【麻生要一】「スタートアップ」だけが起業ではない

2021/6/17
「NewsPicks NewSchool」では、2021年7月から「ゼロからの起業」を開講します。
プロジェクトリーダーを務めるのは、起業家・投資家・経営者という多数の顔を持つ麻生要一氏です。
開講に先立ち麻生氏へのインタビューを実施。なぜこのタイミングで「起業」のプロジェクトを志したのかー。
率直な思いを語ってもらいました。

実践的な起業論を展開したい

──今回、NewSchoolで「ゼロからの起業」を開講する理由を教えてください。
麻生 日本がかつてないほど起業しやすい国になった一方で、課題も生まれていると感じたからです。
今の日本は起業資金を集めやすく、ノウハウも体系化されつつあり、各地域の行政が主体となった創業支援プログラムも行われています。
起業を支援するインキュベーター、アクセラレーターも非常に多く、先輩起業家が後輩の面倒を見るエコシステムも生まれ始めました。
一昔前であれば、起業は会社を辞めて裸一貫で飛び出し、生きるか死ぬかというイメージが強かったはずです。ところが、もはや大きなリスクが伴うのではなく、体系化された仕組みの中で起業できる時代になったと言えます。
ところが、あらゆる立場からのノウハウや支援が混在してしまっているという課題もあります。
行政やインキュベーター、アクセラレーター、ファンド、銀行、先輩起業家は、自分たちの立場から様々な意見を述べます。
それぞれの意見は各々の立場からすれば正しいものの、それぞれのマイストーリーに立脚し、またそれぞれのポジショントークになっている面は否めず、起業家自身がどの意見が自分に最も適しているかを選べないというシーンを見かけるようになりました。
さらに、それら様々な立場からの起業論も、一部に偏り過ぎています。
現状、“起業家”という言葉から最も連想されやすいジャンルは、スタートアップと言えるでしょう。ベンチャーキャピタルが出資し、起業家が非連続的に企業価値を高め、株を10年以内に売り抜けるジャンルになります。
もちろん、ひとつのジャンルとして確立され、この国をさらに豊かにする可能性を秘めているので、非常に重要な起業カテゴリであることは間違いありません。ただ、スタートアップば起業のいち形態でしかなく、例えば地元でカフェを開業することも、立派な起業になります。
本来はスタートアップもカフェも、ゼロから商売を起こす意味では変わらないはず。ところが、今は全く別もののように語られ、起業のノウハウや支援もスタートアップの手法に偏ってしまっています。
そこに当てはまらない起業家は、何をすべきかを適切に理解できない状況に陥っているし、本来は起業なのかオーナービジネスなのかを選ぶべき創業時に、盲目的にスタートアップの手法を組み込んでしまうことで、その後に悩みを抱える起業家もいます。
ここ数年、これらの状況を見渡してきた中で、起業する立場に立った実践的な起業論を展開したいと思い立ちました。
麻生 要一/起業家・投資家・経営者
筑波大学付属駒場中高、東京大学経済学部卒業。株式会社リクルート(現リクルートホールディングス)に入社後、ファウンダー兼社⻑としてIT事業子会社(株式会社ニジボックス)を立ち上げ、経営者としてゼロから150人規模まで事業を拡大後、ヘッドクオーターにおけるインキュベーション部門を統括。社内事業開発プログラム「Recruit Ventures」及び、スタートアップ企業支援プログラム「TECH LAB PAAK」を立ち上げ、新規事業統括エグゼクティブとして約1500の社内プロジェクト及び約300社のベンチャー企業・スタートアップ企業のインキュベーションを支援した経験を経て、自らフルリスクを取る起業家へと転身。2018年2月に企業内インキュベーションプラットフォームを手がける株式会社アルファドライブを創業。また、2018年4月に医療レベルのゲノム・DNA解析の提供を行う株式会社ゲノムクリニックを共同創業。また、2018年6月より「UB VENTURES」ベンチャー・パートナーに。2018年9月より株式会社ニューズピックスにて執行役員を兼任。

生々しい部分が抜けている

──起業しやすくなったものの、解消されていない課題もあったと。
そうですね。実は、課題をもうひとつ感じています。それは起業論を語る人が、実際に起業したことがない場合があるという点です。
サラリーマンが退職して起業しようとしたとき、どんな話が参考になるかと言えば、実際に起業した人が語る生々しい体験談や、それらから導き出された実践的なノウハウのはず。
ところが、現実として起業家でない人物が起業論を語ってしまうケースが非常に多くなってしまっています。彼らの語る話に価値がないとは思いませんが、現実に則した生々しい部分が抜けている感覚はあります。
一方で、実際の起業家が後輩に何も教えていないかと言えば、体験談を語る機会は増えていて、エコシステムは生まれ始めています。しかし、そういった起業家が教えるケースでは、起業家自身の体験に寄り過ぎてしまっている問題が出てきます。
例えば、不動産業で起業したのにも関わらず、カフェの起業についてもアドバイスしてしまうケースがあります。そういった場合は、当たらずといえども遠からずという伝わり方になってしまいます。
自分の目指した起業に適していない手法を信じた結果、あるいはそれぞれの起業ジャンルで体系化されたノウハウを得られなかったことで、不幸な結末を辿った例をこれまでもいくつか目の当たりにしてきました。
一例をあげると、スタートアップなのか自分で株式を持つオーナービジネスなのか、という違いがあります。この2つは同じ起業でもジャンルが異なります。例えて言うなら、同じ理科でも物理と化学くらい違う。
当然どちらの起業ジャンルを選ぶかで振る舞い方ややるべきことも変わり、オーナービジネスを目指しているのに、スタートアップのように出資を受けてしまった結果、本来目指していたビジネスができなくなる事態も起こり得ます。
もちろん、逆も然りです。スタートアップで上場会社を作りたいのにも関わらず、オーナービジネス的な取り組みをした結果、投資家からすれば企業価値がつかない会社作りになってしまうこともあります。
スタートアップなのかオーナービジネスなのか、そのどちらかは起業時に決める必要があるにもかかわらず、実際には曖昧にしか把握していないケースが多いとも感じています。

創業期にこそ受けてほしい

──プロジェクトは、どちらかに決める際のポイントやヒントも伝える内容になるのでしょうか。
そうですね。私自身、起業家と経営者、そして投資家の顔を同時に持っています。
アルファドライブとゲノムクリニックの2社を創業し、アルファドライブはユーザベースにバイアウトし、ゲノムクリニックは今も共同創業者とともに100%の株式を持っています。
スタートアップとオーナービジネスの両方で起業したほか、複数の企業で社外取締役や、社内起業家であるイントラプレナーも経験しました。
同時に投資家でもあり、ベンチャーキャピタルのひとりとしても、個人投資家としても活動しています。現在もVCの論理での投資も、個人として応援したい起業家への純投資も行っています。
加えて、様々な自治体の地方創生を手伝っている関係で、各地域のスタートアップエコシステムやインキュベーター、創業支援の仕組みをどう作り出すかにも関わっています。
起業にまつわるあらゆる立場を経験している人は決して多くはなく、私の立場だからこそ語れる起業論があるのではないか。そんな思いが今回のプロジェクトの出発点と言えます。
──目指す起業のジャンルによって、適したアドバイスを伝えられると。
そうですね。そして、今回のプロジェクトでは、実践的なアドバイスを伝えながら、受講者とともに創業の期間を過ごしたいと考えているため、プロジェクトの対象者は創業すると心に決めている人材で、できればプロジェクト中に起業して欲しいと考えています。
すでに創業した後の起業家でも、まだ初期の場合であれば参加いただきたいですが、起業後何期か経過しているのであれば、本講座よりも適したプロジェクトがあるはずなので、今回は避けていただきたいですね。
ほかには、「いつか起業するために、勉強のために受けよう」と考えている場合も、対象には入りません。イメージとしては、まさに創業期に受けてほしいプロジェクトになります。

そもそも「起業家」とは何か

──起業の動機には、「顧客の課題を解決したい」という強い意志を持っている場合や、「この市場にビジネスチャンスがありそうだ」と飛び込む場合もあります。動機についての制限はあるのでしょうか。
おそらく、起業動機として最も多いのは、そのどちらでもなく、「何者かになりたい」「大金を稼ぎたい」といった、純粋な欲求だと思います。
起業したいと考えている以上、何かしらの思いはあるでしょうから、どのような動機でも構いません。
──麻生さんは「社内新規事業」を語る時は「顧客のところに300回行け」と話されています。今回のプロジェクトで、参加者に望む具体的な行動はありますか。
プロジェクトの中でも詳しく言及するつもりですが、顧客のところに行くのは当然として、それ以外にやることは山のようにあります。そして、そのすべてを圧倒的にこなしていかなければ、起業できるはずもありません。
そもそも同じ起業でも、自分自身での起業と社内起業ではまったく性質が異なります。社内起業は、別に何もしなくても死ぬことはありません。
安定した生活が保障されている上で「会社のため」「社会のため」など、大きなモチベーションを作り出して行うものです。
一方、自分自身で起業する場合は、まず何もしなければ飯を食っていけず、死んでしまいます。モチベーションややらなければいけない行動に関しても、起業するならば当然のことでしかありません。
──「動かなかったら死ぬ」と。
その通りです。「動けないんですが、どうしたらいいんですか?」という悩みは、「お前、起業家だろ」という一言で一蹴されます。
自ら選んだ道ですから、「起業家とは何か?」とまず考えてもらいたいですね。
(取材:上田裕、構成:小谷紘友、写真:大隅智洋)
※後編に続く
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