかを長期目線で考えられるよう促すことが重要です。
 一朝一夕に実現できるものではありませんが、私たちプロフェッショナルサービスファームがこうした企業、さらには業界のSXをサポートする力になっていきたいと思います。
坂野 サステナビリティ経営は企業のパーパスをより分かりやすく可視化するので、働く人が自分の幸せと企業の成長を重ねることが容易になります。ワークもライフも楽しいと感じられる人が増えることで、よりサステナブルな社会に近づいていくでしょう。